▼2018/09/02:夢々散姫 --長文
『おちればいいのに』不変心理の庭
(アルセウス/レシゼク)
(アルセウス/レシゼク)
奏でるはコトノハ。
ラララ、とどこか懐かしい謳を口ずさんで小さな小さな星屑は花を摘む。一つ見つけたか弱い花の残骸の今にも鮮血が溢れ出し地を満たしてしまいそうな萎れた茎を持ち上げて、白く汚れのない花弁に悪意のキスを送る。小さなリップ音が聴こえたあとまた同じようにラララ、と素知らぬ顔をして無垢を積み続ける彼女は邪心に満ちた邪神だった。光を知らぬまま光に従い神を呪う彼女を、彼女の星屑となった夢々散姫を、責める人間も神も何もこの世にはいない。だから夢々散姫は白と黒が対比する世界で、気持ち良さそうに謳う。謳の意味は全く知りもしないのにただ謳っていた。
「…母上、ねぇ……」
一言でそれまでのメロディーがまたぴたりと止んだ。夢々散姫の傍らには白く小さなレシラムが一匹、物珍しそうに白い花を眺めてからそれをくるくると回す夢々散姫を見詰めている。にこりと微笑んだ夢々散姫が優しく頭を一撫でするとキュイ…と煩わしそうに鳴いて、偽人に姿を変えまた同じように母上、と夢々散姫に問うた。
「しらゆりはなにがふふくでそんなかおをしてむむをみるのですか?むむがなにかわるいことをしてしまったのならあやまります…でも、むむはしらゆりにすきになってほしいのです。がんばりますのです」
「別に嫌いじゃないよ…それは姉者とくっついてた時から変わらない。母上を嫌いになるなんて、そんなこと……僕も姉者も絶対に思わない。だけどさ、だけどね…」
白百合は自らの真白い陶磁器のように艶やかな手をじぃ…と見詰め、震えているのを見ないフリをしぎゅっと握りしめた。黒薔薇の肉を裂いた手は血の赤もすっきり無くなってやはり白いままで、同じ真白い夢々散姫が真黒に染まっている状態を保てていることが羨ましいかった。それでいて、純粋を装っているのだから憎らしい。憎らしいくらいに愛おしい。
夢々散姫は花畑で仕事など何もなしに花を摘んでいた。毎日毎日、ソトの愚かな原生生物達を監視し全てを見やる作業は、生まれたばかりのこの幼い屑星には大変暇に感じるのだろう。脱け出しては荒れた小さな自分のテリトリーで、我が子を傍らに置き花を摘む。諺になるくらい有名なくせに星には一切存在せず、誰も見たことがない生き物達の不思議な話をする。白百合の時間は大体がいつの間にか終わる、これを耳にするために費やされていた。
けれどひとりぼっち。
「むむはよけいなことをかんがえて、しゅんってなるしらゆりはきらいです。えがおでなんにもかんがえないで、そうしてむむのそばにいればいいんですよ」
白百合の頬を撫でる。
温もりのある、小さな手だと母親の手だと思う。白百合にとっての大切なものがそばにいることは安堵へと繋がっていた。だが今の安堵と底から湧く不安はどこかズレていて、夢々散姫の言葉が一層深く恐怖を引き立てているのが恐ろしかった。
「……黒薔薇はどこに行ってしまったの?」
見つめる。
「くろばらはちょっとだけ、むむたちとはちがうところにいったんですよ。くろばらがいなくても、しらゆりはいいこにしていられますよね?」
頷く。そしてまた、笑顔。
「ねむりましょう」
どこからか聴こえる奇妙なフルートの音を耳にしながら、白百合は導かれるままに眼を閉じた。夢々散姫の小さな笑い声だけが脳内に響く。混沌とした屑星の上で、彼女は母親は夢々散姫は何を考え何を想い何に心を通わせているのか、実子である白百合にさえ分からない。同じようにモノを考えていれば、以心伝心なんていうたわいもない言葉が事実であったならば、何も苦労なんてなかった筈であるのに夢々散姫とも黒薔薇とも白百合は意思を疎通することすら出来なかった。違う個体として存在していた。息をして立っていた。
白百合がその夢の中に堕ちる姿をじぃと見下ろしながら、夢々散姫は謳っていた。奇妙な声色でクスクスと狂ったように笑いかつ、知りもしない謳を謳っていた。しばらくすると寝息と謳のみしか聴こえなくなり、それらのリズムに合わせて小さな花達は楽しそうに可笑しそうに全てが全て、一点が黒に変わるまでの間揺らいでいた。黒薔薇が降り立った姿を確認すると夢々散姫は謳を止め、傍らで幸せそうに不幸せそうに眠るままの白百合の頭を撫でる。近付いてきた彼女を凝視して、また幾度目かの笑顔を作った。
「母上、ただいま戻りましたのじゃ…と、兄者はお昼寝中かの」
「おかえりなさいくろばら。くろばらもいっしょにおひるねするといいなってむむはおもいます」
「今は遠慮しておくぞ。というか母上、また白百合で遊んで…あまり追い詰めないでやってくださいね。儂にまで火の粉が降りかかるのでの」
「きずはいえましたか?」
「おかげさまじゃ」
先日また、白百合と黒薔薇は些細なことで傷付けあった。ぼろぼろになるまで傷付くのはいつも同じ黒薔薇ではあったけれど、それは昔から変わらない普通のカテゴライズに入る不変。真っ赤に染まった白百合は夢々散姫に助けを求め、夢々散姫はぐったりと動かない黒薔薇を助け、そして今に至る。白百合の記憶の欠乏も不変といえば不変で、断片的にしか覚えてはいないのだから夢々散姫は気には止めない。少し日に焼けた綺麗な肌に大きく爪痕を残しながら、黒薔薇は夢々散姫に笑いかけていた。
「かわいそうに」
「何を母上。これは大事な兄者からの愛の印じゃし、儂は姉として受け入れてやってるだけじゃがの」
「…なかよしなら、いい」
夢々散姫の冷ややかな目線を慣れたように無視をして、空からしとしとと降ってきた雨のほうに黒薔薇は意識を向ける。風邪をひきますから帰りましょうぞ、と呟いて黒薔薇は夢々散姫に自分が着ていた黒い外套を被せてやった。直に目を覚ますだろう白百合の一瞬の寝顔に優しさと哀れみを覚えながら、夢々散姫の狂気を受け入れていく。こうして曖昧な家族は不完全に形成されていくのだ。
彼女はまた邪悪に微笑む。
邪心カーニヴァル
(傷付くなら、忘れて)
(曖昧家族と屑星の上)
(出会いと別れの謳)
(断片的な言葉をどうぞ)
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