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別にこの任務は等級違いとかそういうのではなかった。力不足でも役不足でもない、俺の実力に見合った任務といえる。思いのほか、その呪霊がすばしっこいこと以外は。
「こんのっ……おとなしくお縄につけやァ!!」
右に左に上に下に。山中を自由奔放に駆け回る俺達。畜生、また五条先輩に鼻で笑われる。ざぁこって呼ばれちまう……!! うるせえっあんたらに比べりゃぁ全員雑魚だわ! おのれ、先輩とはいえ腹に据えかねる! 次ざーこざーこして来たらモブおじに出くわす呪いをかけてやるァ!!
とまあ、現実逃避を続けたところでなかなか呪霊との差は縮まらず。いや、縮まりはするんだが、あと一歩のところで小回りを利かせられたり木の枝や樹上を利用されて離されている。くそ、コーナーで差をつけろってことか。靴選びを間違えたぜ……
俺は先輩たちのような遠距離技を持たないゴリゴリの近接戦闘タイプ。よって今のように樹上に逃げられると手も足も出ない。顔を上げて呪霊を見失わないようにしつつ、気配で木や岩を避けて走る。いい感じに開けた場所に出られたら、呪力で脚力強化からの一気に距離詰めて一撃だと思うんだけどなー。お、目の前が明るくなってきた。これなら……!
やっと鬼ごっこを終えられる。そんな俺の淡い期待は、
「……は」
突如現れたこの男に打ち砕かれるのである。
・・・・・
ごっちーん、と効果音がつきそうなくらい頭をぶつけあった俺達はしばらくその場にうずくまった。え、何。何にぶつかった? 一瞬前に確認したときは確かに誰もいなかったはずなのに!!
「いっつぅ。なんやの君。何してくれとんの」
「こっちのセリフだよ……誰だよお前」
頭を押さえつつ、そいつの面を確認する。見覚えはない。金髪にバチバチにあけたピアス。しかし服装は正反対の書生スタイル。何このちぐはぐ男。しかもイケメン!! クッソが滅べイケメン! 千年に一人レべルの白髪蒼眼先輩のせいで俺はイケメンに対するヘイトが異常に高い!! まぁ五条先輩のほうがイケメンだからこいつのことは許してやるか。
「君今シツレーなこと考えとるやろ……はぁーあ、これだから一般出身の雑魚はあかんねん」
「お前もたいがいじゃねーかよ」
おいおい、今の俺にその単語は禁句だぜ? ソロソロ禁句……ってやべ!
「呪霊!! くっそう見失ったじゃねーか!」
まだ残穢たどれば追いつけるか……!? あーもう余計な時間食った! 早く追いかけないと本気でやばい!
「あ、おい」
「もしこれで怪我かなんかしてたら東京高専に来いよ! ナマエって伝えたら家入さんにつながるようにお願いしとくから!」
言いたいことだけ言って俺は駆け出した。ほんとは責任の所在について議論したいとこだが時間が惜しい。安いもんさタバコの1カートンくらい……なんて痛い出費! ほんとに来たら割り勘にしてやろ!
「ナマエ、か」
・・・・・
まあその後なんやかんやありまして。俺は五体満足で被害を広げることもなくその呪霊を祓うことが出来た。出来たのだが……
ちなみに、祓除対象だったあの呪霊は風を操る力を持っていた。そしてあの時ぶつかった青年。あいつもこの山に呪霊を祓いに来ており、俺とほぼ同時刻に祓ったらしい。そいつの追いかけてた呪霊は──
「ハックション!!さっむぅ……」
雪を出現させる能力だったと後から聞いた。
「あーもうやっと祓ったと思ったら吹雪ってなんなの?? 俺への嫌がらせかよあの呪霊……クシュンッ」
視界が真っ白な中で見つけたこの洞穴。そこそこ奥まで行けば風を感じないのでそれなりに暖かい。山奥だからと大きめのジャンバー着ててよかった。腕を通さずに頭から被って端と端を握りしめてぎゅっと縮こまる。あー、息が白いぃ。ケータイで助けを呼べたらいいけど圏外だった。あーあ。ま、呼べてもこの天気じゃ無理だけどね。
「さっぶ! うぅ……て、先客かいな」
不意に声が響いた。鼻をすすりつつ、そちらを見やればそこには昼間の彼。名前なんだっけ? そういや聞いてねーな。金髪ピアス君をじっと見つめる。彼もこの吹雪の中迷っていたのだろう。髪や服は雪まみれ、鼻も耳も真っ赤に染まっている。俺みたいに防寒対策してこないからそうなるんだぜ。ショートブーツだから足元は俺よりマシそうだけどこの雪じゃそれもどうだか。
ぼんやりしていると「ほなな」と言って、ピアス君は踵を返した。思わず腰を上げて着物の裾をつかむ。いやいやちょいちょい!!
「おっ前何してんの!?!?」
「何って別な場所探しに行くだけやけど?」
「この吹雪で?? あほか! 相席NGだろうと今は我慢しろよ、な!?」
露骨に嫌な顔をするピアス君。よほど嫌なのかものすごく考え込んでいる。でも今からまた外に出るなんて自殺行為でしかない。死にかけながらうろつくのが趣味なら別にいいけど、俺のいないとこでやってくれ。
しばらく考え込んだ彼ははあと大きなため息をつくと、「こっちのがまだマシか」とつぶやいてしぶしぶ戻ってきた。ただし俺からあからさまに距離を置いて座った。うわ、かわいくねー。
「昼間ぶりだな。俺は見ての通りだけど東京高専のナマエ。お前は?」
「……雑魚に名乗る名なんてあらへんわ、ノロマくん。呪霊と鬼ごっこなんてダサすぎやろ」
「うるせぇ、瞬足履いとったらもっと早かったんどすぅ」
「?シュンソクってなんやックシュ」
くしゃみが止まらなくなったピアス君。やっぱその服装じゃなぁ……しゃーない。俺は先輩たちと違って心が広いからな。
「おい、そんな隅っこだと寒いだろ。こっち来い。これも半分貸してやるから」
ジャンバーの裾を広げ、隣を示す。ピアス君は思い切り顔を歪めて不快感をあらわにしていたが、身震いする寒さに耐えきれず、しぶしぶジャンバーの中に半身を入れた。
「こんなん屈辱すぎるわ……」
「文句言うなって。俺もできればくっつきたくなんてないけど寒いんだもん」
身を寄せ合っていれば身体の震えがよくわかる。なんかこしょばゆい。そして互いにだんまりなものだからとても居心地が悪い。鞄の中には最近買ったゲームもあるけど一人用だしなぁ。手持無沙汰でそろりと隣の彼の横顔を覗き見る。俺より後に来たから身体は冷え切っているため背中が丸まり、先ほどより小さく感じた。昼にみたキリッとした目元はとろんと揺らいで、うとうとしていて……ってヤバッ!
「なんか話さないと眠くなりそうだから適当に話でもしようぜ」
「話すことなんかなんもないわ」
「いいじゃんいいじゃん。な、普段あんた何してる? 趣味は?」
俺だって嫌そうな顔してくる奴と話したくなんてないさ。でもこんなとこで寝たら俺らお陀仏だぜ? やだよお前と心中なんて。
「趣味ぃ? んなもんないわ。いつも書類整理して任務行って鍛錬してるだけやもん」
「え、マジで? 娯楽ゼロ? 地獄みたいな生活してんなぁ」
「聞いといて何なん。ほんま失礼やな」
自分のことを棚に上げてピアス君はぶすくれる。少しぼんやりした後、思いついたように口を開いた。
「あ、でも幼い頃からアニメだけは見とったで。あくまで修行の一環……術式のためやけど」
「修行の一環でアニメ? 面白いなー。てか、普通に遊んだりしなかったのか?」
俺がそう尋ねると、はァ?と信じられない物を見るような顔をしてきた。案外表情筋豊かなんだね。
「そんなん無駄やろ。俺は当主になるんやしそんな暇があったら、修行しとったわ」
「マジか。子供時代遊んでないのかよ……じゃあ、ベイブレードとか知らないのか?」
「知らん」
ウッソだろお前! スリートゥーワンッゴー!シューッ!!をしてこなかった奴とかいるの!? 絶滅危惧種!?
「今度教えてやるからやろうぜ……! 一回遊べばこれからの人生倍楽しめるから……!」
「えなになに、は? 怖ァ……子供のおもちゃに何ムキになっとんの??」
「だって! そうした楽しみも全部投げ捨ててたなんて聞いたらうぅっ涙が」
「楽しみ、なァ……」
そうポツリと呟いて、冷たい顔で笑った。そして放たれた発言に俺の同情心と涙は引っ込んだ。
「それなりにはあったで。修行や言うて雑魚どもボコしたりとか。女中にわざと無理難題出して仕置きしたりとか。ストレス発散になったわ。あぁ、気に食わん兄さんら罠に嵌めたった時も痛快やったなァ」
「うっっわぁ……お前やっぱりとんでもねぇクズ野郎じゃねーか」
「何や、こんなん普通やわ。無能な奴らはどうせ役に立たんし、有効活用してやっとるさかい優しいやろ。兄さんらだって先にやらなやられるっちゅーだけやし。情けなんか意味もないわ」
こいつ本物のクズなんだな。可哀想に……。この手の輩って一回殴ったら正気に戻れるのかな? 五条先輩だってアレでも夏油先輩のおかげで矯正されてるらしいし……。
「なんやその目は。キッショいなぁ」
「なんか……うん。雪山遭難仲間だし、今度飯食いながら相談乗ってやるよ……」
「喧しいわ!」
俺が肩に手を置くと、ピアス君は無理やり振りほどいた。プンプンとそっぽを向きつつも、ジャンバーは掴んだまま。実は可愛いとこあるのかコイツ。会話の端々から出るクズ要素がデカすぎて今のところマイナス値だけど直せばまだ見込みある? ないか。無理だな。ま、俺に実害ないしいっかぁ。
そっぽを向かれてしまい、なかなか気まずい沈黙が流れる。 気を取り直して話題を変えよう。
「あ、バック・トゥ・ザ・フューチャーは見た? 俺あれ好きでさ。DVDも全作持ってるんだよね」
「なんやそれ。知らんわ。……そうやな、stay nightとどっちがおもろいん?」
「ごめん、そのシリーズなら人の心/Zeroの方が好き」
「お、話分かるやんか」
「えぇー、嬉しくなーい」
「何でや」とピアス君は笑った。それを見ると俺もちょっと楽しくなった。クズなとこ知っちゃったから嬉しくないけど、案外趣味合いそうだし、これも紹介してみようかなぁ。
「ね、あんたゲームに興味あったり「直哉」はい?」
鞄の中をガサゴソ漁ってたから聞き逃してしまった。なんだって?
「禪院直哉や。俺の名前。あんたやない」
「へー……ごめん、内心ピアス君って読んでたから慣れない。こっち続投でもいい?」
「ざけんなや」
ピアス君─もとい直哉をからかいつつ、鞄から取りだしたソレを渡す。最近発売されたばかりの携帯ゲーム機。そう、DSだ。
「……?なんやの、このパカパカ」
「ちょい待ち。えーとね」
少し手を出してゲームを起動する。指しているカセットは街へ行こうよだ。釣りに虫取り果物狩り。操作を教えれば教えるほどキラキラ輝いていく直哉の目。それを見てハマったな、とニヤリ。住民から依頼を受けて配達をする直哉を眺めつつ、今度絶対ベイブレードやらせよう、映画も見せようと決意した。ついでに瞬足も履かせてやりてぇな。俺は履かないけど。
そうして俺達が熱中しているうちに夜も明け、吹雪も止んでいた。まだ雪は積もっているため、気をつけながら外に出る。
長いようで短かったなー。ずっと縮こまっていたから身体を伸ばすとポキポキと音が鳴る。一通り体操を終えると一度ケータイを確認。うげっ、着信が山ほど溜まってる! 先生はもちろん七海に灰原、夏油先輩に……五条先輩えっぐぅ。
「おいナマエ」
俺がドン引きしていると直哉が声をかけてきた。振り返ると「ん、」とケータイを差し出してきている。
「俺のメアドと番号。要らんかったら別にええけど」
慣れてなさそうなそのぶっきらぼうな口調があんまり愉快なものだから。俺は直哉を押し倒して一緒に雪に埋もれて、そして大笑いした。
「アホか!せっかく乾いとったんに……まあええわ。ナマエ、今度はベイブレエド?も教えろや」
・・・・・
俺には可愛い後輩がいる。ナマエという奴は変わり者で、絶対に適わないのに反骨精神剥き出しで挑んでくるからなおのこと可愛い。向上心の塊はどんなに転がしても起き上がって着いてくるから面白くって、からかってイジめてしまう。硝子の言う好きな子ほど、っていうのはあながちホントかもしれない。
でも最近は違くって、よくメールをカチカチ打ち込んでる姿を見る。電話もよくしてる。この前は「でぃーえす買ったの!?」とか「後でふれこ送るわ」とかよく分からない話をしていた。知らない単語ばかりで傑に聞きたかったけど教えてもらう以前に「悟、盗み聞きはダメだろ?」とたしなめられるから今でもわからないまま。
あぁ、あと休みの日はほとんど外出するようになった。「五条先輩!」と後ろをついてまわることが減り、どこか物足りない。傑によれば、体術についての質問を受けることも減ったと言う。は?? 俺そんなこと聞かれたことないんだけど??
そういうなーんか気にいらない状況が続いたある日のこと。むしゃくしゃして散歩していたら。
「うげっ」
「なんや悟くんか。お久しゅう〜」
とってもいけ好かない昔なじみ。禪院家を煮詰めて抽出したようなクズ野郎。直哉が何故か東京高専に来ていた。
「わざわざ東京まで何しに来たのさ。京都の坊ちゃんは早くお家に帰んな」
「君も出身は京都やろ。まあええわ。君に用あって来たんとちゃうし」
直哉は迷惑そうに頭をかいている。はぁ? お前に東京高専に俺以外の知り合いなんていないだろ。直哉はそこそこ大きめのショルダーバッグを持っており、気まぐれに立ち寄ったというわけでもない。
頭の中にはてなマークが浮かびまくっていると、背後から駆け寄ってくる気配。この呪力、ナマエだ。可愛い後輩をこんなクズに関わらせたくない。そう思って戻るよう伝えかけると。
「直哉! お前駅の到着時間教えろって言ったじゃん!」
ナマエは五条の横を通り過ぎ、直哉の元に行った。
「場所知っとるし、待っとらんでええ言うたやろ」
「違わい! 駅で「待った?♡」「ううん今来たところ♡」っつーやり取りするのが今のトレンドなんだよ!」
「何それキッショ」
呆然としている俺を置いて、ポンポンと会話は続いていく。は? え、てことは直哉の用事ってナマエ?? この前ナマエが夜蛾センに寮での宿泊規則確認してたのってそういうこと!?
「駅からここまでの観光案内プラン考えてた俺の時間返せや」
「あぁごめんちゃい♡自分の脚で向かった方が速いさかいなぁ」
「俊足自慢すんなし!」
「靴が違うんよ靴が」
「お前草履だろがい!」
は? 俺の方が速いけど!? てか靴って何さ!
そうこうしているうちにナマエは直哉の荷物を受け取り、俺に軽く挨拶して立ち去って行く。なんでそんなに楽しそうなの。無邪気な笑顔は、最近のメールや電話の相手って直哉だったと教えてくる。あー、「ほなおおきに」ってなんかムカつく! 俺もナマエとお泊まり会したい! 映画鑑賞会したい!
おいナマエ騙されんな!そいつほんとはとんでもないクソ野郎だからあああ!!!
ヘヴンリー・アンダーグラウンド
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