おはなし倉庫

▼2018/09/02: --歌詞

『vivi』




悲しくて飲みこんだ言葉
ずっと後についてきた
苛立って投げ出した言葉
きっともう帰ることはない
(vivi)



『必要としてください』
飲みこんだ言葉。
『ずっと生きていたい』
投げ出した言葉。

あの日の夢を見て、寝ている彼女の頭の中で飛び起きた。彼女も自分も、あやふやで嘘臭い作り物の人形である。多分、これまでもこれからも自分は彼女を侵食しながら逝き続けるのだろう。彼女の従者は自分という癌のような存在に気付いてはいるものの、憎き癌を食べようとすることはない。従者が侵せない領域で侵食し続ける。なんてことのない卑怯者だ。

「どうしたんですか」

珍しく彼女が起き出す。元々彼女の体なのだから、騒がしくすれば当たり前だ。どうもしないとはぐらかせば、眉を潜められる。とても悟い子だ。自分がいなくなれば、彼女は普通の女性らしい生活と幸せを手中にできるだろうに。頭の中での会話は続く。

「うそです。うまれたときからあなたさまといっしょなのに、わだちをまただますんですか。わだちはずっとあなたさまのそばにいたいのに」

「…忘れてくれ」

「こわいゆめをみましたか。わだちもこわいゆめはいっぱいみます。そんなとき、クウシンさまになでなでってしてもらえたらおちつくのです」

頭を撫でる手はまだ小さい。その手をとって甲に接吻する。にこりと笑う顔がいとおしい。要らない記憶を何度も彼女に与えて、分かったのは自分のせいで彼女は不完全なのだということ。明日になれば消えるだろうと、いつも思うくせに自分は消えない。非常に浅ましい。何を伝えたいのかさっぱり検討がつかないが、鉛色の鳥が汚していくのは自分と彼女の引き出しだった。
だから今日も。

『それは作り物』
『人形には分からない感情よ。分かった気になって、幸せそうな顔をして、そんなに私を不幸にしたいの』
『何故、私を生んだ』
『恨んでル。憎いのネ、生を与えた神ガ』
『愛してたよ、  』
『……世界は綺麗だね』

ろくな話をしない。
明日になれば、彼女は今日の自分達を忘れてしまうだろう。そして、自分にまた自我が芽生えた時に思い出すのだろう。たった一人の血を与えた人は、メンテナンスも受けられないまま腐っていく。

「おいで、轍」

「……はい」

どうにもならない心でも、生を受けたあの日から君と歩いてきた。切なくなって、散歩をしようかと彼女に話しかけるといいですよと返ってくる。まだ眠り続ける街並みをどんどん置いて先に行く。
先に逝く。

「ゼロさま、ないていらっしゃるのですか」

「きのせいだよ」

「またうそですか」

「…君にしか触れられない。君にしか語れない。それでも私は君には何もできない。本当にすまないと思って、ね」

「わだちにはむずかしいことはわかりません。でも、ゼロさまがいなくちゃわだちもいなかったことだけはわかります。クウシンさまにわだちがないしょにするのは、きっとクウシンさまはゆるしてくださらないからです。でもゼロさま」

愛してるよ、と言う。
仕方ないね、と笑う。

「わだちはわだちのためにあなたさまをおまもりします。メンテナンスなんて、わだちにはひつようありません。ゼロさまをころしてしまうなんて、そんなのはいやだからです」

微睡む街。
彼女には愛しているという概念が分かりかけてきているのだ。忘れてしまう本当の自我の中、自分と彼女は歩き続ける。ソトに出て夢を失わなかった彼女のため、いつか自分には死が訪れる。その目的を成す日まで自我と自我は会話する。


ばいばい
(さよならだけが、)


轍を歩く。





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