おはなし倉庫

▼2020/03/27: --短文

『複製を、抱く』




腐っている。
この世界は腐っているとシステムが飛び交う天井を見上げながら思う。いや、腐っているのは自分なのかもしれない。世界のためと大袈裟な理由を付けてはシステムを生み出して、禁忌にも手を付けて、もう戻れない所まで来てしまっている自分自身が一番に。眼前に屯う自分に腐ったのはどちらであるかなどを問い掛けたところで、返ってくる答えはYesがお決まり。

「純がどんな瞳で俺様を見てるか知りたい?」

戯言を吐く自分は愛おしそうに純の頬を撫でながら、ゆっくりと唇へと口付けた。甘く吐息を純が漏らすと満足げな顔を作った自分は、首の筋伝いに痣を付けてゆく。行為の最中は絶えず心が苦しくなる。この行為自体を辛いとは思わない…思わなくなった。

−自分は自分を守っている−

明確な事柄。
ならばその行いの対価に自分の欲しいものを差し出すべきであると純は考える。だから抵抗もせず、自分に大人しく四肢を喰われている。下手に思考を走らせ、延々と無駄を考えてしまうと脳裏に浮かぶのは必ずといっていいほど【彼女】であるのがどうしても苦痛で、純は堪らなかった。消えないのは思慕か恋慕か後悔か……いずれにせよ【彼女】はここにいない。純が、殺した。あの可憐な華を無惨に手折った。

「あっ……ゃ…は、くっ」

不覚にも思考した。
いけないことをしている気が(理性が戻ってきてしまったと言うべきか)して、純は自分の乳房に吸い付く自分の頭を押さえ制した。純が抵抗を見せたのは行為が行われてきてから初のことで、それに驚いた自分は心配そうに具体が悪いのかと首を傾げる。純が途切れる呼吸のまま、腕の合間から相手を見詰める。

(あぁ、これは私だ)

同じ顔の人間に抱かれるということ。大切な者を殺してしまった身への断罪には相応しい。そう、自嘲気味に笑った。

「…何か違う気がするんだ」

小さな純の呟きは、さらに自分を悩ませた様だった。くっと顔を近付けサラリとした純の髪を撫でるとさらに耳付近に鼻先を近づける。一通り匂いを味わった後、額に優しく二度接吻を落とした。不意に、もう感じることは出来ない彼女の体温が無償に恋しくなる。会いたい、と思う。薄々気付いている事を自分によってさらけ出されてしまっていた…この行為になんの意味もないことも、罰は決して消えないことも。

「もう私は彼女に何も出来ない。雹、この行為は何を産む。何を育てる、なんの理由がある?」

「…純」

「私は私で良いのか?此所にいても良いのか、なんで私は生きているんだ腐っているんだろう私は、私は世界で、一番っ!何故、罪を罰を刑を、私の首をっ!死ななければっ………!」

「純っ!!」









---ねぇ、純粋なあなたが好きよ





あぁ、ごめん。
純は、華喃の望む姿にはなれなかった自分を嘆いた。深い深い眠りから目覚め、ゆっくりと重い瞼を持ち上げると、純は己の手を眼前へと持ってくるとマジマジと見つめた。いつの間にか眠っていた…否、自分によって眠らされていたようだ。頭がズキズキと酷く痛む。隣では自分が、口の端から涎を流しつつ気持ち良さそうに眠っている。その頬を撫でれば冷たい指先に暖かさがじんわり、伝わってきた。

「………雹」

これは自分。
雹は純である。純という偽人が、大事なモノを壊された怒りから作り出した不完全なメタモン。可哀相な純のレプリカ。それを承知で、良しとして、雹は純の傍にいる。
それならば、

「少しは愛しいと思う、よ」

世界は静寂に包まれる。



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