おはなし倉庫

▼2018/09/02:朔耶と白雪 --長文

『嫌い、死んじゃえ』






毒林檎を一つ

(アルセウス二人)





花は開き彼の瞳は見えず。
世界から己だけが切り離されてしまったというのに彼女はただそこで無垢に笑っていた。自分が目の前に立っているというのに反応はない。もちろんない。人形を大切そうに胸に抱き、時折声ならざる声の旋律を並べていくだけで、完全に彼女は、ミスティクレアは瞳を閉ざしていた。世界から一人、身を切り離されて怖くはないのだろうかと思う。醜い人間達により世界から切り離されてしまった自分は、こんなにも悲しく辛く暗く畏怖の感情に四六時中胸を締め付けられているというのに。それが彼女には存在しないのか否か。やはり聞くべきことだと思考を遮断し、彼女が一人座っている場へと足を踏み入れた。未だ反応はない。
こうして近くで顔を覗くのは何時以来だろうか…たしかリジェオルコットの伴侶が死ぬ前に一度会っていたような気がする。女はやはり女で醜いと再確認しただけだったのは、詰まらぬ思い出。リジェオルコットにそれを告げた瞬間に拳骨を喰らったのは、痛い思い出。恐る恐る、幼い容姿の彼女の頬に触れる。びくりと体を震わせ動きを止めた彼女が首を傾げると同時に、白い画用紙に文字がじわじわと浮かび上がる。あぁ、本当に瞳を閉ざしたのか。

「元気そうだね…ミスティクレア。瞳を閉ざしたっていうのは本当だったの」

何も映さぬ瞳は虚空を貫く。
声に聞き覚えがあるらしく、なければどうにでもして思い出させてやったのに驚く仕草は十分に見せず、彼女はしばらく考えた後にこりと微笑んだ。それはそれは嫌みなくらいの綺麗な微笑み。
とても汚い。

『……アース兄様?』

名前を覚えていたことは誉めてやろうか。声と同時に彼女はこちらに触れようと手を伸ばしてきた。本当は汚いモノに触らせたくなかったけれど、これまでミスティクレアに良い顔をしてきたと思えば、仕方なしに触らせてやる。久し振りに誰かの温もりを感じた気がした。多分それは気だけで瞬間刹那通り過ぎてしまうのだけれど。

『やっぱりアース兄様だわ。お久しぶりです。お元気ですか?』

「元気だよ。君は見えないから分からないだろうけど」

『頬に触れれば分かります…同じ血が流れてますでしょ。われにも、兄様にも』

兄様兄様と何度も呼ばれるのは、言い知れぬ気持ち悪さがある。同じ血とは言っても父が同じというだけでいい加減に止めればいいのにミスティクレアは止めない。リジェオルコットといい、ミスティクレアといい、この兄姉の母といい、虫酸が走るくらいに空気が読めない。馬鹿だ阿呆だと自分が見下していることにすら気付かないのだから、相当イカれている。相変わらず声が母親と相似しているのもイカれている。

「なんでダークライの人形なんか持ってるのさ。どこがいいの気持ちの悪い」

『…われは、好きですから』

「奴らって都合がいいよね。こっちが居場所を与えてやったっていうのに見返りがなぁーんにもないんだもの」

なんと言ったって自分の仔はもういない。誰もいない。ここがミスティクレアの星ならば、自分がどう干渉しても影響はない。口惜しいのはここを統べる神がミスティクレアの力を使い自分を停滞させていることぐらいである。ふと、グラシデアの花が風にそよぐ。

『……アース兄様は何故泣いていらっしゃるんです?』

「見えてないくせに」

『…心、です』

「嘘言わないで」

『嘘じゃありません…ね、アース兄様。笑っ、て』

瞬間首を締めていた。ぎりぎりぎりぎりと首の肉を締め付けていけば、ミスティクレアは苦しそうに口をパクパクと開き酸素を求める。駄目だ駄目だこいつは何故綺麗ごとばかりでイカれているのか理解不能だ不能だおかしいおかしいおかしい。ミスティクレアにこそ白は似合わない。きっと真っ黒な心を持っているに違いないのだから。ミスティクレアが死ねばこの星も死ぬ。全て殺す。僕が、全てを、子供達を、僕が、殺して。

「………うぅ…ひっ、く…」

そうしているうちにいつの間にか泣いていた。ゆるゆると締める手から力が抜ければ、苛まれる罪悪感。ミスティクレアはようやく酸素を取り込めたようで、蒸せ込んでいたのを横目で確認し視界が涙で覆われる。こんな処へ来なければ良かったと今更ながらに後悔をして、伸びた手をも振り払えない。

「…っ、いな、いぃ……も、僕の仔はいないっ…からぁ……」

『…泣かな、いで……兄さ、ま』

「ティア…ぁ、あぁ……ど、してぇ…なんで、なんでっ…!」

『創造神は…星干渉は許されない。だからね、兄様。だから…運命には従わなきゃいけない、です』

見えない瞳で告げる言葉は、今の自分にはとてもとても重い。分かっていることなのにどうしようもならないこの世が嫌いだ。全てが嫌いだ。全てを憎む自分が嫌いだ。確かそれはリジェオルコットにも言われた言葉で、尚更に胸が痛い。まだ自分が気付けていないことが悔しい。ミスティクレアに背中を撫でられながらその胸で泣く今の自分程、惨めなモノはないのではないだろうか。


だれか殺して
(毒林檎でも何でもいい)





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