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「な〜すぐるぅ。一生のお願いなんだけどタバコ変えない? その味好きじゃない」
 
 
 秋も深まる昼下がり。校舎裏の階段で先生の目を盗んでタバコをふかす、この時間が案外好きだったりする。未成年とかそういう話はしてくれるな。正しくないことはわかってる。呪術界は治外法権ということで許して欲しい。
 

「はは、君の一生は多すぎないかい? んー、私はこれが好きなんだけどなぁ」
 
「えー、趣味悪ー。それ中途半端に重たいし味も変だし。ついでに煙もしつこい感じが嫌い」
 
「酷評だね」
 
 
 俺のタバコ仲間がハハッと笑う。笑い事じゃない。俺からすれば至福の時間に関わるんだ。吸い終わったタバコの火を消しながら頬をふくらませる。
 ちなみに俺は携帯灰皿できっちり消す派だ。吸殻のポイ捨てダメ、絶対。そんな性分だからタバコ仲間その2の硝子からはもはや灰皿と思われてるのではないかと言うぐらい利用される。時間指定で呼び出されたと思ったら灰皿担当だった、なんてのはよくある話。

 でも硝子の方がタバコの趣味は合うんだよな。メインで吸う銘柄一緒だし。今度から硝子を誘おうか、そう考えていると身体に落ちる影。顔を上げれば、階段下にいたはずの傑が目の前に来ていた。


「でもさ、案外嫌いでもないだろう?」


 んなわけあるか。
 その言葉は無理やり飲み込まされた。重なる唇。ほんのり温かいのはタバコのせいか、それとも興奮したコイツの体温か。ちらりと横目で地面を盗み見れば、ああやっぱりこいつタバコの火、靴底で消しやがった。吸殻見つかったら夜蛾先生にドヤされるだろ。

 後で回収してやろう。そう決意して、今はとりあえずがっついてくる傑に身を任せることにした。

 
 ・・・・・
 
 
 夏油傑と付き合い始めたのは、確か一年生も残りわずかという頃だったと思う。思う、というのは明確な区切りが無かったからだ。
 俺は一応呪術高専に通ってはいるが呪力も術式も大したことはなくて、いつも同級生二人の活躍を遠目で見ているだけだった。自分でも才能がないのは分かっていたため、早々に呪術師の道は諦めた。ずっと住んでいた田舎の低級呪霊ならばいざ知らず、東京の地は俺に厳しかった。
 
 そんなわけで入学から半年もしない内に補助監督見習いへと転身した俺は他の人の任務に着いていくようになった。そしたら、今までは等級が違うため任務が被ることは無かった同級生達と接する機会が増えた。今までは特級だからと怯えていたが実際はなんてことはなく、実際は気のいい奴らだった。中でも同じ一般出身の夏油傑は呪術以外の話がしやすくて、一気に距離が縮まった。
 
 それで、うん。いつものように教室で世間話をしていたら傑が黙っているのに気づいて。あまりにも真剣な顔をしていたから釣られて俺も黙ってしまい見つめあって。傑が少し腰を上げて俺にキスをしたのは、それから数秒後のこと。
 触れ合ったソレは一瞬のことだけど、俺にしてみれば悟の無量空処を喰らったが如く。しばらくポッカーンとしていた。
 
 
 そこでまあ、拒否すればよかったんだろうけど俺としても嫌じゃなかったから困る。傑は二人きりの時や他のみんなの注意がそれた時とかにキスしてくるようになった。
 
 傑はムカつくほど手馴れていて、誰にもバレてなかった。俺も寸前まで気づけないんだから、どんだけプレイボーイだったんだよお前。後からナマエが初めての相手とか言ってたけど今でも信じていない。
 俺が知らないだけで他の奴らにもしてるんだろと、次にキスしたら文句を言ってやろうといつも思っていた。なのに、傑のイタズラが成功した子供のような嬉しそうにはにかむ顔を見ると、言葉が出なくなってしまう。
 
 そうした微妙な関係が続いてもう一年生も終わる頃、俺は初めて傑のキスを未然に防ぐことに成功した。むぎゅっと手のひらで触れた唇はとても柔らかかった。
 傑は驚いた顔をしていた。俺が反応できるなんて思ってなかったんだろ。なめやがって。どうせ呪術師じゃないから下に見てたんだろ。


 俺が、どんだけ傑を見ていたか知らないくせに。



「……ナマエ?」
 
「……、ヒック」
 
 
 悔しいことに。俺はとっくに傑に惚れていた。だから嫌だった。嫌になってしまったんだ。傑の、気軽に触れてくるキスが。元々は嫌じゃなかったのに。
 そして情けないぐらい泣き喚いて、傑をポカポカ叩いた。頭が真っ白になってたから何を口走ったか覚えてない。でも、その後の傑の顔を見ればろくでもないことだったのだけはわかる。
 
 傑は顔を真っ赤に染めて、ポカポカ叩いていた俺の手を捕まえた。
 
 
「ごめんナマエ。怖かったんだ。口に出したら、はっきりさせたら断られると思って。臆病になって甘えてた。あのね、私は──」
 
 
 そこでやっと俺は知ったのだ。不意打ちのキスは俺にしかしていないこと。何なら初めてのキスは俺であること。
 傑は、俺の事が好きなのだということを。
 
 だったら早く言えよバカヤロー。
 
 すごくムカついたため、初めて俺からキスをかましてやった。傑は背が高いから背伸びをしないといけなくて、勢いあまって歯が当たるみっともないキスだったけど。ほんのり血の味がするキスは、後にも先にもこれだけだ。いつもしていたものとは全然違う。
 
 あれ、でも。
 どんな味がするキスだったんだっけ?
 
 
 ・・・・・
 
 
 カチ、カチリ。
 
 
「あれま。もう切れちゃったか」
 
 
 やっぱり道で配るようなライターはダメだな。咥えていたタバコを一度しまう。使い物にならないライターをポケットに突っ込んで、俺は一人、校舎裏から出て行った。もう既に成人しているから隠れる必要なんてないんだけど、ここに来るとどうしてもそういう気分になってしまって、自然と足が向いてしまうのだ。

 あ、ここ一応学校だから隠れる必要はあるのか。まあ別に今更か、と俺は火を求めて足を動かす。向かった先は保健室。
 
 
「よっす硝子。元気? 急で悪いけど火ちょうだい?」
 
「ここを何だと思ってるんだ。タバコはあるのか?」
 
「硝子には言われたくないね。今日は大丈夫。違うの吸うつもりだから」
 
 
 ポイと投げられたライターを受け取り、適当な椅子に座る。トントントンと箱を叩いて一本取り出した。銘柄を見て硝子はうげっと顔を歪ませた。言いたいことは分かるから何も言うな。
 口に咥えてさあ吸うかと言う時。ガラガラと保健室の扉が開いた。
 
 
「家入先生今いい……てアレ? ナマエさんじゃん! どしたの?」
 
「おーっす虎杖君。いやね、ちょいとタバコ休憩」
 
 
 あっぶねー。一瞬夜蛾先生かと思って焦ったわ〜。
 虎杖悠仁君。今年入学してきた一年生で、任務の送迎時にはよくタバコ談義で盛り上がるタバコ仲間その3だ。この前は校舎裏でご相伴に預かった。
 
 
「あ、ナマエさん銘柄変えた? それ結構クセ強いよね」
 
「あーこれね。変えてはないよ」
 
 
 俺もそう思う。中途半端に重たくて味も変。残った煙もしつこい匂いがする。
 俺が好きなのは硝子と同じ銘柄。買い忘れた時に互いに共有できるから便利だしね。それはずっと変わらない。でもね、これは。


「これはね、口寂しい時用なんだ」


 すり、と口元を撫でる。虎杖君は意味が分からないだろう。目の前でぽかんとしている。そして分かったから硝子、もう吐きそうな顔はやめてくれください。綺麗な顔が台無しだよ。


「……ナマエさん、未亡人みたいだね」


 ぶはっ! と先に吹き出したのは俺か硝子か。未亡人、よりにもよって未亡人か!

 苦しくなりながらも、ここに来た要件を尋ねれば、「忘れてた!」と虎杖君は頭を叩いた。校庭で伏黒君らと訓練していたが、中々いい一撃が入ってしまったらしく、急いで硝子を呼びに来たのだと言う。
 硝子を文字通り抱えて出て行った虎杖君に手を振りつつ、俺は今度こそタバコを咥えて火をつけた。


「〜! あーっまっずい!! ほんと、よくもまあこんなの吸えたな」


 本当にあいつは趣味が悪い。こんなくそまずいタバコを好んで、果てには俺なんかを選んで。
 なあ傑。俺、実は女々しいんだよ。忘れろと言ったお前の言う事聞かないで、ズルズルと引きずっている。でも始めたのはお前なんだから、次に会ったらきっちり責任取れよ。


「あーあ。我ながら面倒くさすぎるだろ」 
 
 
 傑。俺さ、やっぱりこのタバコ好きじゃないよ。いつも吸いたいとは思えない。でもね、嫌いじゃなかったんだ。
 

 
──────だって、お前のキスの味がする。

声も匂いも手の温もりも、
涙の味まで覚えてる


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