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────ナマエという男がいる。
奴はおれの上司で教育係。とにかく嫌なやつ。本当に、何から何まで気に食わない。何が嫌いかって? まず、あの余裕たっぷりの態度。こっちは朝から晩まで汗水垂らして船を作ってるっていうのに、ナマエはいつも飄々としている。見習いたい部分も、正直あるさ。腕は確かだし、あいつの仕上げる船はどれも一級品だ。おれも船大工としてそれなりに経験を積んできたのにナマエにはまだ勝てない。あいつが仕上げる甲板や船体の滑らかさ、木目の扱い方、すべてが完璧だ。おれが苦しむ工程も軽くやってのける。ついでとばかりに口出しするんだ。「お前、そこ、もう少し左だな」とかなんとか言って、まるで簡単なことみたいに訂正してくる。
「違う違う。もっとこう、女の子の素肌に触れるようにってお前には十年早かったな」
あの笑顔、いつかぶんなぐりてぇ。
技術がすごいからって、中身まで尊敬するかどうかは別の話だ。いつも笑顔で人畜無害ぶってるくせにすぐいたずらして人をからかう。なんだかんだ許されてて、それもまた腹が立つ。世渡りが上手いのは認めざるを得ない。でも、あの得意げな表情ときたらどうだ? 何かとおれをからかってくるんだよ。「パウリー、今日はミスしないように頼むぜ?」とか、「おい、また借金額の計算してるのか?」とかさ。いちいち茶化しに来やがって。他の奴らも構った後にわざわざ来てまで、何が楽しいんだよ。
特におれが相手だとあいつはしつこい。いっそう楽しそうなのが、おもちゃにされてるのが分かって悔しい。「パウリー、またやっちまったのか? 本当にドジなやつだな」とか、「ほら、借金取りに追い回される前に、ちょっと息抜きしとけよ」とか。おれがギャンブルで失敗した話を持ち出してくるのが特にムカつく。「困ったら言えよ、相談料500万ベリーな」と一度も請求したことないくせに法外な額を伝えて、ついでとばかりに髪をなでて去って行くのが嫌だ。嫌で嫌で仕方ない。
それにあの女たらしっぷりも鼻につく。仕事終わりになると、あいつはいつも「今日はどの酒場に行こうかな」とか言いながら、部下を引き連れて街に繰り出すんだ。しかも、あの顔だ。笑顔で、涼しい顔をして、あっという間に女性たちを虜にしてしまう。こっちはそんな余裕もなく、むしろ女性の前に立つとまともに目も合わせられないのに、あいつは平気で肩に手を回したりしてさ。ナマエが女性と話してる姿を見ると、どうにもおれまで顔が熱くなる。あの顔で、あの声で、耳元に囁いてハレンチにもほどがある。そんでもって、ナマエはおれがその様子を見てるのを気付いて、「お前も一緒に来るか?」とか軽く誘ってくるんだよ。苦手だって分かってるくせに。わざとやってるに違いない。おれはカーっと赤くなってテンパってるのにナマエはそんなおれを見てむしろ楽しんでるんだ。腹立たしい。
そういう軽口を叩かれる度におれは思うんだ。なんであいつが自分の上司なんだって。こんなやつ、大っ嫌いだって。ふざけた態度をとりながら、あいつはいつもおれを見透かしてるみたいに話しかけてくる。おれが何かに悩んでるとさりげなく「パウリー、どうした。船が沈んだか?」なんて、冗談めかして隣に座ってくるんだ。何が沈むだよ、縁起が悪い。おれは真面目にやってるんだっての。
おれが特に許せないのは、仕事場でもあの態度を崩さないところ。おれが大事な木材を寸法ミスで切ってしまった時、ナマエが何を言ったと思う? 「おいおい、沈没船を作る気か? 確かにタイタニックはロマンスの塊だが沈むのが分かってたら誰も乗らなかったぞ?」って。笑いながら言うんだよ! おれが焦って必死でリカバリーしている間、やつはその横で悠々と仕事を続けてるんだ。そんでそっちが終わったら、「大丈夫大丈夫、よく頑張ったな。あとは任せろ」なんて、余裕の笑みを浮かべて手を貸してくる。あの時は本当に悔しかった。自分のミスだから、迷惑かけずに自分で解決したかったのに、ナマエに助けられるなんて。結局あの時は夜明けまで帰れなかった。なのにあいつは最後まで残ってくれた。
おれが最初に入った頃から面倒を見てくれたし、いろんな技術を教えてくれた。でも、それが腹立たしい。おれだって成長してるんだ。自分でやれることだってあるのに、ナマエはいつも先回りして「大丈夫だ」なんて軽く言いやがる。おれはちゃんとやれる。ナマエの思うような子供じゃねーんだ。
変に優しい所も気持ち悪い。ある日、おれが借金取りに追われてた時、ナマエは間に入ってきた。「おれの後輩が悪いな。で、いくらだ?」ってあのいつもの飄々とした口調で借金を立て替えてきた。理由を聞けば「うちの優秀な職人に怪我させられたらアイスバーグさん困るだろ〜? 気にすんな、金の借り入れ元があいつらからおれに変わっただけだ。出世払いで頼むぜ」って、ナマエはおれの肩をポンと叩いて笑ってた。それがまた、なんとも腹立たしいんだよ。まだ新人なのに、おれが育つのが待ち遠しいみたいな、おれの腕を疑わない信頼がこそばゆくて気持ち悪くて。振り払いたくてギャンブルにおぼれても「お前も本当にしょうがないやつだな」って見捨てない。
大口の注文が入って、でも素行の悪さから外すよう言われてもあの人はおれを手放さなかった。「趣味は悪いけど、でも大丈夫。あいつは、船については誰より誠実だ」と。……その時は、笑ってなかった。
……笑顔、ああそうだそれも気に食わないんだ。ナマエと二人で酒を飲みに行った時。ナマエのようにドッグの一つを任されて人の上に立つのは慣れなくて、いっぱいいっぱいになった時、おれの愚痴をナマエはただ静かに聞いてくれた。普段は茶化してくるくせに、その時だけは何も言わず、時折優しく微笑んでた。その微笑みが気に食わない。なんでそんなに優しいんだよ? なんでおれの話を全部分かってるみたいな顔で聞いてくるんだ? あの時も、「お前ならできるさ。おれが保証する。だから気にすんなよ」なんて軽く言いやがって。こっちは真剣に悩んでるってのに、あの態度は何なんだ?
ナマエは、なんでも見透かしてるんだ。
おれがどう思ってるか、何を感じてるか、全部分かってるみたいな顔をして、おれを助けてくれる。嫌なやつだ。本当に嫌だ。けど、おれのことを放っておけないみたいな、その態度が。
「パウリーさァ……おれのこと好きだろ?」
ナマエはいつもみたいに笑ってた。あの言葉が頭から離れない。冗談じゃない。おれがナマエを好きなわけがないだろ? ただの上司、それも元。もう独り立ちしたのに今でもおれをからかってくる嫌なやつ。しかも、女たらしで、人たらしで、ハレンチ男。いつも遠くにいるくせに、おれ以外を構ってるくせに、いてほしい時には隣にいる。
傲慢で自信屋で厄介で気持ち悪くて理解者ですがりたくなる、そんなあんたの全部が。
──大嫌いだよ。ばーか。
きらいきらい、大嫌い!
気にいってる、"後輩"。……そういうところが、嫌なんだよ。
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