親戚の子ども

 なゆたは今回の定期テストも英語だけ追試だった。数学も苦手だが赤点を取るほどではないし、他の科目はそれなりにいい点が取れる。しかし、英語だけはどうしてもダメだった。お陰で英語の追試を共に受けている米屋と謎に仲良くなってしまった。なお、米屋は他の追試も受けているのだが……。
 今も他のメンツと遊ばないように一人だけラウンジに隔離され、水上の指導の下、追試対策のために参考書を開いていた。わけのわからない外国のことばが所狭しと並んでいる。
 なんで「have」が持つ以外の意味を持っとんねん。なんやこれ、見たことのないアルファベットの配列やな。この長文、なんか知らんが、この主人公のトムとやらが貧乏人で珍しく金が入ったから、彼女のジェーンを連れておしゃれなレストランに来た話なんやろうなあ……多分。ていうか、貧乏人やけど彼女作る余裕はあんねんな。ジェーンにかっこつけたかったんかな。
 かろうじて意味のわかる単語を拾って勝手に当たりをつける。もちろん、なゆたが勝手にそう思っているだけで全部間違えている。
「全然ちゃうぞ」
 なゆたの答案を見た水上が容赦なく言い捨てる。その表情はげっそりしていた。
「なんでトムがジェーンとステーキ食べたことになっとんねん」
「これ、トムが彼女のジェーンを連れておしゃれなレストランに入って、ディナーにグレイビーソースのかかったステーキを食べましたおいしかったですって話でしょ」
「いや、どこをどう読んだらそうなんねん」
「そもそもどっからどう読むんですか?」
「人生、小学生からやり直せ。ていうか、お前、支部やから一般入試やろ? センターでも英語は捨てろ」
 もうこの英語力はどうしようもないと取られたのか、水上は大きなため息をついた後になゆたの肩を叩く。
「ええ〜、受験まで面倒見てくださいよ。おっきーも今度数学見てもらうって言うてましたよ」
「お前らはマリオを見習え」
 いつも真織の成績はどの科目もいい。やはり、身近に高学歴の兄たちがいて、彼女自身も勉強をしてきただけあって、勉強のやり方がうまいのだろう。水上が面倒を見なくても彼女はいい点を取る。それに比べると隠岐となゆたの成績にはムラがあった。隠岐は割とどの科目も平均以上は取れるが、なゆたはひたすら英語と数学がネックになっていた。
 水上がどうしたものかと言わんばかりに腕を組む。水上としては他は成績上位なのだから、英語と数学は見捨てるしかないと思う。
「英語の勉強か。精が出るな」
 そこへぶらりと蔵内が通りがかり、微笑みながら片手を上げる。
「蔵っち、ええところに。こいつの英語力がカスすぎるからどないかしてや」
「蔵っち先輩に変なこと言わんとってくださいよ」
「へえ、どれだけひどいんだ?」
 なゆたが蔵内にノートを渡すと彼はざっと目を通す。そして、表情を変えないまま、口を開いた。
「人生、幼稚園からやり直したらどうだ?」
「エッ、さらに悪なってる……!」
 なゆたの英語力は致命的に低いようだ。
「これだけわかってなかったら、何が間違ってるのか、どこがおかしいのかもわからないだろう?」
「わかりません……」
「小学校の英語の問題集を買って、ちょっとずつやっていくしかないな。後は単語をたくさん覚えろ。単語帳を見るのもいいけど、覚えるまで意味とつづりを書き写していくと効果的だぞ」
「……なるほど! さすが蔵っち先輩、具体的なアドバイスくれはるやん! どこぞのおもしろブロッコリーとは大違いやわ」
「やかましいわ」
 水上は真顔のまま、憎まれ口を叩くなゆたの頭を容赦なく掴んだ。「んぎゃあ」とおぞましい呻き声をあげる彼女を蔵内は微笑ましげに眺めていた。
「安喜はかわいいな」
「えっ、そうですか〜?」
 笑顔のまま放たれた蔵内の発言になゆたはどこか照れくさそうに頭を掻き、水上は解せぬとばかりに眉をひそめた。
「小南は孫って感じがするけど、安喜は親戚の子どもだな。親がはっきりわかるから」
 腕を組んだ蔵内が水上に視線を向ける。暗に父親はお前だと言っている顔だ。
「いや、俺こんなデカい子どもおらんし、いらんねんけど……ていうか、俺いつの間に蔵っちの親戚になってん」
「ははは。安喜は基本的にまっすぐなんだけど、たまにいやらしい攻撃をしてくるところが親譲りだなって思うよ」
「えー、そうですかー? わたしそんな性格悪い攻撃してます?」
「お前も何乗っとんねん。俺の血が入っとったらこんな英語の成績がカスなわけないやろ」
 水上は自分の学力は高いという自信はあるらしい。まあしかし、そこはあえて無視である。
「わたしの親はセンパイってことになってるけど、蔵っち先輩とこなみちゃんの間に誰が入るんかな。蔵っち先輩の子どもで、こなみちゃんの親でしょ」
 なゆたの些細な疑問に水上も蔵内もすっかり静かになってしまった。
 その間に入るふさわしい人材とは一体誰なのだろうか。

 210721