おはなし倉庫

▼2018/09/02:雲雀と真珠白雪 --長文

『愛してる、僕よりも』







貴婦人の浴槽

(ひばしら/10年後)





鋼鉄処女を抱く。
痛みに慣れた躯は、枯渇する欲を更なる痛みに求める。次第に麻痺する脳味噌は静かに悲鳴を挙げて、虚ろに存在していた感情は死を迎えた。隷属化する自身を止める術などなかった。ただ、廃棄されたくないという強い願いだけが脳内を支配し、内側から全てを破壊していった。逆らうことは、なんと愚かで許されない行為だろうか。口の端から溢れ出る血反吐に危うく溺れそうになりながらも、霞始めた視界に白雪は彼の姿を捜した。
白雪が白雪であるように雲雀は雲雀である。存在価値を見出せずにいるならば、同類に分類されても不自然はない。されど雲雀は絶対的にプライドとして許容せず、鋼鉄処女と恍惚に浸り、ゾクゾクと湧き上がる白雪への並々ならぬ熱い想いを高ぶらせていく。虐げられたところで、白雪には雲雀しか『いない』のだから、拒絶は有り得ない。逃げ道は無く、亡く鳴く泣いて神経を冒し始めた毒の薫りを合図にして、欠乏する酸素を求め口をぱくぱくと動かした。水を焦がれる魚のようだった。愛に焦がれた神だった。雲雀はその高潔な意志を持って、罪深き白い獣を虐げていた。歪んだ関係も、当人達にとっては洗練された酷く美しい真っ白な平面のみ。普通と名のつく遊び。

「…あ゛ぁ…、…ぅあ、ひぃ…たす、けぇ…ひ、ぁあ゛、ぁぁ」

何度目だろう。
白雪は雲雀から、子供の戯れと称してソトで作られた劇薬の服用を強要させられた。絶対に逆らえない行為を強要させられた。洗練された祈りのように雲雀は貯蔵しているお気に入り達から、数滴を白雪に飲ませる。罰を与える。そうして雲雀は胸が焦げ尽く熱さに血を吐く白雪を嘲笑し、プレートを取り上げたのちに陸で干上がる魚の如くのた打ち回せるのだ。悲痛な叫びは決して耳には届かない。懺悔を受け付けることはない。

「わけわかんない意味わかんない何がしたいのかさっぱりだよね白雪。瑪瑙達がいくら神様だからって、なんで僕を置いてきぼりにするのさ家族なのに!皆のために、僕は、こうして、……ねぇ聞いてる?」

手足からは、痛みという感覚が既に失われつつあった。故に雲雀が7cmあるヒールで思い切り掌に穴を空けようとも、白雪には生暖かい血の感触に肌が逆立つビジョンでしか現実が測れない。ひゅうひゅうと空息の喉が原因で相槌を打てなくとも、雲雀の声は聞こえていた。力なく白雪が視線を上げれば、視界に入るのは無慈悲な鉄仮面で顔を隠し、狂気に染まる鋼鉄処女。中では白雪の子供達が無造作に抱擁を受けていて、致命傷を与えないよう配置された無数の針に泣いているのだろう。
ココにいるのに。

「聞いてるんだったら良いんだけどね、白雪はいつもいつも人の話を聞いてないんだからグズって言われるんだよぉ……何回言っても治らないなんて本当に駄目なやつ!みんなみんな誰も僕のことを大事にしないっ!!今日は僕と一緒に遊んでくれるって約束したのに酷い酷い酷いっ!!お前だってヘラヘラ笑って何様のつもりなんだよ気持ち悪い!!気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い…」

「……ひぃ、ぁう゛あ、ごめ、さ…ぅえ、…ゆりゅ、ひ、へぇ…」

目頭が熱く燃え、世界が歪む。喉奥が締め付けられて息苦しいのを白雪は必死に耐えた。幼く可愛い我が子達が、白雪以上の耐えきれぬ苦しみを与えられている場面を想像すれば、痛みへの感覚は不思議と衰える。雲雀は駄々をこねているだけなのだ。そう言い聞かせて雲雀を見、天を仰いだ。

「いーや!プレート返して欲しいなら、僕を殺してメイデンの中から勝手に出せば?今日の毒は僕も飲んだことあるけど死にはしないし、ちょっとだけ体に後遺症が残っちゃうくらいだしね。鋼タイプで良かったよ…僕、毒でも死にはしないんだもの。で、白雪は僕を殺したいの?どうしたいの?早く言ってよ馬鹿っ!」

「……や、いひゃ、ふぇ…」

白雪は雲雀を殺すことは出来ない。神の前ではちっぽけで無力な獣であろうとも、此の青年は白雪にとってのまさに法律。今度こそ、護らなければならない大切な存在。真っ白な平面に現れた一点の黒く汚れたシミが増殖し始める前に、傷痕を取り除き癒やしてくれた。歪んだ関係はだらだらと切り離せないまま、もう十数年の月日が流れていた。

「……アイゼルネ=ユングフラウ起動、スピカ様はスタンバイモードから再起動して、今すぐ中から出てきてください」

落ち着いた女性の声が場に響いた瞬間、鋼鉄処女はその身を拘束していた鎖を地へと堕とし、内に秘める姿を晒していく。多量に溢れ出た血液とともに現れた血塗れのジラーチは、欠伸一つすると声の主…もとい音紬に深々と礼をした。そうしてから首にかかるネックレスを外して、大事そうに音紬に渡した。事を終えるとジラーチはまだ残る眠気に眼を擦り、ゆっくりとした動作で鋼鉄処女の中に引きこもると勢いよく扉を閉めた。赤く地面に広がり、異常に取り残された血液の臭いが鼻につく。
音紬は雲雀には見向きもせず、うずくまる白雪に近寄り膝を付き慎重に抱き上げた。一言囁いた後に先程のネックレスを差し出す。ネックレスについていた飾りは、不要なチェーンだけを残し白雪の心臓部へと吸い込まれていった。呼応し穏やかになる呼吸と睡魔に襲われる瞳が、確かに白雪の体の無事を告げていた。寝息と安堵が頭を撫でる。

「…おやすみなさいませ、白雪様」

「………つむ」

「…雲雀様、今日は瑪瑙様に公務の終了までいい子で待ってるように、そう命じられていた筈ですが…これはどういうことでしょうか。氷華の騎士様は少しの時間も無駄にせず、拷問に励みたいということ…ですか?」

闇に包まれた拒絶の姫君で在り続ける音紬のことを白雪は嫌いながらも、この時だけは好きになれた。我が子が帰ってきた感触を全身で感じ取り、失いつつある意識に彼らの言い争いを聞く。雲雀が泣かなければいいと願いながら見上げた白雪の視線の先の音紬は、鋼鉄処女さえ魅了するだろう白く儚く美しかった。


凍れる愛に浸る
(酷く酷く静かに痛い)


箱庭南居住区外れにある氷華塔を包んだ惑いの森は、蒼く蒼く煌めいて赤い赤い血液に姿を映す。白雪はただ鋼鉄処女の甲高い笑い声に耳を塞ぐことしか出来ないままに堕ちていく。





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