なんだか窮屈だなぁ。身動きがとれない程に狭くて、暗い。遠くから誰かの声が聞こえる気がするけど、水の中にいる時のように全ての音が籠っていて全く聞き取れない。ああ、そうか、ここは水の中なのか。水というか、お湯だ。まるでずっと温水プールの中に潜っているみたいに、頭から足の先まで全身がじんわりと温かい。そのくせ息は苦しくないのが不思議だけれど。「おめでとうございま〜す!」突然間の抜けた男の声がして、ぼんやりとしていた意識が覚醒した。「あなたは『来世でがんばる!転生確率二倍キャンペーン』にご当選されました!」もしも今体が自由に動かせたなら盛大にずっこけていたかもしれない。来世だとかキャンペーンだとか、この状況にあまりに不似合いなワードをハイトーンな胡散臭い喋り方で並べ立てる怪しい男に、一気に不信感が募る。「さっきから聞いてれば間の抜けたとか胡散臭いとか随分と失礼な方ですねぇ。ですから、あなたは再び人間として生まれ変わることができる権利を手にしたのですよ、ラッキーガール」やけに他の音に比べてはっきりと声が聞こえると思っていたけど、こいつはどうやら私の脳内に直接話しかけているらしい。つまり口に出して喋らずとも、こちらの考えていることは全て筒抜けのようだ。えっと…生まれ変わる?………ああそうか、思い出した。私、交通事故で死んだんだった。「そうですよ、思い出しましたね!もう2年前のことですしもう少し時間がかかるかと思いましたが、さすがは選ばらしお方」は?ちょっと待ってよ。今2年前って言った?あれからそんなに時間が経ったってこと?「驚かれるのも無理はございません。死んでしまってからの記憶がないので混乱されるでしょう。しかしその点に関しては皆さん同じ状況からのスタートなので、特段不安に感じる必要はございません。当選者が新たな命として生まれ変わる直前の十分間だけ、前の人生の『あなた』を起こしてこのようにご説明することが出来るという決まりなんです」なるほど、今がその生まれる前の十分間…。ってことは、ここはこれからの人生で私のお母さんになる人のお腹の中ってこと?「ご名答!理解が早くて助かります。あなたはこれから人間の赤ちゃんとして再び世に生まれるのです。今はこうして私と会話していますが、生まれる時にあなたの自我はリセットされ、他の赤ちゃんと同等の知性になりますのでご心配なく。また、記憶の方はこちらでしっかり鍵をかけてなくならないよう頭の奥の方に大切にしまっておきますので、その点もご安心ください」こんなにぶっとんだ話をされているというのに、あまりにも丁寧な説明の仕方をするので、へぇその辺はちゃんとしてるんだなーと素直に感心してしまった。自分が今まさに羊水の中にいるのだということが分かり衝撃は受けたものの、このおかしな現実をどこか冷静に受け止めている自分がいた。きっと非現実的すぎて理解できないから、私の脳が勝手に深く考えるのをやめたんだな。たぶんそうだ。…でも前生きていた時のことを思い出せないなら、生まれ変わる意味ってあんまりなくない?「私は『しまっておく』と言ったのですよ。何かのきっかけがあれば鍵が開いて前世の記憶は蘇ります。また、縁の深かった人物や場所とは再び惹かれ合うことが予想されます。 あなたは人生に大きな心残りがあったようですから、次の人生はそれを晴らすチャンスという訳です。まぁ前世で望んだ形とは少し違ってしまうかもしれませんが…。おっと、そろそろ時間のようです」えっ、もう?私まだあなたに聞きたいことがたくさんあるんだけど!「何を聞いてもどうせ数分後には綺麗さっぱり忘れてしまうのですから、今は余計なことを考えずただ流れに身を任せればいいのですよ。それでは、あなたが素敵な人生を送れますように」その一言を最後に、その声はぱったりと聞こえなくなった。いやいや、なんて自分勝手な天の声なんだ。次第に身体が子宮の内壁に圧迫され、意識はゆっくりと遠のいていった。