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「ちょーっと空が飛べてなおかつ治癒もできるからっていい気になりすぎなんじゃないですかー??」
 
「確かに大したことねーよい。……消毒液の大量発注ミスからの、格下との戦闘で怪我して自分で消費する馬鹿よかマシだよなぁ」
 
「はーん?? 誰のことですかよい??」
 
「自分の胸に聞け、そして真似すんなよい」
 
「よいよいよーい!」
 
「ぶっ殺すよい!!」
 
 
 始まりは簡単な業務連絡だった。それが瞬く間に嫌味の応酬に移り、そして乱闘へと発展した。モビーディック号の甲板全てを利用した追いかけっこである。本日はお日柄も良く、絶好の喧嘩日和です。赤コーナー、一番隊隊長マルコ。青コーナー、一番隊所属隊長補佐ナマエでお送りしております。
 と、ふざけたナレーションを誰かがぼやくほど、この騒ぎは日常の一コマと化している。
 
 
「毎日毎日飽きもせずよくやるよなー」
 
「お、今日は止めないのかエース」
 
「さすがに諦めた。サッチこそ止めてやれよ。長い付き合いだろ?」
 
「バカ言うな、てめぇで言ったじゃねーか。"諦めた"って」
 
 
 ヤレヤレと首を振りつつ、サッチはナマエの投げた樽をヒョイと避けた。ナマエの投擲のクセも軌道も把握しているため、リーゼントが乱れないギリギリを攻めた回避。思わずエースも拍手を送る。裏を返せば、それほどこのふたりの喧嘩を観戦してきたということだが。

 この船の古参組。あの二人はほぼ同時期に親父の船員となった。歳も近く、これから長い付き合いになるはずだからという理由で組まされて以来ずっと同じ隊にいる。確かに長い付き合いにはなったがその関係性は見ての通り。お世辞にもいいとは言えない。瞬きを許さない攻防の中でも互いを煽ることをやめないのだからよっぽどだ。というか、こんな内輪揉めで全力出すなよ。
 
 スッコーンと気持ちのいい音を最後に静寂が訪れる。とうとうマルコがナマエの頭にジョッキを命中させたようだ。蹲るナマエの横に悠々と降り立つ。


「どうだ、参ったかよい」
 
「……おれが負けたと思わないうちは負けてない」
 
「あーめんどくせぇ。頭見せろい。出血は無いよな?」
 
 
 これも職業病。マルコはナマエの両頬をムギュっと挟むと無理やり顔を上げさせて、怪我の有無を確認しだした。上下左右好き勝手な方向に動かし、変顔百面相なナマエにエースとサッチは腹を抱えて笑った。
 
 
「あーあ、ナマエ君のキレーなお顔に傷ついたらどう責任取ってくれんの?」
 
「おー怖ぇ怖ぇ。責任ねぇ……地獄の果てまでお供に任命してやるよい」
 
「べー、だ。おれは親父の下にしか付かないって決めてるんですぅ。残念でしたー!」
 
 
 いつの間にかナマエも常備しているポーチから消毒液やガーゼを取りだし、マルコの負傷具合を確認しだした。。互いを手当し合う手つきに迷いはないものの、息をするように軽口を叩き合う。逆に、会話することが目的で貶しているんじゃねーかとサッチは思う。本末転倒すぎてありえないし笑い話にもならねーけど。
 ツンツン、と腕をつつかれエースの方を向く。エースは二人を指さしながら、最近習ったことわざを口にした。

 
「なーサッチ。ああいうのを"ケンエンの仲"っつーの?」

「誰が犬で誰が猿じゃ! エースお前やマルコはともかくおれは純粋培養の人間ですぅー!」

 いつから聞いていたのかナマエが噛み付いた。視線だけエースに向けてマルコの腕に包帯を巻いている。なんて器用なこった。……だが、そうも器用なせいで、今マルコがどんな面でてめぇを見てるかに気づけねーんだけどな。
 エースに注目してマルコを見ないナマエ。そして、ああ恐ろしい恐ろしい。早めに気づいておくれナマエ。おれたちの平穏のために。
 マルコは大袈裟なくらいに包帯をナマエの頭に巻いた。そしてぎゅっとキツく締める。うっわあんなの絶対痛いじゃん。その勢いでナマエは再びマルコの方を向かされた。その時には既にマルコはいつものマルコの顔をしており。
 
 
「そんな人を化け物みたいに言うなよい」
 
「はーー?? 悪いが俺にしてみれば能力者なんてみーんな化け物だわ。そのくせカナヅチで面倒かけやがるし。お前のこと何回風呂場で救助したか分かんねーよ。いい加減1人でゆっくり入らせてくれ」
 
「……さすがに傷つくよい」


 ズーンと目に見えて落ち込むマルコ。いやいや、それぐらいで傷つくタマじゃねーだろ。
 しかし単純というか馬鹿というか。簡単にナマエは騙される。


「いや! えと! お前にだって、いいとこぐらいあるぜ!?」

「……ほーん、例えば?」

「は? えーと、その、酒の趣味は悪くないし、話しててもおもしれーし、なんだかんだで全力でふざけ合えるのお前ぐらいだし、それにまぁ、ガタイも良けりゃ顔だって、かっ……」
 
「へぇ、そうなのかっヴ!!」
 
 
 自身の発言に気づき、ナマエは言葉に詰まった。その隙を見逃さず、マルコは顔を上げ距離を詰める。思わずサッチがエースの顔を隠し、あと少しで唇が触れるその時、ナマエの頭突きがクリーンヒット。「けどこんなマヌケ面顔じゃ全部台無しだな! ぬかったな阿呆め!」と言い放ってナマエは船内へと走り去って行った。
 後に残され、先程のナマエのように蹲るマルコにエースとサッチが駆け寄る。

 
「イッテェ……」
 
「うっわ、鼻血出てるぞ」
 
「……なぁマルコー。もうさ、ナマエを二番隊に移籍させねぇ? こうも喧嘩ばかりじゃ辛くねーか?」
 
 
 純粋な善意からの言葉だった。だが、エースは気づかない。それで済むならとっくにやっている。他の隊長だって提案してる。サッチはあちゃーと額を押えた。さっき見せないようにしたのは失敗だったか。こいつは見てないのだ。マルコの虎視眈々と狙う顔も、耳を赤らめて逃げ出したナマエの姿も。
 もう遅い。不死鳥の尾羽を、エースは踏んづけた。
 
 
「許さねぇよい」
 
 
 ビクリ、と肩を跳ねさせた。腹の底のそこから出た低い声。こちらを射殺さんばかりの冷たい視線。今まで一度も味わったことがない、マルコの殺気。
 
 
「ナマエは、おれの一番隊だよい。絶対、どこにもやらねぇ」


 獲物を見据え、逃がさない絶対的な捕食者の目。初めて相対したエースはゴクリと唾を飲み、サッチは哀れな獲物ナマエが早めに観念して捕まるよう、何度目か分からない祈りを捧げた。


 
「す」と「き」は線で結べない


いつから、なんて。そんなことを聞かれても、己は知らねーよいとしか答えられない。
 ただ、きっかけなら山ほどあった。

 些細なことで浮かべる笑顔だとか。調子の悪い時に見せてくる気遣いだとか。小気味よいくらい続く会話だとか。溺れた己に向けてきたあの泣きそうな顔だとか。日焼け跡の目立つその汗ばんだ身体だとか。

 いつしか、いけすかない同期から、唯一無二へと変わっていた。 

 だが、あいつにとってはそうじゃない。

 だから。案外人に好かれるあいつを己の補佐にして、周りに牽制をかけた。
 決して気づかれないように。あくまで嫌々ながら、見かけはそれまでの関係を崩さないまま。


 そして、見たかあの顔! あの行動!

 この努力がやっと報われようとしているのだ。だから

「邪魔、しないでおくれよい」

 可愛い末っ子だろうと横から奪おうと言うのなら、容赦しない。


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