1

花宮 真という人物は、まるで天鵞絨(ビロード)のような、或いは黒猫のような、はたまた印象派の巨匠が描く光を際立たせる黒のような、そんな闇を纏っていた。
彼の纏う闇はあまりにも華麗。
その闇は人を引き寄せ離さない。
しなやかなキャットウォークはお手の物。
その手癖は正に外道の極み。
笑みは天使と悪魔の混在。
内面は其処の見えぬ深淵。
狙った獲物は決して逃がさない。
奈落へと続く悲劇を導く黒幕。


花宮 真の本質に触れた者達は、誰もが言う。
彼こそ、自分の才能を灰に還している『α』はいない。
神が作り出した『絶対悪』に、最も近しい存在であると。



そんな彼が。



「クソッ………!ミルクは人肌の温度だぁ?キチンと温度で記載しろよばぁか!!」



そう遠くない未来に。
育児書片手に悪態をつきながら我が子を育てているとは、誰が思っていただろうか。



『Gothic Gossip』






2




この世には、男女という性別以外にも三つの人種に分類される。
絶対的支配者のα。
その他大多数のβ。
そして、繁殖力を持ったΩ。
昔は社会的地位が低かったΩも、Ω解放運動などをして社会的には平等になったと伝えられてはいるが、世間の目は冷たく未だに強い偏見を受け虐げられていた。



花宮 真は、まさに天才であった。
本人も異様なまでの才能を幼少期から理解しており、バース診断を受ける前から自分は選ばれし者・支配者の立場になるのだろうと予想をしていた。
その才能を、いち早く見出した者が一人。




「自分、えらいえげつないなぁ」



花宮より一つ上の先輩にあたる、今吉翔一である。周りの凡人共と溶け込めるように『優等生』の仮面を被っていた花宮の本性をいとも簡単に見破り、そして脱ぎ捨てさせたこの妖怪サトリのように心を読む男を、花宮は心底嫌っていた。
『α』であるはずの自分が唯一負けたという事実は、天才 花宮 真にとって最大の屈辱であった。
同じ『α』として、対抗意識を持たずには居られない、そんな相手だ。



「花宮は随分とワシを買い被りすぎやな。ワシはただの凡人……『β』や」
「勝手に心を読むんじゃねえよ!!てか、そんな筈ねえだろ!」
「こら!先輩に向かってなんちゅう口のきき方するんや」
「はいはい今吉先輩の仰せのままに」
「可愛くないやっちゃなあ」
「可愛くなくて結構だ。…………まあ、仮に先輩が『β』だとしても、策略や腹黒さはそんじょそこらの『α』じゃ太刀打ち出来ませんよ。それどころか、『α』すら凌駕します。もっと誇ってくださいね…………、なんて言うわけねえだろばぁか!」
「いやあ、まこちゃんめっちゃ可愛えなあ。ワシに負けてプライドに泥塗られて、めちゃくちゃ悔しくて『この野郎絶対にいつか見返してやる…』って思いながらも表面上はええ子ぶりっ子で話とる癖に内心では『この俺が認めてんだ他の『α』なんざに負けんじゃねえぞ』って思ってる事やーーーん。もしかしてワシって愛されとる?」
「うぜえ。………まあ、今吉先輩も大変ですよね。妖怪なのに市井に混じって生活してるし、人間を見習ってバース診断も受けてますしね。きっと妖怪にはバースが存在しないか、妖怪式バース診断を開発しないとハッキリとしないんじゃないですかね。きっとサトリ先輩は妖怪界の『α』ですって!」
「はーなーみーやーーー」
「諦めなければチャンスは来ます!」
「花宮君、ワシと体育館裏でちょーっとお話ししよか」
「ご遠慮します」



だが、二人で悪巧みに近しいような策略を立てる時や、実のない馬鹿な話をしているときは、悪くなかった。



*****


時は過ぎ去り、柔くまろい肌をした少年は若竹のように凛々しい青年へと羽化する。
そして遂に、禁断の箱が開かれる。


蝉の声が鳴り止まぬ、むわりとした熱気がベタベタと身体に纏わり付いたある日。
刺すように痛い光が、硝子越しに飽和状態で注ぎ込まれている。
適当に付けたテレビから『今日も真夏日となります。クーラーを必ずつけ、熱中症にならないよう水分補給に気をつけましょう』とニュースキャスターが通る声で呼びかけを促していた。
そんな何でもない、日常の事だった。



一つの白い封筒が花宮家のポストに投函されていた。差出人は市役所から。
きっとこの前受けたバース診断の結果についてだろうと判断をした花宮は、部屋へと戻ると白い封筒の端を鋏で切り落とし、中の手紙を取りだした。
透けないように加工された紙は、つるりとして少し厚く個人情報保護の為の細工を感じさせるものだった。
それ位、バース性の扱いは慎重で繊細なものなのだ。
診断結果を読み上げた花宮は、ハッキリと自分の世界が崩壊していく音が聞こえた。
足の力が抜け、無様に床に這い蹲った。
唇を戦慄かせ、押さえることの出来ない嗚咽が指の間からこぼれ落ちていく。
堪えきれない衝動が身体中に巡り、獣のような咆哮が部屋に哀しく響いた。



フローリングの上に散らばった診断書。
そこには『花宮 真 Ω』の文字が印刷されていた。













ここから、彼の人生は形振り構わぬものとなる。
彼が今まで信じ育ててきた自尊心は、誤って落としてしまった硝子細工のようにごなごなに打ち砕かれた。そして、この世のありとあらゆる有象無象に対して憎しみを覚えた。


そして花宮真は重大な決断を下す。
自分の本来の性『Ω』を隠し通し、『α』として生涯を生きていく。
その為に、手段も、努力をも厭わないと。



昔から続けていたバスケは、才能の塊――つまりは『α』だという事だ――を持った奴等が大なり小なり多数存在した。
筆頭はキセキの世代。そして、かつては天下の五将と言われ、キセキの世代に天才の名を奪われた無冠の五将。
明らかに自分よりも劣る存在で有るにも関わらず、バース診断では『α』と診断された名前だけのα共達。
全てが全て。許せなかった。



「才能があっても、壊れればただのガラクタなんだよ」



無様に床に這いつくばり、痛みに堪え泣き叫ぶその姿も。
殺してやると、溢れんばかりの殺気立った眼差しで射殺してみせるその姿も。
徹底的に、ドン底に叩き落とされた絶望に溢れたその姿も。
『α』が壊れる様を上から見下すのは血湧き肉躍り、背筋がゾクゾクするぐらい快感を花宮にもたらした。
他人の不幸は蜜の味。
その甘さに浸り、思わず舌舐めずりする。


絶望を求め、美しく笑うその姿は正に――――――――…………


かくして、『悪童』はこの世に生まれ落ちた。



3



高校・大学を卒業して、社会人になり早くも数年が過ぎ去っていた。
会社では重要なポストに就き、会社を担う次期エースとして忙しくも充実した日々を送っており、社内外から流石は『α』と評判も上々。
数々のα共を蹴散らして、我が道を行く悪童精神は健在どころか更に切れ味を増している。
元来の性を隠し『α』として君臨している花宮ではあるが、ただ一つだけ、どうしても隠しきれないものがあった。
それが『発情期』だった。
巷では非合法ともされる強力な抑制剤を飲んで防ごうとしているが、αを誘うフェロモンは押さえることが出来ない。
『α』の存在を支えるには、徹底的に忌み嫌う自分の性『Ω』を理解し対処する必要があった。だからこそスケジュール管理を、発情期の予測をしっかりと立てていた。



そう、だから。
その日は防ぎようのない、突発的な事故だったのだ。



身を切るような風が強く吹いてきた。ハアと吐き出した息は白く、一瞬の温もりは直ぐに霧散する。風で解けたマフラーをしっかりと巻き直し、自宅へと帰る足を速める。
スミレ色をしたグラデーションの空が、ゆっくりと黒く塗り潰されていく。
街灯は一つ孤独に立っており、意味もない物悲しさを漂わせている。


唐突に。
心臓が大きく鼓動した。
それと同時に、体温が急上昇しびりびりとした電流が身体を駆け巡った。
花宮は咄嗟に自分の身体を両腕で抱き締めた。



この感覚は、発情期か!?



ハア、ハアと全速力で500メートル走をした後のように、息が弾みうまく呼吸が出来ない。厭な汗が背筋に伝う感覚にぞわりと鳥肌が立つ。
顔を伝う汗がぽたりとアスファルトに落ちた瞬間、無関心だった周囲の男達が一斉に花宮の方へと振り返った。


その光景は正しく異質だった。
花宮から香る『Ω』のフェロモンは『α』だけに留まらず、『β』さえも誘惑するぐらい強烈で過激。
そのフェロモンに誘惑された男共は、否応がなしに理性を手放した。
花宮を見つめる瞳達は皆、ギラギラとした獰猛な光を讃えており、腹を空かせて耐えきれない肉食動物のよう。
彼等にとって花宮という存在はたまらないご馳走だった。
肉食動物達が互いに互いを牽制しながら、如何にしてこのご馳走を手に入れようかという算段を企てて居る間、花宮は如何にしてここから逃げ出し、安全な場所まで耐えきれるかを持ち前の頭脳をフル回転させて考えていた。
使用できる駒は数が少なく、いつもは絶対的な味方の頭脳や身体も今はガラクタ同然。
それでも花宮は、負けるつもりなどなかった。


花宮は場にそぐわぬ蠱惑の笑みを湛えると、緩慢な手つきでネクタイを解き、キッチリと一番上まで留めていた釦を、一つ、二つとあけていく。




それはさながらストリップショウ。
夜のネオンで彩られた一夜限りのショウタイム。




一挙一動が男達に舐め回されているようで、苛立ちと気持ち悪さで、地団駄を踏みながら相手の顎に蹴りを入れて痛みにのたうち回っている無様な様を動画撮影して氏名住所年齢勤め先まで晒した上で動画サイトやSNSにアップしたいという衝動に駆られながらも、それをおくびにも出さずに男達を見渡す。
いい子ぶりっ子で鍛えた演技力は伊達ではない。
誘うような笑みと色っぽい流し目に男達は息を呑み、目を離せなくなった。
石榴のように赤い舌が、まるで何かを奉仕するようにゆっくりと舌なめずりをすると、ゴクリと固唾を呑む音がそこらかしこから響く。






「ねえ」





その声は地獄への道標。






「この中で、一番強い『雄』は誰?」





魅入ったのが運の尽き。






「最後まで残った人に、俺からとっておきのプレゼントをあげる」





蜘蛛の巣は既に出来上がっている。





「だから、」





後は掛かるのを、待つだけ。




「俺に全部、捧げて?」









花宮の言葉を切っ掛けに、周りの競争相手を潰そうと男達は互いに殴りかかっていった。
その様はローマ帝国のコロッセオで自分の命を見世物にされていた剣闘士(グラディエーター)のようで、自分の手の平の上で踊らされ、策略にまんまと填まった馬鹿達の間抜けな様に思わず笑いが込み上げてきた。
いい年をした大人達が、全力で殴り合っているのだから恐怖に駆られた一般人の悲鳴が辺りから響いてくる。野次馬根性で囲んでいた、対岸の火事とばかりに高みの見物をしていた奴等だ。いい気味だ。自分に降り掛かった火の粉ぐらい、精々自分で消してみせろばぁか。
広がり続ける騒ぎの合間を猫のようにしなやかに、風のように颯爽と掻い潜って夜の闇へと消えていった。




*****



人気のない路地裏。
雑居ビルと雑居ビルの間に設けられたそこは、薄暗くて人どころか猫一匹も通らない忘れられた道。
安っぽいコンクリートは水をはけることもせず、ただの汚水となって流れていく。
そこで花宮は、自身のスーツがグチャグチャになるのも厭わず倒れていた。
否、もう一歩も動けなくなっていた。



時を遡る。
男達は撒けたとはいえ、普通の『Ω』ならば発情期に入った瞬間に理性を手放し、はしたなくも『α』を、自分を満足させてくれるものを求めるのが普通だ。
それを、花宮は自身の精神力の強さと自尊心の高さ、そして演技の仮面で災難を乗り切ったのだ。
ただそれは表面上のことで、時間が経てば経つほどメッキがボロボロと落ちていく。抑制剤を先程飲んだが、焼け石に水とばかりで役に立たないだろう。
早くここから離れて安全な場所へ向かうべく、忠実な部下であり頼りになる類友――元霧崎第一高校バスケ部レギュラーメンバーである――に迎えを寄越して貰おうと算段するが、直ぐに舌打ちをした。
健太郎はアメリカに留学中。
一哉は今パリコレにデザイナーとして参加中。
康次郎は植物学者としてのフィールドワークでアマゾンへ。
松本は今まで霞ヶ関でふんぞり返ってた重鎮の汚職事件に九州まで奔走している。
唯一ヤマは都内にいるが、脳神経外科医の腕を買われ今まさに12時間にも及ぶオペ中。
見事に全員直ぐには此方に来られない状況だ。
思い通りにならないことに苛立ちを感じ、思わず舌打ちをしたが、次の瞬間には思考を切り替え頭の中で地図を浮かび上がらせる。
人の通らない寂れた道を幾つかピックアップして、自宅までの経路と照合しながら取捨選択していく。
はぁ、と零れる吐息は燃えるように熱い。
亀の歩みのような速度でも歩かないよりましだ。そう、必死に自分を言い聞かせながら夜道を進んでいく。
身体の中に駆け巡る快楽の炎は、チロチロと弱火ながらも花宮の身体も心も蝕んでいた。


発情期になると、花宮は家中の窓から扉から鍵をかけ、重いカーテンを引いて家に引き籠もり、枕に噛みつき、フーフーと猫の威嚇音のような荒い息を吐きながら必死に快楽の波に呑まれないように、不必要な発情期を呪いながら必死に耐えていた。
『Ω』の中には発情期を割り切ってセックスをすることで比較的簡単に乗り越える者が多いなか、花宮はそれを良しとはしなかった。



人の口には戸が立てられぬ。
王様の耳はロバの耳。
壁に耳あり、障子に目あり。



どんなところから情報が漏れ出てくるか分からない。『α』であり続けるためは、危険な橋には渡らない事にしている。
だから、花宮の身体は誰も知らないまま。
身も蓋もない言い方をすれば、童貞処女ということだ。



それなのに。
誰も受け入れたことのない処女の癖に、雄を咥えたくてはしたなく口を開く後孔から、愛液が零れている。その愛液は、本人の意志などお構いなしに溢れ出してきていて、花宮が着ている仕立てのいいスーツの色を変えてしまっている。
熱くて大きいものに貫かれたいという『Ω』の本能の気持ち悪さに、思わず花宮は泣きそうになった。



――――いつの間にか雲に覆われていた空から、無慈悲な雨が降り始めた。
痛いほどに冷たい雫は、最初は穏やかであったが次第に激しいものに変わっていく。
それは体力を奪われている花宮にトドメを刺すには十分過ぎるほどであった。
子鹿のように力が入らずにいる頼りない足を、壁伝いで支えながらも気力だけで進めていたが遂に限界がくる。
地面に倒れ込んで、水溜まりに身体を突っ込んでしまった。立ち上がろうとは思うのだが、もう指一本も動けない。
瞼が下がり、意識も段々と薄れていく。
嗚呼、逃げないと。



「………あのー、どうしたんですか……ん?花宮か?!おい、しっかりせい!!」



どこからか、懐かしい声が聞こえてくる。自身を揺り動かす手に安心感を覚えて、花宮は無意識に擦り寄った。
そして、花宮の意識はプツリと途切れた。



「見つけたで、ワシの『Ω』………」




不穏な言葉に眠り姫は気付くこともなく。
『悪童』は遂に、運命の糸に囚われた。






4




今吉 翔一は、かつて『悪童』花宮 真の先輩であった。高校を卒業してから、殆ど縁が無くなってしまっていた後輩をたまたま偶然通り掛かった道で発見した。………いや、もしかすると喜劇が大好きな神様とやらに導かれていたのかもしれない。
いつもは降りることもない駅に降り、オフィス街を抜け、暴動が起きている現場を横目に、真っ直ぐ迷うこと無く此処まで辿り着いたのだから。
甲斐甲斐しくも雨の中で濡れ鼠となっていた後輩を自宅まで連れて帰り、服を着替えせベットに横たわせたのも彼である。
目の前で眠り姫よろしくこんこんと眠り続け横たわる花宮は、芳しくも豊潤で男を誘う香りを纏っておりその香りに何度も当てられて襲い掛かろうとするたびに、すんでのところで、叩く抓るなどの少しばかりの自傷行為と理性のおかげで未遂に終わっていた。
だが、もうそろそろ我慢の限界だ。
今吉がベッドに腰掛けると大人の男性二人分の体重が掛かったベッドは、重そうにギシリと鳴いた。
かつてバスケをしていた頃と比べて、節くれ立った指が花宮の白い頬を優しく撫でると、まるで陶器のように滑らかで柔らかく、その感触に今吉は夢中になった。



真雪のように白い肌。
黒曜石の髪。
血のように赤い唇。
死んだように眠る、美しい人。
中身は致死量の猛毒だと理解していても。
その姿は乙女達が夢を見る姫君のようで。


今吉は、吸い寄せられるかのように花宮の赤い唇に口付けを落とす。ちゅ、ちゅ、と可愛らしい音をたてながら啄むようなバードキスの雨を降らせていたのを、段々と深いものに変えていく。慎ましやかに閉じていた唇を自身の舌で割り開くと、隠れていた花宮の口内へと無遠慮に侵入していった。



「ふっ………」
「……は……ぁん……」



蕩けるように深いキスは部屋の中にぴちゃぴちゃと淫靡な水音を響かせ、意識のない花宮からは息苦しそうだが甘い吐息のような声を漏れていた。可愛らしくも素直に反応する姿に気をよくした今吉は笑みを浮かべると、更にキスを深くした。
王子様の目覚めのキスとはほど遠いキスを贈りながら、今吉は花宮の目覚めを待ち望んでいた。


「………ん…………」


ゆるりと、目蓋が解ける。
煙水晶<スモーキー・クォーツ>のような瞳はとろりと蕩けるように甘く熱を帯び、眠りの淵から目覚めた直ぐ後では脳も目覚めておらず、ぼんやりとしている花宮の無防備な姿に、半分驚き半分危機感を覚えつつも今吉は声を掛けた。

「花宮、おはようさん」

花宮に呼びかけた声は、自分が思っていたよりも柔らかく甘く掠れており、自分自身でも驚きに満ちていたがそれをおくびにも出さず、今吉は『α』のフェロモンを全開にした。
その途端に、覚醒と半覚醒の間をふらふらと彷徨っていた花宮は一気に現実へと引き戻されたと同時に、その脳は目の前の緊急事態に警報をカンカンと鳴らしていた。
気絶しているときは押さえられていた『Ω』の発情期の熱がまた花宮に襲い掛かる。真雪のように白い肌は今は火照ったように赤く染まり、より凄絶な色気を醸し出している。
花宮は理性を飛ばし掛けながらも目の前にいる、強烈な『α』のフェロモンを出す人物の顔を理解すると、驚愕の色を隠すことが出来なかった。

「どないしたんや花宮?まるで妖怪でも見たような顔をして」
「なんで、どうして、」




今吉さんは『β』のはず。
声にならない言葉が、花宮の口から零れた。






花宮の脳は混乱状態であった。
中学時代に、自分は凡人の『β』だと、そう言っていたではないか。掛け替えのない、楽しかったとも言えるその思い出。あの頃は自分のことを『α』だと無条件に信じていた。そんな自分に唯一対抗できる『β』だと、そう思っていた先輩が何故。何故。
どうして『α』のプレッシャーを掛けながら襲い掛かってくるのだ。
発情期のせいで快楽を求めて目の前の『α』を誘う本能と、得体の知れない恐怖心がない交ぜになってぐちゃぐちゃになった花宮のことを、今吉は宥めるように優しく頭を撫でながら、妖怪サトリらしく一つ一つ答え合わせをしていく。



「イレブン・ナインって知っとるか?」
「バース診断でな、正確な診断が出る確率のことや。9が11回続くぐらい、つまりは99.999999999%正確な判断しよんねん。
ほぼ失敗はないって言われとる。でもな逆を言えば0.000000001%の確率で間違うねん。しゃあないよなあ、どんなもんも完璧なんてありえへんもん」
「あんな花宮。ワシな、そのイレブン・ナインで抜け落ちた『α』やって診断されたんよ」
「思わず花宮とした昔の会話思い出したわ。妖怪界のαの話。ほんまやったなあ!イレブン・ナイン――ほぼあり得ることのないミス――で『β』やと判断されたけど、花宮だけは『α』やと言い張ってたもんなあ」
「流石ワシの運命や。ありがとうな」



甘やかすような声色と撫でる優しい手とは裏腹に、普段は飄々として滅多に開眼することない瞳が眼鏡の奥で爛々とギラついていて、隠すことのない真剣な眼差しに射貫かれた花宮は、生まれて初めて湧き出てきた感情に戸惑いを隠すことが出来なかった。
『Ω』であることを隠し『α』として生きてきた人生の中で、初めて『α』に、――――――この人に抱かれたいと思った。



花宮は感情の荒ぶるまま、涙をボロボロと零しながら今吉に向かって手を伸ばす。
その手をしっかりと握り締めると、どちらからともなく二人は唇を合わせた。
求めるままに、息すら奪い合うような、ただ感情的に本能的に互いを求める。
お互いに本能で行動することなんか皆無に等しいのに、今は理性なんざクソくらえとばかりに手放して動物のように貪る。
欲しい。欲しい。
これだけじゃ、足りない。
熱に浮かれて潤む瞳で今吉を必死に睨み付けると、今吉はふっと笑って口を開いた。



「なんや花宮、なんか言いたいことあるんちゃうんか」
「………ふはっ、妖怪サトリだろ?とっとと心の内を暴けよばぁか」
「可愛くないやっちゃなあ」
「可愛くなくて……ひぁあんっ!やめっ……!」



強がる花宮の口から、甘さをたっぷりと含ませたあられもない声が上がる。『Ω』にとっての急所、項をゆっくりと厭らしい手つきでなぞり上げられたからだ。思わず背筋を仰け反り、嫌々と今吉の手から逃れようとするのだが、可愛らしい子猫ちゃんが擦り寄っているようにしか見えない。
そんな可愛らしい様子に満足してにんまりと口角を上げた今吉は、花宮の両手を一纏めにしてベッドに縫い付けると、目の前に広がる美味しそうな匂いをさせた白い項をペロリと舐めた。


「やめ、あぁ……っ!」
「花宮から、ワシ好みのめっちゃええ香りするわあ」
「ひっ!いやだぁ…!はなせ!!」

「かわええ、ほんまかわええ。ワシの『Ω』………」
「ひ……っ!はぁ……ぁ…ん…!だめ、だめぇ……っ!!」


気持ち良さに声を隠しきれない花宮が可愛すぎて、行為は段々とエスカレートしていく。
最初は舐めるだけだったのが、キスをして、そして赤い所有印の花を咲かせると花宮は今吉の一挙一動に反応をし、快楽に咽び泣いて喘いだ。
その健気な様子に思わず嗜虐心が湧き、今吉は更なる暴挙に出た。


「ひゃあっ!やだぁぁ……!!やめろ……!噛むな……!」
「ちょ!こら!花宮!あかんって!」
「俺に触るんじゃねえ……っ!!」


快楽に浸っていた花宮が、半分正気に戻り、必死になって抵抗をしてきた。



今、俺は何を思った?
初めて『α』に、この人に抱かれたいと思った?
そんなことをすれば、俺の人生は終わりだ。



死に物狂いで今吉の下から逃れようと、自分や相手の怪我など後先を考えもせずに手足を暴れさせる。
そんな言うことを聞かないじゃじゃ馬の跳ねっ返りに手を焼きつつも、自分はともかく花宮を傷付けるのは本意ではないため、今吉は拘束を解いた。
花宮は少しでも今吉から離れようとするが、残念ながら初めての快楽によって腰が抜けてしまい、動くことが出来なかった。
仕方がないので、花宮は片手で項を隠すようにして今吉を睨み付けた。
本人的には必死に牙を剥いて凄んで見せているのだろうが、



快楽で蕩けた煙水晶の瞳も。
上気した赤い頬も。
男の劣情を煽る淫らな表情も。
どちらとも言えない唾液で濡れた赤い唇も。
乱れた着衣も。
未だに残る快楽の余韻に震える身体も。
全部、全部。
今吉を誘っているだけに過ぎないのに。
それに気が付かない、憐れで愛しい運命。



「ほんま、手の掛かるじゃじゃ馬の姫さんやなあ」
「勝手に女扱いすんじゃねえよ」
「ワシの『Ω』やねんから合ってるやん?ほら、機嫌直してこっちおいで。たんと可愛がったる」
「巫山戯んな、巫山戯んな巫山戯んな!!なにが『Ω』だ!!俺はずっと『α』として生きてきた!そのためにも努力をしてきた!そして周りからも、『α』として期待され、その期待に答えてきた!全部全部、俺自身の為だ!!そんな俺が『Ω』だ?俺よりも劣る存在の、名ばかりの『α』共や凡人の『β』共にも、見下され憐れまれ『α』の庇護なしでは生きていけない存在だと?」
「――――――そんなこと、絶対に認めねえ。俺の人生は俺の物だ。『α』や『β』や『Ω』なんぞ関係ねえ、自分の人生は自分で切り拓く。どこぞでせせら笑って見下ろしてる神様なんぞ関係ねえ。運命の番なんて言う『α(俺を支配する者)』もいらねえ。俺の行く手を阻むのであれば、たとえあんたでも、今吉さんでもどんな手を使ってでも潰す。
俺は俺の物だ!!俺の自由を、自尊心を、傷付けるものは誰にも許さない!!」



煙水晶の瞳は怒りに燃え、その輝きに今吉は目を奪われた。
どんな屈辱も、彼を汚すことはできない。
近寄る人間を消し炭に変えるほど苛烈。
外道と名高い彼の実は、まさに高潔。
猛毒も極まれば、純度の高い透明。
それを、ぐちゃぐちゃにしてやりたい。



「はははははは!!あーー可笑し。花宮は、ほんまに姫さんやなあ」
「可哀想やなあ。今まで必死に『α』になろうと思ってずぅっと頑張ってきたんや?才能溢れる『Ω』っちゅーものも考えもんやな。それを支える努力と周りの協力があったから、ここまでやってこれたんな。その点につては褒めたるわ。でもな、」
「所詮は『Ω』や。『α』には勝たれへん。悔しいなあ花宮。ずっと『β』やと思ってたワシが、自分がずぅっと憧れて、壊してしまう程に妬ましかった『α』やねんもんなあ。ワシのこと、憎くて憎くてしゃあないよなあ」
「黙れ…!!黙れ黙れ黙れ!」






「大人しゅう、ワシの番になり」





死刑宣告に近しい言葉と共に、今吉は噛み付くなんて生易しいものではない強さで、目の前にいる『Ω』を自分の番として縛り付けた。



白磁の肌に散らされた薔薇の花片。
血の滲む歯形のエンゲージリング。
運命には、選択肢など存在しない。





5



「くそっ……あ…っ!ああっ!!」


あれから、どれだけ時が経ったのか。
それすら分からなくなるほど、今吉から与えられる快楽によって、ぐずぐずと蕩けさせられていた。
最初は勝手に番にさせられた激しい怒りと他人に触られる嫌悪感から手や足など暴れ倒し、罵声と怒号を容赦なく飛ばし続けていた唇からは、今では啜り泣くような喘ぎ声が零れている。
生理的に浮かぶ涙は次から次へと溢れ、花宮の頬を濡らし、枕やシーツに吸い込まれていく。
残酷で身勝手な『α』は花宮の心を徹底的に抉り、プライドを粉々に打ち砕き、地獄まで叩き落とした癖に、それだけでは飽き足らず今度は身体にまで手を出してきた。


「随分と淫乱な身体しとんなあ、自分」
「ちが……っ!うぁ!?」
「なにが違うねん。花宮の乳首可愛えピンクしとったのに、ちょっと触っただけでこんなエッロイ赤色になったで。花宮の白い肌によう映えるわ」
「くそ…っ!んん!やめろって言ってんだろ……!」


不埒な指先は小さな突起を摘まみ上げ、時には優しく撫で、舌先で弄られ、母乳を求める赤子のように吸い上げられると、花宮は美しい黒髪をばさばさと振り乱しながら大きく背中を仰け反らせた。びりびりと感電したような電流が背筋に登り、思わず助けを求めるように目の前にある今吉の頭に抱き締めた。
それが逆に今吉に向かって、お強請りをするように押し付けているとも分からずに。
今吉はにんまりと口角を上げると、更に胸の愛撫を激しくした。


「ほしがりやなあ、ワシの姫さんは」
「ちが、ちがう…っ!やめろ!」
「――――――天国見せたるわ」
「あぁああぁァア!!」


今吉に噛まれた瞬間、目の前で星がスパークした。真っ白。
思わず息が出来なくなる。
快楽の濁流に呑み込まれ、感じたことのない快感が身体が流れ込み、処理が出来ずに身体がびくびくと跳ねる。
今まで自慰で感じていた絶頂とは、桁外れのもので。
今まで触った事も無かった胸だけで、イカされてしまった。
その事実に、絶望へと叩き落とされた。


「花宮、女の子みたいに胸だけでイってもうたなあ」
「や………いやだ、いゃ…ぁっ!おねがい今吉さん、もうやめて……!!」
「何言ってんねん、ここからが本番やろが」


呆然と絶望の狭間に漂い、快楽の余韻でびくびくと震える身体などお構いなしの今吉は、自分のズボンを脱ぎ捨ててから花宮のズボンと下着を同時に降ろし、花宮の秘所を真剣な顔でマジマジと見つめた。
自分でも――ましてや他人なら尚更――見たことのない場所を見つめられ、思わず足を閉じて隠そうとしたが足の間に今吉の身体が入り込み、閉じられないようにされた。
そのままぐいと大きく開脚させられ、恥ずかしさで頭が沸騰しそうになる。
自分でも認めたくないのだが、今吉から与えられる快楽を享受していた身体が『α(雄)』を求めて、『Ω(雌)』の本能が、花宮の後孔は愛液でびしゃびしゃになるぐらい濡れていた。


はしたない。
きもちよくなりたい。
いやだ。
きもちわるい。



ぐるぐると同じ言葉が頭の中を巡っていると、今吉と目が合った。

滅多に見せない、本気の時にしか見せない、三白眼の鋭さ。
汗を垂らし、唇を噛み締めて何処か耐えているような雄の顔をして。
瞳は猛獣のようにギラギラと光っていて。
彼の股間で、そそり立つ赤黒い剛直はグロテスクでいて。
理性的な彼の、本能に支配された姿を見てしまって。

後孔からは、また愛液が零れ落ちてしまって。


「う、ぅう!!むり、むり、怖いぃ!!」


花宮は遂に耐えきれなくなった。
花宮 真。もうそろそろ三十路。
経験豊富そうな顔をしていても。
花も恥じらう処女。ついでに童貞。


猫被りも悪童精神も恥もかなぐり捨ててぼろぼろと本気で怯えて泣きじゃくる姿に、今吉は面食らい、興奮状態をなるべく押さえ穏やかに話しかけるが、一向に落ち着く気配がない。


「………あのー、花宮?」
「……ひっ!やだ、おねがい、おねがい許して……っ!!」
「少しは落ち着き。なんもせえへんわ」
「いや、いや……ぁ!こわいぃ!」
「ほんま、もうそろそろええ加減にせえよ?なに処女みたいなこと言うとんねん」


半分苛立ちがこもった今吉の不躾な言葉に、花宮の赤く上気していた頬は更に赤くなり、まるでりんご飴のように赤く色付いた。
動きを止めて、コンマ2秒見つめ合う。
涙で潤んだ薄墨色の瞳は、恋に落ちた乙女のように恥じらい、目を伏せた。

え、ほんまなん。

思わずと言った、今吉の呟きが予想外に部屋に大きく響いた。
ふるふると震え、力の入っていない手で枕を今吉に向かって投げ付けると、赤く染まって涙がこぼれる顔と桃色に染まった身体を隠そうと真っ白のシーツの中に潜り込んだ。
中からばぁかばぁかと可愛げのない声が聞こえてくる。
およそ花宮に似つかわしくない、その姿を見つめながら、今吉は赤くなった顔を手の平で覆い隠しながら天井を仰ぐ。
見慣れた天井の木目を数えながら、沸騰しそうな頭をどうにかこうにか冷静にしようと思ったが、無理だった。無駄な事はしない主義の今吉は直ぐに諦めた。

そもそも。
最初から予想外だったのだ。
『β』だと思っていた自分が実は『α』で。
『α』だと思っていた後輩は実は『Ω』で。
ちぐはぐな自分達が実は『運命の番』で。
経験豊富そうな花宮が、まさかの処女で。
恥ずかしさに震える姿が可愛えだなんて!!

めちゃめちゃ別嬪さんやけど底意地は悪いし、プライドの高さはエベレスト級。
周りに『α』だと思わせる位の才能とその裏打ちをする努力、自分の『運命の番』にすら牙を剥く気の強さ。
その癖、初めて抱かれるのが怖くて泣いてしまうぐらい初心な姫さん。
ワシの大事な運命。
優しゅう、抱いたらんとなあ。
花宮が見えないことを良いことに、凶悪な顔で舌舐めずりをしながら、シーツかぶり姫の上に覆い被さる。びくりと驚くシーツの塊は、逃げ出そうとしているのかジタバタとしているのだが、上からのし掛かられている為思うように逃げ出せずにしている。


「真」


恐らく、耳元であろう部分に顔を寄せ、自分でも甘ったるいと思うぐらい優しい声で名前を囁く。ジタバタと暴れていたシーツが、ぱたりと動きを止める。そして、おそるおそるといった様子で、シーツの中から花宮が顔を覗かせた。今吉の様子を伺っているようで、警戒心の強い黒猫が光沢のある毛並みを逆立て、すんなりとした美しい尻尾をぱんと膨らませ、新しい飼い主を見定めているようにも見えてきてしまった。今吉は思わず、さらさらの黒髪を撫でながらケラケラと笑った。
花宮は思わず、その特徴的な麻呂眉をきゅっと眉間に皺を寄せ、ジロリと睨み付けた。
不機嫌もいいところだろう。
それでもどこか甘さを秘めた瞳は、じっと今吉を見つめ、撫でる手を拒むことはしなかった。そして今吉もまた、愛おしげに花宮を見つめていた。


「堪忍な、真。すまんかった」
「………ふはっ、どうせあんた俺のこと内心馬鹿にしてるんだろ?すみませんね、百戦錬磨のビッチじゃなくて」
「台詞はめちゃめちゃ勝気やけど、声はめっちゃ震えてるやん」
「うるせえばぁか!!」
「かわええなあ」


指の背で白い頬をなぞり、見えない引力で引き寄せられるように、唇を重ねる。優しいバードキスを交わしていたが、段々と深いものへと変わってく。
息が出来なくなる位の激しいキスに互いに溺れていく。名残惜しげに唇が離れた後、銀の橋がお互いの唇を繋ぎ、そしてぷつりと切れた。
はふ、と熱い吐息が漏れる。


「真。お願いや、ワシを受け入れてくれ」



花宮は、今度は拒まなかった。



*****




「ふぁっ……!あ………ん!」
「気持ちええみたいやな」


花宮がキスに夢中になっている間に、今吉はまろい柔らかな尻を手で割り開き、隠された蕾を露見させた。
うす桃色に色付いたそこはトロリと愛液を零しており、何かを求めるように収縮している。誘われるようにして、今吉はつぷりと中指を一本ゆっくりと入れていく。息を飲む気配が伝わってきた。
暖かいナカは狭く、キュウキュウに締め付けてきて容易に抜き差しが出来ない状態だ。


「ほんまに初めてなんやな…。まだ指一本しか入っとらんのに、めちゃくちゃキュウキュウに締め付けてくるやん」
「…………な……い」
「ん?」
「自分でも触ったことねえんだから、仕方ないだろばぁか!!あんたが初めてなんだよ!!」
「…………あんなぁ。自分、初めてやねんからあんまりワシを煽るようなこと言うの辞めといた方がええで」
「……は?」
「優しゅう抱かれたいやろ?…………なら言うことをきき」
「ひゃんっ!!」

後孔を触っている手とは逆の手で乳首をコリコリと転がされる。思わず花宮は甲高い声で悲鳴のような喘ぎ声をあげた。
胸を弄られることで、蕾は更にきゅうきゅうと収縮しているが、段々ともっと欲しがっているのか愛液を更に零しながらくぱりと口を開きはじめてきた。
今吉はその隙に、二本目を入れる。


「いやぁ……っ!ふ、あ、………んん!」
「気持ちようなってきたやろ?」
「ちが、ちがう!!……っ…ゃあ!!」


最初は優しく入ってきていたが指をバラバラに動かしたり、グチャグチャとはしたない音が出るくらいかき混ぜたり、蕾を開かせるように二本の指を開くなど、遠慮なく好き勝手に動く今吉の指に、翻弄される。
ようやく指が三本になり、そして、今吉の指が小さなしこりに探りあて、その場所を押し上げると。


「――――――ひ、やぁアァああ!!」
「お、ここやな。真の”ええとこ”は」
「なに………?や、っ……!!おねがい、さわらないで……!」
「気持ちよかったやろ?」
「怖い……こわい…!しんじゃう……!!」
「そんなに怖いんやったら、シーツに縋っとらんとワシの背中に手ぇ回しとき」
「やぁあぁああ!だめ、だめぇ!!今吉さん…!!」
「真、ワシのこと名前で呼んでや」
「しょ、いちさん…!翔一さん!!」


艶めいた喘ぎ声を上げ、溺れそうなほどの快楽に呑まれまいと、目の前にいる今吉に向かって手を伸ばし、名前を呼びながら筋肉質な体に縋りつく。
涙腺が壊れてしまったようで、涙が溢れて止まらない。快楽にいっぱいいっぱいで、思わず背中に爪を立てる。鋭く走った痛みに堪えた今吉の顔を、花宮は気付くことすら出来なかった。


「真、大丈夫やから。これが『イく』ってことや。ほら言うてみ、イくってな」
「ふぁ……あ…んっ!だめ、だめ、イク、イっちゃう……っ!――――――アアァあぁあァァア!!」



真っ白な視界。
腰が自分の意思など関係無しにがくがくと震え、射精や、胸イキとはまた違う強烈な快楽に、蝕まれていく。
死んでしまうと本能で恐れる癖に。
過ぎ去れば、麻薬のようにもっと、もっと欲しくなる。



今吉の指が花宮から出て行くと、そこは濡れそぼり、物欲しげにパクパクと開く蕾の厭らしさに羞恥心が込み上げてくる。
だがそれよりも、もっと大きいものが欲しいと、もっと気持ちよくなりたいと、本能が身体を支配していて。
思わず、今吉のそそり立った逸物を見てしまう。自分の痴態を見て隆起しているそれは、赤黒くて、太くて、グロテスクで、自分のついているものとは全然違っていて、思わずこんな大きいのが本当に入るのだろうかと花宮の中で不安が湧き上がる。
けれども。
あの凶悪なブツで前立腺抉られたら、イってしまったら、もう、凄いことになりそう。
想像するだけで、思わず唾を飲んだ。


「しょういちさん……」
「ん?」
「も、大丈夫だから…」




「だから、俺の中に入れて?」




目の前の今吉が、一瞬固まった。
もうちょい待ちとか、もっと奥までほぐさんとアカンとか、柄にも無く慌てながら喚く煩い男の唇を、自分のものと重ね、奪った。
お互いの境界線が溶けて無くなりそうな、蕩けるキス。どちらとも言えない唾液が、花宮の口の端から溢れていくと、首筋に垂れていく。
名残惜しげに唇を離すと、


「はやく、はやくきて……?もう我慢できない……」


花宮は自分の中にある『Ω』のフェロモンを使って、目の前にいる『α』を凶暴なまでに誘惑する。
自分でも浅ましいと思うぐらい、物欲しげな顔をしているのだろう。
それでも構わない。もう、待てない。
上目遣いで今吉をじっと見つめて3秒。
人の理性が千切れる瞬間を、初めて見た。
赤黒い逸物を蕾に宛がうと、蕾は待ち望んでいたものがやって来たと歓迎をするように、くぱりと口を開く。亀頭と蕾を口づけをするように、焦らすように何度も宛がうとぐちゅ、ぐちゃと卑猥な水音が部屋に響き、花宮の唇からあ…あ…!と啜り泣くような喘ぎ声が溢れる。
高温で打たれている鉄のような熱さの逸物が蕾の中へと入り込もうとする度に、身体が痙攣して思わず腰が逃げてしまう。今吉は腰を押さえつけるようにつかみ上げ、ついに。


「あ、あぁああっ、ァアあぁあ!!」


蕾を割開く、身体の中へ中へと突き進んでくる遠慮の欠片もない強引な挿入に花宮の唇から悲鳴に近い叫び声が上がった。
蕾からは破瓜の血が流れ、真っ白のシーツに赤い花弁を散らしていた。
生理的に泣いていた涙は、今では痛みからの涙に変わりはてた。花宮の身体は痛みから緊張状態に入ってしまい、息すらまともに出来ないほどになってしまっていた。
ひゅう…ひゅ…と喉が鳴る。


「真、聞こえるか?」
「………ぁ、……っ」
「吸ってばかりやったらアカンで。ほら、吸って…吐いて…。また、吸って…吐いて…」


頭をゆっくりと優しく撫でられながら、耳元で囁いてくる今吉の掠れた声が遠くから聞こえてくる。手放しそうになる意識を必死に手繰り寄せ、その指示に従って呼吸を整えていく。
上手く呼吸が出来るたびに、上手やな、ええ子やと耳元でぽそりと優しい言葉を注ぎ込まれる。そんな今吉の言葉に応えるかのように、段々と緊張が緩んでくる。
どうして、こんなに痛いのに。
どうして、この人に抱かれて嬉しいと思ってしまうのだろう。


「………しょ…いちさん」
「大丈夫か真?」
「ぜんぶ、入った?」
「………すまんな、まだ半分や」
「うそだ……」


花宮は思わず自分の下腹部を撫でながら、此処まで入っているのに…まだ半分…?と夢を見ているような不思議な表情を浮かべて、ふわふわとした声で呟く。
はしたなく男を銜え込み、男を誘う色香を撒き散らしているのに、無垢な表情と声色で囁くその凶暴なギャップ。
今吉は無理矢理にでも犯したい衝動を必死に堪えていたが、下半身は正直だった。


「ん…、や……っ、なんで、大きく……」
「……真、しんどかったら背中に爪立ててもええし肩噛んでもええからな」
「くっ………っ!あぁ………!?」


ずんずんと押し広げていく逸物に、花宮は思わず背筋が弓なりになった。先程までとは違い、痛み以外にも快楽を拾えるようになってきている。その違いに、一番愕然としているのは花宮だった。薄墨色の瞳を、限界まで開かせている。


「気持ち良うなってきたみたいやな…」
「―――ひっ!やだ、そんな、ところまで………!」
「あともうちょっとやから」
「もう無理……!奥まできてる……!だめ、だめ!奥までこないで!」
「全部、入ったで」
「――――――ァアっ!!」



自身の想像を遙かに超える今吉の逸物は、花宮の奥まで入り込んできて、奥の壁にまで辿り着いた。
ドクドクと脈打つ今吉の全てを納めて、半分意識を飛ばして呆ける花宮の頬を撫でて顔中にキスの雨を降らせると、それに応えるようにしてキスを強請ってきた。


「真、もう動いてええか?」
「……ゃ………あ、ん……!!」
「ええか?」
「……きて、も、うごいてもいいから、――――――――ァ!!!」


焦らすように、亀頭を引っ掛けるようにして壁に擦り付けると、その気持ちよさに声すら出せずに身悶えて黒髪を振り乱すその姿に更に欲をかき立てられる。


「あっ…あっ、ああッ…!!」
「ほんま真の中凄いわ…。流石さっきまで処女やっただけあって、めっちゃきゅうきゅうとワシを締め付けてくる」
「や…あぁあ………ッ!」
「またキツうなったな」


ずるりと入り口近くまで抜こうとすると、逃がさないとばかりにぎゅうと締め付けられて、まさに名器としか言いようがない。
パンパンと入り口から奥まで突き立てていく。強烈過ぎる快楽から逃げようとすると身体を抑えつけられ、もっと奥へと突き入れられる。暴力的な快楽に、為す術もなく喘ぐことしか出来ない。其処につけ込んでいく今吉の顔は正に悪魔のようで、容赦なく花宮の心を壊しにかかる。


「めっちゃ気持ちええわ…っ!なあ、真、中出ししてもええ?」
「え……いや………!や………ぁ、いや、いや
……アアっ…!!」
「発情期に中出し、もしかしたら赤ちゃん出来てまうかもなあ…」
「だめ、だめ……!!なかにださないで……!!あ、かちゃん、できたく、ない………!!」
「ワシと姫さんの子どもや、きっと可愛えやろなぁ……」
「や、やめ……!!おねがい、おねがい………!!しょ、いちさん、やめて…………!!」
「可愛えお強請りやけど、アカンなあ。――――――ほら、しっかり受け止めてワシの子を孕めや」
「――――――――ぁああああァァア!!!」



*****


次に目覚めた時、花宮は見知らぬベットの上に寝かされていた。
未だに眠りに引き摺られ、ぼんやりとした頭は現実を理解しておらず、気怠い身体をそのままに投げ出していた。
約10分ぐらい経ちようやく覚醒した花宮は、先日の発情期の痴態と、認めたくはないが自分の番を思い出し、顔を真っ赤に染めて声にならない叫び声を上げた。
ベッドの中で自身の失態にのたうち回っていると、腰に鋭い痛みが走り、思わず全ての動きを停止して涙目になりながら腰を優しくさする。腰だけではない。
あらぬところが痛いというかジンジンと鈍い熱を発している。なんだか、まだ大きいものが入っているような。
そんな気さえしていた。


くそっ、これもあの妖怪サトリのせいだ…!
自分の腰をさすりながら恐る恐るシーツから出てくると、自分の姿を見下ろす。触り心地のよい黒のカッターシャツを、おざなりに腕に通しただけの姿でそれ以外は何も着ていない。
下着も!ズボンも!何も!


あの妖怪絶対殺す。許さねえ。
怒りに震えていると、首回りに何か違和感を覚えた。
チャリンと鈴のような音がする。
花宮はベッドを降りて部屋にある姿見で自分の姿を確認すると、目を見張った。



「嘘だ………こんなの嘘だ……っ!」



黒い革のチョーカーに銀のタグ。
まるで猫の首輪。
それは隷属の証。
『α』が番となった『Ω』に贈る物。
所有物の証でしかない。


それだけではない。
自分の身体も変えられてしまった。
泣いた後の目の縁は、赤く色付いていて。
唇は心なしかぽってりと腫れていて。
慎ましやかだった桃色の粒は、赤く肥大化し、ツンと上向いてシャツを押し上げていて。
腰の所には、今吉に掴まれていた手の痕がくっきりと残っていて。
キスマークは身体の至る所に咲いていて、内股の際どい所にまでつけられていて。
つい数日前まで処女だった筈の蕾から、白濁液が零れて太股を伝ってきていて。



いかにも雄に抱かれました・可愛がられましたと言う風貌で。
自分が、何が何でも、何を犠牲にしてでも忌避していた『Ω』が其処に存在していた。



もう『α』としては生きていけないのだ。
深い絶望感と今吉に対する激しい憎悪で心を焼き尽くされた花宮は、鏡の中の『Ω』を殺そうと襲い掛かった。



甲高い衝撃音。
赤い血潮は花のように。
鏡の欠片は涙のように。
フローリングの上に散らばっていく。
自分の身体も、顔も、見たくない。
花宮は意識を手放した。