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 「あ、ナマエだ」と。この距離でもわかるのだから、わかってしまうのだから、己はどうかしているのだろう。

 とあるデパートの一角。今日も遅くに帰宅するであろう恋人に何か用意しておいてやろうかと立ち寄ったサボは見てしまった。それなりに有名なアクセサリー店にいるナマエを。先に断っておくがナマエはサボと違い、装飾品に興味を持たない。「数万の石ころを買うくらいなら何か美味いものでも食おうぜ」とは彼の言である。そんなナマエが、デレデレと顔をゆるませていた。ほのかに耳も赤い。話をしている相手を見ればなるほど、可愛らしい女性店員がいるではないか。小さくて髪はゆるふわカール、ほんわかした雰囲気を醸し出すその子は小動物のようで。ああ、そういえばナマエの元カノたちは皆ああいう系統ではなかったか。……間違っても、サボとは似ても似つかない種類の人間だ。

 認識した途端にスゥっと冷める脳内。浮きたっていた心も消え失せ、そこに残るのは静かな怒り。

────そうか、浮気か。


 サボとナマエは世間でいうところの恋人同士である。数年前にナマエから猛アタックを受けたサボはそのあまりのしつこさに根負けし、キスの一つもしなけりゃ手もつながないという約束で付き合い始めた。そんな条件で恋人といえるのかと今でも思うが、己が是と返したときのナマエの微笑みは瞼の裏に色濃く残っている。その時点で結末は決まっていたのかもしれない。今じゃデートの時に指を絡ませないなんてありえないし、ナマエの口内に舌を入れて涙目にしないと気が済まない。ベッドを別々にすると宣言された日にはきっと翌日ナマエは一日中シーツとお友達になるだろう。
 もうサボはナマエがいないと駄目なのだ。ナマエのせいで、サボの全ては狂ってしまったのだから。

 これ以上は見るに堪えないと踵を返す。去り際、楽しそうに店員と話し込んでいるナマエをにらむ。単なる客と店員ではない、まるで毎日顔を合わせているかのような親しげな様子。サボには全く気づいていない。帰ったら覚えていろよ。もしもおれを切り捨てるなら。その時は太陽を拝めると思うな。サボには余裕でナマエ一人#養える監禁できるだけの稼ぎがある。かわいそうとすら思わない。だってすべてナマエの自業自得なんだから。


・・・・・


「ただいま〜。あれサボ? わざわざ玄関で出迎えなんて珍しいね」

「……」


 鍵を開けて遅い時間に・・・・・帰宅したナマエは呑気に靴を脱いでいる。ふざけんな、とっくに仕事は終わっていたのを俺は知ってるんだよ。


「ナマエ、何かおれに言うことがあるんじゃないか?」

「え、なになに。急にどうしたよ」


 サボの追及も何のその。ナマエはとぼけながら「おいおい要件人間、調子悪いのか? はっきりしねぇなぁ」と笑っている。後ろめたさすらないのか。平然とサボの横をすり抜けリビングへと向かうナマエの後ろ姿が憎たらしい。最近残業続きで─まあそれも嘘だとわかったが─顔を合わせることが減っていたが、前よりそっけないような気もする。
 もういいか、とサボはゆっくりナマエを追いかけてリビングに入る。鞄を投げ、上着も脱いでリラックスしているナマエはサボに気が付いていない。その腕をつかみ、ソファの上に引き倒してのしかかればまだ分かっていないようで「サボ?」と首をかしげている。いつもはかわいいと思うその仕草も今は笑えない。


「いったぁ……。なんか変だぞサボ」

「お前が言うか浮気ヤロウ。」

「はァ!? 何言って」

「とぼけんな。駅前、デパート、アクセサリーショップ。随分満喫してたな」

「!……見てたのか」


 そこで初めてナマエは表情を変えた。あー、だのうー、だのとどもり、バツが悪そうな顔をしてる。言い訳を探してるのか? それとも円満に別れる計画が狂ったのか? どちらにせよ許すつもりはない。


「あぁばっちりと。それで? あの女の所に行く気か?、ふざけるな」

 おれはもともと男になんて興味なかったんだ。ナマエがしつこいから、渋々了承して付き合い始めた。いつかは飽きるだろと思っていた。でも今じゃ


「おれを捨てようったって許さん。逃がさねーよ」

 別れを切り出すなら、お前なんか嫌いだと言うのなら。歩けなくしてでもこの部屋に閉じ込める。どこにも行かせねぇ。お前は俺のものだ。


「おれがこうなったのはお前のせいだ。責任取れよ」


 ギリ、とナマエの腕を握る手に力が入る。許さねェ。絶対離さねぇよ。ここにいろ。おれのそばに。ずっとずっと。


「ちょちょちょ! え、ちょい待ちぃよっなんか勘違いしてるだろお前!」


 は? 勘違い、だと。


「しらばっくれるな。今日も残業って嘘ついてあの女の元に通ってたじゃねーか」

「だからそれは……あーもう!」


 少し言い淀んだ後に、ナマエはひとつ息をついて「おれのカバン」と呟いた。開けろと促されてナマエに乗り上げたまま確認する。中にはいつもの仕事道具や書類。そして、綺麗な藍色の箱。


「……忘れてるかもしれないけど。来週、付き合って5年目なんだよ。だから、その」


 口を尖らせて、顔を背けながらナマエは口ごもる。覚えてる。おれとしてはやり直したいぐらいだが、確かに付き合い始めたのは5年前の今頃。
 は。てことは何、これはおれへのプレゼントだったってことか? 遅い帰宅も通いつめたアクセサリー屋も全部、おれのため……?


「ごめん、痛かっただろ」

「うーん、それなりにはね。でも、まあ。そうだね」

 
 ナマエの上から降り、手を貸して起き上がらせる。ナマエの手首には赤い跡が残っていた。軽くさすりながら答えるナマエは、ふいにはにかみ出した。


「おれが無理言って付き合って貰った形だったから、なんだか嬉しいよ。こうしちゃうぐらい、おれのこと好きなんだろ?」


 当たり前だ、と返したいところだが……言われてみればたしかに。おれは言葉で示さない。今回の5年記念日のことだってそう。いつも連絡事項しか口にしないことから同僚につけられたあだ名が要件人間。……もしかして、ナマエはずっと引け目を感じてたのか。不安になりながら、それでもずっとおれの隣にいてくれたのか?
 感極まってナマエを抱きしめる。愛してる。愛してるよナマエ。これからはちゃんと口にするから。ああ、おれはなんて幸せなんだろう。


「でも、さ。…………ふーん。。お前の中でのおれってそんな尻軽だったんだ」


 腕の中でもぞつくナマエ。あまりにも耳の痛い言葉でおれの肩がぎくりと跳ねる。そうして緩んだ腕から抜け出したナマエは、口を尖らせて頬を膨らませていた。


「ていうか、今まで散々好きだって伝えてきたのに疑われるとか、全然信じてくれちゃいなかったわけだ。ふーーーーんおれってばマァジで信用ないんだなァ」
 
 





 これから先もずっと続いていくおれの、いやおれたちの人生。まずは愛しい愛しい恋人のご機嫌取りから始めるとするか。


信じられない!
僕はこんなにも君に夢中なのに!


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