寝起きのぼんやりとした頭で、コーヒーを飲みながら見るのが日課になっている朝の情報番組。お天気のコーナーが終わるといつもはすぐにニュースが始まるけれど、今日は違った。女性お天気キャスターの声に合わせて画面にぱっと映し出されたのは、桜の開花を知らせる日本地図。

南から北へ、暖かいところから順番に咲いては散ってゆく。毎年こうして花が咲く頃に話題になるけれど、見頃と呼ばれる時期は一瞬だ。お花見したいな、いつしようかな、だなんて考えているうちに気づけば散ってしまっている…なんて年もある。桜は現代社会を生きる日本人の多くにとってそういう花だと思う。私にとってもそれは例外ではなくて、大学を出て会社に勤め始めてからは特に、ゆっくりお花見をする機会は減ってしまった。

身支度を整えて家の外に出る。ふわりと温い風が吹いて、春の訪れを知らせる香りがした。暖かい日差しがあまりに心地良かったので、いつもは通らない日当たりの良い方の道を歩いて駅まで行くことにした。普段通勤で使う駅までの最短ルートである人通りの多い商店街を通り過ぎ、ふたつめの角で曲がると、公園の脇道に出た。視界が開けて、明るい陽射しに照らされた白い道に一瞬目が眩む。見慣れない景色にはっとして顔を上げると、そこは桜並木だった。日がよく当たるところだから、開花も他より少し早いのだろうか。近くの木に近づいて様子を見てみると、まだ五分咲きくらい。それでもひとつひとつが上品に色付き花を開いて、薄ピンク色のトンネルをつくりだしていた。

昨年も今と同じこの町のアパートで春を過ごしたはずなのに、どうして今まで気が付かなかったんだろう。立ち止まってまっすぐ等間隔に並ぶ桜の木々をぼーっと見ていると、小学校の入学式の帰りにここと似た桜並木を両親と歩いたことを思い出した。父と母の間で片方ずつ手を繋がれて、買ってもらったばかりでまだかたくて重いランドセルを小さい背中に背負っていたあの日。そういえば高校一年生の春休み、初めてできた恋人とふたり自転車で走った川沿いの道ではこれでもかってくらい桜が満開だったっけ。大学に入って一人暮らしを始めたアパートの窓からは桜がちょうど綺麗に見えたから、よく友達とベランダでビールを飲んだものだ。

まるで走馬灯のように、しばらく思い出すことさえなかった記憶が溢れて出てきた。そういえば一年前、仕事が忙しい春のこの時期、平日は家と会社の往復しかしていなかったし、休みの日は疲れてしまっていて出歩くこともほとんどなかった。駅まで少し時間のかかるこの道を通ることがそもそもなかったのだ。いや、もしここを通っていたとしても、心に少しも余裕がない状態だったなら、桜の存在なんて全く気にかけなかったかもしれない。幼い頃はどうして大人たちは桜に目もくれず足早に歩いて行ってしまうのかな、と疑問に思っていたけれど、今の私もその大人たちと同じなんだと実感する。あの頃に戻りたい訳ではないけれど、せめてこんな風に思い出すことができれば、と思う。毎年この季節、桜が散ってしまうときまで