■ ■ ■


 ああ、うん。なぜだかすっごく気分がいいや。なんだかぽやぽやする。今ならきっと空だって飛べるかも。

「おーい。ナマエ〜? ったくよー、何本飲んでんだよ」

 不意に頭の上から声が降ってきた。少し億劫だけど、見上げてみればそこには

「……エースだァ〜」

 誰よりも何よりも、世界で1番愛おしい恋人サマ。

 ナマエは腕を伸ばし、エースに抱きついた。顔を真っ赤にして、全体重を預けてくるナマエをエースは少々バランスを崩しながらも受け止めた。ナマエという男は日常、スキンシップを多くする方ではない。全くしないという訳ではないのだが、先に手を出すのはエースばかり。照れが入るのかナマエはされるがままが多いのだ。だから抱き着かれた拍子に手に持ったビール缶から少しこぼれたが気にもならない。それを気にする暇があれば、少しでも長くこの状態のナマエを楽しみたかった。


・・・・・


 ナマエとエースが知り合うきっかけになったのは大学。互いの友人の紹介からだ。共通の趣味や兄弟談議、単純に気が合うことも大きかった。関係はどんどん深まり、ついには恋心を抱くまでになった。本当にあの時はてんやわんやだった。いつもは冷静沈着な兄弟に至っては赤飯を炊こうとしていた。おれを何だと思っている。まあそいつのアドバイスのおかげもあり、エースの猛アプローチからナマエを落とせたといえよう。感謝している。ナマエの首筋からちろりと見える紅い鬱血痕。見ろよ、これおれがつけたんだぜ。ゼッテー見せねェけど。

「えーす、えーす」

「ん−、どうしたよ」

 かなり酔いが回っているのかエースの名前を舌足らずに呼んでくる。エースは手に持っていた缶をテーブルに置き、ナマエの物も回収するとナマエを膝の上に乗せた。ナマエは素直に首に手をまわしてエースの腕の中に納まっている。いつもはこれすらも嫌がるのに! 思わず感動し、こぶしだけでガッツポーズをした。そんなエースに気づかず、ナマエはエースの頭をなで始めた。「いいこいいこ」と優しい手つきは何ともこそばゆい。とろんとした目にゆるむ口元。え、おれの恋人可愛すぎ……!?
 あまりの可愛さに、しばらく好きなようにやらせることにした。いいこいいこ、いいこいいこ。そう、エースはいい子なのだ。本心では今すぐその口を塞いで唾液がどっちのものか分からなくなるほどにぐちゃぐちゃにしてしまいたくても我慢ができる、そんないいこなのだ。
 
 ……いいこ、なのだが。

「……なァ、ナマエ。そろそろ飽きねぇの?」

「んーー?」

 こうも続くとさすがにこそばゆいでは済まされないというかなんというか。嫌なわけではない。ないのだが、そう、甘やかされている感覚で、優しすぎるのだ。これがもう少しヤラしい手つきなら大歓迎なのだがそうした意図が全く感じられず、例えるならば幼い子供をあやしているような…………ああ。そういうことか。

「えーす。すきだよ、」

「あー、うん。おれも」

 ナマエには年の離れた兄弟がいる。弟と妹。エースも何度か会ったことがある。そいつらといる時、ナマエは年長者の顔をしている。大学生や社会人からモードチェンジするのだ。そう、兄貴モードのナマエはまさしくこういう顔をしている。
 滅多に聞けない愛の言葉もこれでは全く嬉しくない。エースはナマエの妹でも弟でもないのだから。

「あ、もう寝る時間だね〜」

時計を見れば、まだ九時を少し過ぎた頃。……むか。むかむかむか。


・・・・・


 エースの髪はサラサラだ。いくら撫でても飽きない。ふわふわする思考の中、いつまでもそうしていたかったのだけど、気づけばエースに押し倒されていた。カーペットがあるとはいえ床に転がされると背中が痛い。むくれて抗議しようとすればエースは白い歯を見せて笑っていた。わるーいお顔にエース越しに見える天井。なんかデジャブ。ん、あれ、これって。

「なァおにーちゃん。昨日おれらが何したか覚えてる?」

 瞬間。
 ぶわりと蘇るのは昨夜の記憶。暗い寝室。軋むスプリング。冷える夜なのに身体はひたすら熱く。エースはおれの上で顔を紅潮させ、おれの首筋に噛み付いた。走った痛みも、与えられ続ける快楽も、全部全部

「思い出した…… 」

「ふーん、ナマエくんは妹にあんなことされるんだァ〜」

「されません……!!」

 されてたまるか! おれの妹を穢すんじゃねぇ!

「おれはお前の?」

「恋人です!!」

 ”恋人”。未だに少々気恥ずかしいその単語を口に出せばエースは満足したように鼻を鳴らした。おれ滅多にそういうこと言わないもんね。体勢から昨夜を思い起こされる上に言わされたソレ、顔がさらにカッと熱くなる。だってしょうがないじゃん! おれ今までの人とは清いお付き合いしかしてこなかったしエースは元々友人だったし初めてだし!? あー恥ずかしいやら悔しいやらでどうにかなっちゃいそう!
 とりあえずしばらく酒は控えよう。今日の晩酌も終わりにする。エースが飲み足りないってんならいいけど、おれは水かお茶にしよう。

「はあああああ。もういいよ、酔い覚めたからどいてエース。……あの、エースさん?」

 起き上がるためおれを押し倒すエースの腕をタップする。しかしそうした合図を受けてもエースが動く気配はない。嫌な予感がして思わず敬語が出る。エースの表情を伺えば、なんともまあ見覚えのあるもので。関係が変わってから、もっと具体的に言えば昨夜見たばかり。ぺろりと唇をなめて、笑いながらエースは言った

「ナマエが言ったんだろ? もう子供は寝る時間だって」

 なら今からは恋人オトナの時間だよな?

「まだまだ夜は長えんだ。恋人らしく盛ろーぜ?」

 完全にマウントポジションを取られたおれに降り注ぐキスの雨を防ぐ方法はなく。堅く結んでいた口内も気づけば無様に蹂躙されていて。ただでさえ酔いで息も絶え絶えな中、とりあえず床じゃなくてせめてベッドにしてくれと。いつ伝えられるかはわからないがそれだけを心に決めた。

チェリーボーイはお呼びでない
 懇願の甲斐あって2回戦目からはベッドにしてくれた。真っ白な頭でやっと伝えたそのセリフはそんなことないのにおれがシたいみたいで。エースの嬉しそうな顔だけはハッキリ覚えている。
それでも腰は痛いし頭も痛いし思い返すだけでもう、……あーーマジ散々だった。もう酒なんて飲むもんか


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