おはなし倉庫

▼2018/09/02:雲雀 --短文

『浴槽の縁にて』





うさぎは月に跳ねる。
帰りたい場所に帰れぬことを嘆くよう、無様に跳ねる。元いた場所に帰りたいだけのことを神は許さない。ミミロルもミミロップもパッチールだって跳ねて、そして墜ちる。真珠白雪も同様に星に帰ること叶わずして墜ちている。変わらず雲雀は真珠白雪の頭を撫でながら、降り注ぐ月光を浴びる。

「…ひぃ、ひぃは…ね、いなくならない?僕のそばにいてくれる?…僕のこと、好き?」

「嫌いな奴の頭を太ももにおいて黙ってる人間がいるなら、僕は見たいね白雪」

「そっ、か…えへへ良かったぁ………ひぃ、いっぱいいっぱい僕を壊して。ひぃだけのものにして。僕を玩具のように扱って。そして最後は死にたくなるくらい酷い言葉で罵って殺して欲しいよ」

事情を知らぬ人間が聞けば驚く台詞を吐き出しながら、真珠白雪は雲雀の手の温もりを感じてまた闇に堕ちた。容易く、闇には堕ちることが出来るというのに。雲雀は自分が開けた筈の、塞がりつつある真珠白雪の掌をじぃと見つめた。罪悪感という名の感情はさらさらない。あるのはむしろ優越感で。

「…お眠りになられましたか」

「音紬。うん、眠ったよ」

音紬が安堵の表情を浮かべて、真珠白雪の頭を撫でた。雲雀はぐいぐいと音紬の体に頭をこすりつけて、珍しく撫でて撫でてとせがむ。雲雀にとって音紬は愛しい家族にも近しい存在だった。愛しいだけで終わらせられたならこの感情は幸せだろうか。

「……白雪は、僕のこと嫌いにならないよね…こんなに酷いことしてるのに。傷付けているのに」

「自覚がおありなんですね」

「むっ!音紬ったら………ね、つむはいつか僕を殺してくれる?それでね、皆と同じ場所に弔ってくれる?」

月が雲がかる。

「……安心してください。ノーゼは雲雀様より、長生きします」

「ありがと…」

「……………はい」

音紬の笑顔が寂しそうで、雲雀は黙って俯き真珠白雪の寝顔を見た。つむが神様で良かったと呟いて、叶わぬ願いが叶うように心の奥底で願っていた。


底無し浴槽の罠
(溺死貴婦人にお願い)


皆皆殺してでも家族と白雪だけは僕がちゃんと生かしてあげるよ。きっと僕は狂っている。雲雀はくすりと笑って、音紬とともに月を見る。
うさぎは月に殺された。



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