「この葛餅はとても旨い。よきかな、よきかな」
ーーーー三日月宗近。
平安時代に打たれ、そのうつくしさの故に天下五剣に数えられた名刀中の名刀である。
審神者の力によって刀剣男士として顕現した姿も麗しく、堂々たる居住まいである。
そんな名刀中の名刀、三日月宗近であるが数多くの本丸が生まれる中その本丸ごとに個体差というものが生まれてくる。
某演劇に特化した本丸の三日月宗近は少し背が小さく、某歌劇に特化した本丸の三日月宗近は横文字にとても強かったり………と。
そしてこの本丸の三日月宗近はと言うと。
「はっはっはっ、この葛餅であればあと40個はいけるな」
「いや、食べ過ぎだろ」
とても、とても食いしん坊である。
『和菓子の国のムネーチカ』
この本丸の三日月宗近は、よく食べる。
それはこの本丸で過ごすものの共通認識とされている。
山盛りのごはん、普通の刀剣男士の1.5倍の量のおかず、どんぶり皿の汁物、海苔やちりめん山椒などのご飯のお供達を朝昼晩キッチリ毎食ペロリと平らげて「さて、おかわりを頂こうか」とにこやかに笑顔で言うぐらいだ。
三食だけでは足りず、お八つやお夜食、更には出陣・遠征用の非常食お八つなどが支給されている。小食家の宗三左文字を三日月宗近の隣に置いておいたら、見ているだけでお腹がいっぱいになったと苦情が寄せられる始末。
『お前はエンゲル係数高すぎるよ!!もっと自粛しろよ!!』とぷりぷり怒る審神者に注意されたが、三日月宗近は何のその。
そもそも、えんげる係数とは何ぞ?状態である。見かねた鶴丸国永が説明してやった。
が、三日月宗近は結局なにも変わらなかった。
一に食事、二に食事、三に食事、四にやっと出陣が。まだ出会っていない美味しいものを求めて、日々刀生を謳歌している。
「相変わらず、君はよく食べるな」
鶴丸国永が呆れた顔をしながら、今日のお八つの葛餅をつつく。その隣では、三日月宗近が本日15個目の葛餅に手を出していた。
次から次へと手が伸びていき、山盛りあった筈の葛餅がついに最後の一つになってしまった。
「鶴丸よ。一度限りの刀生だ。愉しまなくては損だろう?美味しいものを食べる。それが俺の刀生だ」
よきかなよきかな、と言いながら最後の一つを平らげる。
冷たい葛に包まれた、ほどよく甘いこしあん。清らかな水で育てられた葛は、その姿のまま澄んだ甘さを秘めている。喉を通るときの爽快感。小豆のなめらかさ。どれも最高のものだ。
「ご馳走様。実に旨かった」
「ほいほい、よかったな三日月。そういえば、今日は何時もより食べるのが早かったな」
「いつもお八つは旨いのだが、今日は一段と旨かった。今日のお八つ当番は誰だったかな?礼を言わなくては」
「おや、お二方。今日のお八つはどうだったかな?」
皆にお八つを配り終え空になった盆を持った歌仙兼定が近づいてきたので、三日月宗近は鶴丸国永がいる側とは逆隣に座布団を敷き、こっちへ来いと手招きをする。
歌仙は三日月宗近に一礼すると、よっこらしょと少し年を感じさせるようなかけ声をして腰掛けた。
「おお、歌仙の。お主が今日のお八つ当番か」
「歌仙、三日月のせいでこんなに作って疲れただろう。座って休むと良い。今茶を入れてきてやる」
「驚きはいらないよ?」
「そんな無粋な驚きを、おれがすると思っているのかい?」
「いや、うちの鶴丸さんはそんな事しないね」
「はっはっはっ、鶴丸よ。1本取られたな」
「いつも思うんだが、俺のアイデンティティとやらは本当にどこにいったんだろうな」
そう口では言いつつも笑いながら、鶴丸国永は歌仙兼定から盆を受け取ると、どっこいせ、と見た目にそぐわぬおっさん臭いかけ声で立ち上り厨へ向かって行った。
そんな鶴丸国永の後ろ姿を、二人は見送った。
この本丸の初期刀であり近侍の歌仙兼定、鶴丸国永、三日月宗近の三人は本丸黎明期からの仲である。
この本丸では珍しくも、歌仙兼定の次に来たのは三日月宗近、その次が鶴丸国永と、主が心の底から驚くメンバーから始まった。
普段はは雅を好む好青年だが戦闘では真っ先に敵に斬り掛かる好戦的な歌仙兼定。
この本丸随一の食いしん坊三日月宗近。
キャラの濃い二人に挟まれ自分の立ち位置を理解し驚きを諦めた生真面目な鶴丸国永。
そんな三人であったため、いつも仲良く縁側に三人並んで茶を飲むことが多かった。
「それにしても、歌仙よ。今日の葛餅はとても素晴らしかった。お主には感謝してもしきれぬな」
「ありがとう、三日月さん。……………と言いたいところ何だけど、実は僕が作ったものではないんだ」
歌仙兼定の一言に、三日月宗近は驚いて目を開く。なんと。
「なんと!お主が作ったのでないのか?では、何者が作ったのだ?」
「実は、演練で他の本丸の歌仙兼定からここの和菓子屋が美味しいと教えて貰ったんだ」
「なるほど。お主が認める和菓子屋なら、この俺が絶賛するのも当然だな。はっはっはっ」
「そんなに美味しかったかい?」
「鶴丸にも言ったのだがな、俺はこの葛餅ならばあと50個はいけたな」
「さっきよりも10個ばかり増えてるぞ!」
「おや、鶴丸さんが帰ってきたみたいだ」
厨に行っていた鶴丸国永が帰ってきた。
盆の上には玻璃でできた茶器と、揃えで作られた杯が三つ乗っている。自分の席に座ると、手際良く茶を入れ出す。透明感のある、薄緑の茶がなみなみと杯を満たしていく。
最後の一滴まで丁寧に入れた後、それぞれに杯が配られたので礼を言って頂くと、茶の爽やかな香りが鼻腔を満たし、どことなくまろやかな味が喉を伝っていった。
うむ、美味い。
「鶴丸よ、礼を言うぞ。とても美味い」
「本当に鶴丸さんが煎れるお茶は美味しいね。どうやってるんだい?」
「どうといっても、容器に書かれていることをそのまま忠実にやっているだけなんだがなあ」
「おや、そうなのかい?」
「ああ。そう言えば、また三日月がお八つを強請っていたみたいだったな。歌仙もキッパリと断った方がいいぞ。コイツは際限なく食っちまうからな」
「今日は大丈夫だよ」
「これは歌仙兼定御用達の和菓子屋のものらしいぞ」
「そいつは驚きだな!よくうちの会計殿が許可してくれたもんだ」
「今月は黒字だったからね。少しばかりのお祝いみたいなものさ」
「それにしても、この葛餅は美味かった。どこに行けば買えるのだ?」
「では明日、短刀達を連れて一緒に買いに行こうか」
「おっ!いいねえ。俺も参加するとしようか」
「はっはっはっ。では、主の経費から菓子代を賄うとするか。俺の分もついでに計上しておこう。なに、バレやしないさ」
『お菓子はひとり一つまで。三日月殿、貴方がご自分で食べる分はご自分の御給金からです。そしてお小夜のことをよろしくお願い申し上げます。………………やはり、主の分だけ二つ買ってきて下さい。もし、このことを守れないのであれば……………、わかっておりますね?』
和睦の道はありませんよ?
姿は見せない会計殿の声が、どこからか聞こえてくる。どうやら、三人の会話は会計殿には筒抜けだったようだ。
三人は思わず顔を見合わせて、身震いをした。地獄耳の会計殿だ。
はっはっはっはっはっ、と三人の乾いた笑いがその場に響く。本当に、笑うしかない。
「……………どうやら、会計殿の許可が下りたようだな」
「はっはっはっ、釘をさされてしまったな」
「では、僕はお小夜たちを誘ってくるよ」
そうして、三人の茶会が幕を閉じた。
*****
そして次の日。
三日月宗近達三人は、小夜左文字、今剣、不動行光、そしてなぜか和泉守兼定を連れて城下町に出かけて行った。
本丸最年少枠での参加である。
本丸内に建てられている千本鳥居の中を潜り抜けて行き、最後の鳥居を潜ったその瞬間、賑やかな城下町にでた。
女性が好きそうな簪を取り扱う小物屋、これからの夏の風物詩の風鈴屋、美味そうな茶の香りを漂わす茶処、豪奢な絹織物を取り扱う呉服店など所狭しと店が雑多に並んでいる。
道の端には色々な屋台がでており、やれうどんや蕎麦、天麩羅、江戸前寿司と三日月宗近はその香りに釣られてフラフラと列を離れようとする度に、
「だめですよみかづき」と今剣に、
「探し回るのは大変なんだから、大人しくしててくれ」と鶴丸国永に連れ戻された。
仕舞いには左手には小夜左文字、右手には不動行光。後ろは和泉守兼定と今剣に完全に包囲される始末。
解せぬ。美味そうな屋台を横目に羨ましそうに眺めながら、二人に手を引かれ突き進んで行く。
城下町の外れまでくると、先ほどまでの喧騒が消えて落ち着いた民家が並び始める。
美しい青色の紫陽花が咲く花壇の小路を通り抜けた後に、こじんまりとしたお店が出てきた。
和菓子司『四片堂(よひらどう)』
と書かれた看板が掲げられている。
ショーウィンドウの中には色とりどりのこじんまりとした和菓子達が並んでおり、三日月宗近の目にはまるで宝石のように輝いていた。
さながらこのお店は宝石箱か。
三日月宗近の月が住んでいる青い目が、まるで少年のようにキラキラと輝く。熱心に覗き込む様子を見た歌仙兼定と鶴丸国永は、顔を見合わせて笑った。
不動行光と今剣と和泉守兼定がはやく店内に入ろうと急かしてきたため、店内では静かにするようにと注意を促してから中に入っていった。
「ごめんください」
落ち着いた雰囲気の店内に誰も居なかったため、歌仙兼定が声を掛けると、奥の方からパタパタという足音が聞こえてきて、暖簾の向こう側から金髪で着物を着た可愛らしい子がでてきた。可愛らしい格好をしているが、その子も立派な刀剣男士。名を、乱藤四郎という。
8月の空のような色をした瞳が、歌仙兼定を見てきょとりとまん丸になる。
「いらっしゃいませ!……って、あれ?昨日も来て下てくれた歌仙さんだよね?」
「おや、覚えていてくれたのかい?」
「わかるよ!色んな本丸の方々がうちのお店に来てくれるけど、皆雰囲気とかバラバラで結構分かり易いんだよ?」
「成る程、色んな本丸の俺達に会う君だからこそ分かるんだね」
「そういうこと!で、歌仙さん。今日はどうするの?」
「いや、実はね。僕もここの和菓子が気に入ったんだけど、それ以上に気に入った者がいてね」
「それがこの俺だ。先日頂いた葛餅がとても美味かった。またいただきたいと思ってな」
「え、三日月さんが!ありがとう!うちの主さんと職人さんたちに伝えておくね!」
本当に嬉しそうに笑う乱藤四郎の姿に、三日月宗近も釣られて笑顔になった。
よきかな、よきかな。
「四片堂に並べられておる和菓子はどれも美味そうだなぁ。とりあえず、まずはうちの本丸の人数分を包んでもらうか。不動の、お小夜、今剣、和泉守の。お主らで選んでくれるかの」
「任しとけってんだ!」
「………どれにしよう」
「いっぱいあってなやむところですね」
「この格好良くてつよ〜い兼さんの目利きに間違いはないぜ!」
「主の分はもう一つ選んでおいてくれよ!」
短刀達と本丸最年少があれこれ四人で愉しそうで悩ませながら選んでいるのをほほえましく見守りながら、三日月宗近もどの和菓子が良いか見て回る。
水饅頭、葛餅、羊羹に、上生菓子。紫陽花や立葵、薔薇に水芭蕉。京都でよくある水無月もある。どの和菓子達もキラキラとしており、どれも美味そうだ。
よし、決めた。
「すまぬが先ほどとは別途に、俺用でここにある和菓子達を各種類二個ずつ包んでくれるか」
「おい三日月、そんなに買って大丈夫なのか?お金は足りるのか?」
「なに、支払いなら任せておけ。この前くれじっとかぁどなるものを作ったのでな。来月の俺が支払ってくれるさ。はっはっはっ」
「だれだ!?三日月にクレジットカードなんて悪魔のカードを教えた奴は!」
「はっはっはっ、鶴丸よ。褒めてもなにもでんぞ」
「褒めてないぞ!」
「これは、会計殿にバレてしまったら只事ではすまされないよ…」
朗らかに笑う三日月宗近。
焦った顔の鶴丸国永。
頭をかかえる歌仙兼定。
三刀三様の姿を黙って眺めていた乱藤四郎だったが、申し訳なさそうに口を開いた。
「ごめんね、三日月さん………。うち、クレジットカードは取り扱ってないんだ」
「……………あなや」
自分の手持ち金だけでは足りなかったので一部キャンセルをし、一部鶴丸国永と歌仙兼定に立て替えて貰った。
残念なことだ。このかぁどがあれば何でも買えると、他本丸の俺から聞いたのに。
予想よりも小さくなってしまった俺専用の包みを手に帰路についた。
ちなみに本丸へ着いた後、出迎えてくれた会計殿に短刀達がお土産話を面白おかしく話をしたせいで、緊急取り調べが強行され、俺のくれじっとかぁどは取り上げられてしまった。
はっはっはっ。いや、笑ってる場合ではなかったな。
2
「うむ、やはりここの和菓子はとても美味い。よきかな、よきかな」
今日もいつもの縁側で茶を飲んでいる。が、今日は鶴丸国永も歌仙兼定も出陣に出掛けているため一人だ。
庭の赤く咲いた紫陽花を見ながら、三日月宗近は昨日四片堂で買った和菓子を*張る。
水饅頭、あんみつ、水羊羹、どれも美味い。
次はどれにしようかと袋の中を覗き込み、そして水無月を手に取った。
京の都では半年分の罪や穢れを祓い、もう半年分の無病息災を願う『夏越祓(なごしのはらい)』が水無月の末頃に執り行われる。
三日月宗近が打たれた頃は、水無月の頃、冬に切り取って氷室に大事に保管されていた氷を食べると無病息災でいられるという宮中行事があった。勿論それは、宮中の極々限られた者しか口には出来なかった為、市井には普及出来なかったが、何とか宮中の方々のように氷を食べ、無病息災でいられることはできないかと考案されたのが水無月である。
氷に見立てた外郎(ういろう)に、厄を落とす小豆。夏越祓に水無月を食べ、無病息災を願う。目にも涼やかな歳時菓子である。
四片堂から持ち帰った水無月は、太陽に透かしてみると本当に氷のようでとても美味そうだ。では、いただくとしよう。
「ん…?これは……!」
まるで、雷が落ちたようだった。衝撃が体の中を走っていく。
ここの和菓子はどれも美味かったが、この水無月は更に三日月宗近の想像を超えて行った。それは、昨日の葛餅と、全く同じ衝撃だったのだ。
どういうことだ、と声に出さない疑問を持った。そして華麗な風貌から予想はできない、よっこらせ、とかけ声をして立ち上がると主がいる執務室に足を運ぶ。
彼らしからぬ大胆な動きでスパンと襖を開けると、
「主よ。俺は今から城下町に行ってくるぞ」
『は?』
「ではな」
『おいこら誰も許可してないだろ!戻ってこい三日月バカ近!!!』
主の怒号なんてなんのその。
今の三日月宗近には聞こえていなかった。
千本鳥居を足早に抜けて城下町にでると、昨日とは打って変わって脇目もふらずに目的地へと足早に駆けていく。途中、ギョッとした顔をした鶴丸国永と目が合ったような気もするが気のせいだとしておく。
紫陽花の小道を抜けると、昨日とまったく同じ居住まいの四片堂が出てきた。
そして扉をあけると、今日も乱藤四郎が出てきた。
「いらっしゃいませ。……あれ?昨日の三日月さんだよね」
「乱殿、少し尋ねたいことがあるのだがいいだろうか?」
「ボクで答えられることだったら大丈夫だよ!」
「ありがたい」
そして三日月宗近は、事のあらましを乱藤四郎に説明した。
一昨日の葛餅、昨日の水無月にとても強い衝撃を受けたこと。
他の和菓子達は美味しいのだが、そこまでの衝撃はうけなかったこと。
三日月宗近の説明を聞いている内に、乱藤四郎は段々と悪戯っぽい笑顔を浮かべていた。
青い目がらんらんと光っている。
「………と言うわけだ」
「一昨日の葛餅に、昨日の水無月かあ……。なら三日月さん、今日はこの水まんじゅうを買ってみて!」
そのまた次の日。
三日月宗近は、また四片堂に現れていた。
すっかりお馴染みさんになった三日月宗近の姿をみるなり、乱藤四郎は直ぐさま声を掛けてきた。
「いらっしゃい、三日月さん!ね、どうだった??」
「乱殿。お主の言った通りだったぞ。」
「やっぱり!実はね、三日月さんが美味しいって言ってる和菓子。全部うちの隊長さんが作ってるんだよ!」
カッコイイんだから!と乱藤四郎がグッと握り拳を振り上げて力説する。
四片堂の主である審神者は、元々は和菓子屋の一人娘で幼い時分から自分は和菓子職人になり店を継ぐという確固たる夢を持ち、自分の父親である職人に弟子入りし、いずれ父の店を継ぐ予定であった。
だが政府から審神者の素質を見いだされ、拒否することもできず、あれよあれよという間に審神者になってしまったのだと言う。
和菓子職人になり、自分の店をつくる。
幼い時から夢を見ていた道を閉ざされてしまい、主は気を病んでしまっていたが、そんなときに初期刀である隊長殿が主に言った。
「俺は、あんたのそんな辛そうな顔は見たくない。俺の主はあんただけだ。夢だったと、勝手に終わらせるな!俺は、俺に出来る事だったらなんだってやってやる。だからあんたも、もう一度立ち上がれ!」
そう言った隊長殿に、主は鼓舞され、政府と交渉をし。そして、この四片堂はできた。
「主にそう言った時の隊長さんは、もう本当に格好良かったんだよ!!」
「ほお。そんな隊長殿がいて、主は幸せ者だなあ」
「でしょ!」
「お主がそこまで自慢する人物だ。一度顔をみて直接お礼を申し上げたいものだなぁ」
この三日月宗近を唸らせる程の和菓子を作る職人にして、乱藤四郎が自慢する隊長殿に心が惹かれ、ついつい笑いながら乱藤四郎にそう伝える少しばかり渋いような難しい顔をした。理由を聞くと、
「あまり外に出たくないんだって。あくまでも和菓子が主役。職人さんだから、裏方に徹するって」
「成る程。奥ゆかしい方だなあ。では乱殿。隊長殿にお主のつくる和菓子はとても旨かった、と伝えてくれるか?」
「任せておいて!」
「して、今日の和菓子、隊長殿のものはどちらかな?」
3
そして時は過ぎて。
「あ、いらっしゃいませムネーチカさん」
「いつもすまんな。………………ん?いまなんと?」
「ムネーチカさんのこと?」
「そうだ。なんなのだそれは?もしかすると、むねーちかとやらは俺の事か?」
なんだか聞き慣れないような呼び方をされた三日月宗近は、キョトンと不思議そうな顔をして乱藤四郎に問うた。すると、乱藤四郎は悪戯っぽい笑顔を浮かべて理由を話し始めた。
「隊長さんがね、三日月さんのこと『俺の作った和菓子で、あれだけ無邪気に喜んでくれるから嬉しい。うちには色んな三日月宗近がやって来るが、あの三日月宗近だけはなんだか可愛く見えてくるんだ』って凄く褒めてたんだ」
「可愛く」
「『なんだかこう、五虎退の虎とか鳴狐の狐とかのふわふわ系で』」
「ふわふわ」
「『可愛い名前を付けて区別したい』」
「……………はっはっはっ!隊長殿は、この爺を可愛いと言ってくれるのか!」
三日月宗近は隊長殿の可愛らしい名付け方に対して、今で言う『ツボに入ってしまった』状態になった。天下五剣の中で一番美しいとされる、あの三日月宗近が腹を抱えて笑い転げている。その様子をみた乱藤四郎も、思わず釣られるように笑い出した。
四片堂の中に二人の笑い声が響き渡る。
腹が痙攣を起こして痛みだすほど笑ってしまった。顕著してから、ここまで本気で笑ったことはなかった。明日の文は、隊長殿が名付けたむねーちかのことにしよう、そう思った三日月宗近の脳内に少しばかり良い考えが浮かんだ。
ゴホンと一つ咳をし、天下五剣らしい真面目な顔をつくり口上を述べる。
「俺の名は三日月ムネーチカ。この四片堂の和菓子、特に総隊長殿がつくる和菓子が大好きな三日月宗近だ。よいぞよいぞ、ムネーチカと呼んでよし!」
「ちょっとムネーチカさん!これ以上笑わせないで!もうお腹限界…!」
三日月の悪ふざけに更に『ツボに入ってしまった』状態の乱藤四郎は涙目になりながら逆に怒っている。
そんな二人の笑い声が響く店内だったが、もう一人、クスクスと笑う声が聞こえてくる。
「フフッ。やはりあんたは変わっているな」
「え、隊長さん?」
「今の声が隊長殿か!」
乱藤四郎の驚いた声で三日月宗近も瞬時に暖簾を見やる。確かに暖簾の向こう側に誰かがいた。だかもうその人物は踵を返し、もう気配すら感じない。
こんなにすぐ近くにまで隊長殿が居てたのに、気付かなかった自分の馬鹿さ加減に腹が立つ。出来れば一言でも、二言でも、欲を言うなら言葉を交わしたかった。
三日月宗近は名残惜しげに暖簾のその奥を見つめるが、そこには誰も居ない。
ツキリ、と胸が痛む。どうしてだ。
三日月宗近は自身の心臓の位置に手をかざす。やはり、どこか痛む。
月のうちのけが浮かぶ青い瞳に陰りが帯びるの黙って見守っていた乱藤四郎は、少し眉を下げ困った顔をしていたが、やがてどこか決意をしたような顔付きに変わる。
「ムネーチカさん、ごめんね!」
「乱殿?」
「ちょっと用事思いだしちゃった!少し時間かかるかもしれないから、もしお客さん来たらムネーチカさんが相手しててくれない?お客さん来たら呼んでほしいな!」
「俺でいいのか?」
「ムネーチカさんだから頼んでるの!お願い!」
「あいわかった。お主がそこまで言うのだ、この三日月宗近が任されよう」
「ありがとう!じゃあお願いね!」
そう言い残して乱藤四郎は暖簾の奥へと消えていった。一人残された三日月宗近ことムネーチカは、ウインドウに飾られた今日の和菓子達をジッと見つめる。
桔梗、水牡丹、観世水、そしてあんころ餅。
きっと、今日の隊長殿の和菓子はあんころ餅だろう。ムネーチカは確信にも近い予想を立てた。ずっと隊長殿の和菓子を食べ続けていたムネーチカは、ある日を境にどれが彼の和菓子かわかるようになっていた。
理由はわからない。だが、ムネーチカには確信があった。
何故だか彼の作る和菓子だけ、色鮮やかに光り輝いているのだ。
それがどんなに落ち着いた色目でも、ムネーチカの目に通すと華やかに見える。
今日は、あんころ餅が光り輝いている。
間違いない。
「ごめんください」
四片堂の扉をあけ、新たな客が入ってきた。
客は三日月宗近の姿を見かけると、ぺこりと頭を下げいつものように乱藤四郎の姿を探すが一向に出て来ないので、はてなを浮かべている。
おおそうだ、すっかり忘れておった。
「おお、客人か。すまんな、今乱殿は用事が合って出てこられぬのだ。変わりにこの俺、ムネーチカが聞いておこう」
「……………ムネーチカ?」
更に客は、はてなを浮かべている。
ムネーチカとは、一体。
「左様。俺はここ、四片堂の和菓子が大好きでな。店の中でムネーチカと呼ばれているそうだ。俺もこの名が気に入った。お主もそう呼ぶと良い。この店の和菓子は全部食べたぞ。お主にも俺のお気に入りを教えてやろう」
乱藤四郎が店に帰ってきたとき、ムネーチカはいつもの乱の定位置、ショーケースの内側に座っていた。
「ただいまー!ムネーチカさん店番ありがとう!……ってあれ?和菓子減ってる?」
「おお、乱殿。おかえり。お主が居らぬ間に客人が何組も来てな、和菓子を包んだのだ」
「えっ!?そうなの!?」
「計算もちゃんとしたぞ?まあ、客人にもあっているか計算してもらったがな。はっはっはっ」
乱藤四郎は、減っている和菓子の数と値段とレジのお金を盗み見て、暗算してみたが確かに合っていた。
ムネーチカさんってすごい。
「ありがとうムネーチカさん!じゃあ、今日沢山うちのお店を手伝ってくれたムネーチカさんにプレゼントがあります!」
「ん?ぷれぜんと?」
「ムネーチカさん、手を出して!」
ムネーチカが両手を差し出すと、乱藤四郎が手の平の上に何かをそっとのせた。
それは、どことなく自分に似た姿をした和菓子だった。その和菓子はとても、キラキラと光り輝いている。もしかして。
「あなや。すごいなぁ。これはもしかして、俺か?」
「そうだよ!ムネーチカさん!実はね、隊長さんが作ってくれたんだよ!世界に一つだけ!」
「そうか、そうか。…………うれしいなあ。」
隊長殿が、俺のために作ってくれた。
きっと乱殿が頼んでくれたのだろう。
二人の優しさが嬉しかった。
この和菓子は食べずにとっておこう。そう心に誓った。
「あ、隊長さんから伝言だよ。『日持ちは二日間で今の季節は置いといたら危険だ。真緑のカビが生えてカビーチカになるからすぐに食べるんだぞ』って」
「………………あなや」
「ほんとに残そうとしてたんだ!?」
この可愛らしきものをどう残そうか。
鶴丸国永と歌仙兼定に相談してみよう。
****
執務室。
主は〆切間近の書類にせっせとサインを。
鶴丸国永は明日の審神者会議提出用の書類を。
歌仙兼定は来月の当番出陣遠征のシフト表作りを。
会計殿は今月の支出額の計算を。
各自が各々自分のやるべき仕事をこなす静寂の空間に、嵐が訪れる。
スパンと襖が開かれ、盆を持った三日月宗近がニコニコと笑いながら執務室へ入ってきた。盆の上には、三日月宗近御用達四片堂のあんみつが5つぶん。
「主、皆のもの、休憩しようではないか」
ちゃぶ台を用意し、皆で食卓を囲んで小さな茶会を開く。もぐもぐとあんみつを頬張る鶴丸国永が先ほどから疑いの眼差しで三日月宗近を見つめているが、当人は至って気にせずただただ笑っている。そんな鶴丸国永を歌仙兼定が窘めているのを眺めつつ、主もあんみつを頬張っていた。
仕事で疲れた脳に、甘味が染み渡る。
あんみつを食べる手が止まらない。
前に差し入れて貰った時も思ったが、ここの和菓子は本当に美味いし、なんだか疲れが和らいだような気持ちになる。
最後に残しておいたさくらんぼを食べ、熱い煎茶で喉に流し込むと体の内側に爽やかな気が流れていくような気がした。
そして、主は口を開く。
『三日月宗近。用件はなんだ?』
「いやな、俺の出陣や演練、遠征を増やしてくれぬか?」
『いいけどなんでだ?』
「おや、三日月さんが戦に出させてくれと言うのは珍しいね」
「なんだか嫌な予感がするぜ」
不思議そうに疑問を持つ主。
少し驚いた顔の歌仙兼定。
怪訝そうな顔をした鶴丸国永。
そして黙って見つめている江雪左文字。
四(三刀+一人)者四様の姿を眺めた三日月宗近が口を開く。
「その代わりと言っては何だが、給料を増やしてくれ。なに、爺でも給料分以上の働きはするさ」
「ほらな!!!嫌な予感ってやつは当たるもんだ!!」
「はっはっはっ、早めの夏のぼぉなすとやらだな」
『お前な!!出陣のたびにお腹を空かせてお菓子は食うわ、毎食お替わりアホほど食うわ、夜食も欲しいわ、うちのエンゲル係数は天井知らず!しかもうちは何故か短刀・脇差し・打刀がほとんど出ないから政府からの夜戦任務をこなせていないせいで俺の給料も据え置きなんだぞ!?お前に余分な給料を払える余裕なんてうちにはありません!な、江雪左文字?』
「………和睦の道はありません」
帳簿をパラパラとめくると、ものの見事に赤字続きの家計簿が目に飛び込んでくる。
ページをめくる度に地獄の会計殿の目が段々と怖くなっていき、思わず主と鶴丸国永はブルブルと震え上がった。
「それだがな。実はな、最近お菓子や夜食が要らなくなってきたのだ」
『え、そうなの?』
「そうだとも。俺は袖の下を送り、そして主は受け取った。対価が必要だと思わんか?ん?」
主は泣く泣く自らのポケットマネーから、三日月宗近への給料を少し上げた。
よきかな、よきかな。
*****
金は天下の回りもの。
主から貰ったぼぉなすが三日月宗近の手に渡り、三日月宗近から四片堂へと、まるで山の中で湧き出た水が下界へと落ちていくように流れていく。
三日月宗近の様子はと言うと。
「おお、乱殿。今日もよろしく頼むぞ」
「任せておいて!ムネーチカさん! 」
ムネーチカは狩衣の振りから手紙を取り出すと、乱藤四郎に手渡した。乱藤四郎は空色の瞳を煌めかせながら、柔らかな笑みで受け取る。
最近のムネーチカは、隊長殿に手紙を送っているのだ。会えぬなら、会ってみせよう、お手紙で、だ。
手紙の内容は様々で、今日の内番のことや遠征先でのことなど些細な事から、同じ刀剣男士として戦術や新たな戦場の攻略法など多岐に渡る。
ああ、それと。と言いながら、もう一つ。
「遠征先で見た蓮の花が綺麗でな。ちと花には申し訳ないが、一番美しいものを手折らさせてもらった」
ムネーチカの手の中が光ると、其所には柔らかな白の美しい蓮の花が一輪咲いていた。乱藤四郎が思わず感嘆の声をあげる。ムネーチカの霊力に包まれた蓮は、まるで透明な玻璃の箱の中に入っているよう。
それも手渡され、慌てて手を差し出す。
乱藤四郎は繊細な花をうっとりとした目で見つめた。
「こちらも隊長殿によろしく頼む。ああ、あとこれは乱殿に。いつもすまんな」
もう一つ、先ほどよりは小ぶりで可愛らしい大きさの、桃の色に染まった蓮を手渡す。
乱藤四郎は一瞬鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしたが、すぐに花が咲くような笑顔を浮かべた。自分のための花を受け取ると、嬉しさのあまり思わずくるりと1ターン回った。フリルのエプロンがふわりと浮いて、また元に戻る。
「ありがとうムネーチカさん!」
「はっはっはっ。なに、礼を言わねばならんのはこちらの方だ」
「嬉しかったから!じゃあ、隊長さんに届けてくるね」
「ああ、よろしく頼んだぞ」
パタパタと乱藤四郎が暖簾の奥へと消えていく。その後ろ姿を見送ると、ムネーチカは今日の和菓子はどんなものが出てくるだろうと思いをはせた。
三日月宗近が文を送ると最初はどうしたらいいのか困っていたそうだが、いつしか隊長殿はその文を返す代わりに三日月宗近にだけの和菓子をつくってくれるようになった。
いつしかそれが楽しみになって、文を書く事が楽しくなった。
どうすれば隊長殿は喜んでくれるだろうか。
ムネーチカにとって、いままで無意味に近かった有象無象のことが隊長殿に色んな話をしたくて興味を示すようになった。
今までの三日月宗近は足りないものを埋めるように、食事を取っていた。美味しかったがどこか満たされない気持ちでいっぱいだったから、食べることで砂のような虚無感を満たされない気持ちを埋めていた。
だが隊長殿が三日月宗近ーームネーチカーーのために作ってくれた和菓子を食べると、満たされる。
「さあ、今日の和菓子はどんなものが出てくるだろうなあ」
ムネーチカの中で、姿を見たこともない隊長殿の存在がとても大きくなっていた。
4
「望月や。今日もよく頑張ったな。あともう少しだけ、この爺に付き合っておくれ」
三日月宗近は遠征から帰る途中で隊の皆と分かれ、望月に乗ったまま城下町に来ていた。
最近は時間遡行軍の動きも活発で資材が足りなくなってきた為、三日月宗近も給料分以上の仕事はすると主に約束してしまった手前、文句もあまり言えずに遠征をこなしていた。
長期遠征が続いた為に、中々四片堂にも通えず『すとれすまっくす』とやらになってきた時に、話の分かる男歌仙兼定がこの遠征帰りに城下町に寄ってくると良い、と許可をだしてくれた。
歌仙兼定の言葉に甘えて、そのまま三日月宗近は城下町まで繰り出していた。
いつもと変わらぬ城下町の賑やかさの中に、殺気が混じる。望月は敏感に察知し、主に報せるようヒヒインと嘶いた。
気が立った望月の鬣(たてがみ)を落ち着かせるように撫でながら、三日月宗近は辺りに目を配る。すると城下町の外れに、一人で時間遡行軍と戦っているものがいる。
周りには彼の仲間らしき者もおらず、まさに孤軍奮闘。
「望月、いけるか?」
愛馬にそう尋ねると、当たり前だと言わんばかりに嘶き、風のように走り出す。
屋台街の狭い通りや通行人を手綱を器用に操りながら通り抜けていくと、時間遡行軍のところまでたどり着いた。
一人で戦う者の背後に迫った刃を見て、三日月宗近は自らの本能に身を任せ、望月の鞍を蹴って飛んだ。そしてそのままの勢いで時間遡行軍の刃を払い落とし、かの者に声をかける。
「お一人様か。助太刀致そう」
「助かる!」
時間遡行軍は6人に対して、こちらは2人と大変分が悪い。互いに死角となる背中を相手に預け、 名も知らない者同士の、背中合わせの共闘が始まった。
「その目気に入らないな」
彼は先手必勝とばかりに投石を繰りだした。
その強烈な石の礫が敵に降り注ぐと、敵は動揺を隠せず陣が乱れだした。一つ乱れると、あとはなし崩しに全てが崩れていく。
その隙を狙っていたのだろう。相手の間合いにするりと滑り込むと、一閃の元に切り捨てる。そのまま敵はなすすべもなく、崩れ落ちていった。翻った白のぼろ布が、赤く染められる。まるで赤い花が咲いているようだ。
その鮮やかな手腕に、三日月宗近は目を奪われた。
「よそ見をしている暇はないぞ!」
視線を感じたのか、怒号のような渇を入れられた。
「おや、手厳しいな」
三日月宗近がゆっくりと目線を前に戻すと、目の前には太刀が迫っていた。
迫り来る太刀を迎え撃つべく、ぐんと自らの重心を下におろし、下から刀を振り上げると太刀はその刀を受け止めた。が、その時にがら空きになった胴を強かに蹴り入れ、敵が蹌踉めいたその瞬間、三日月宗近は敵の首を撥ねた。
返り血が着物を濡らすが気にも止めず、そのまま後ろにいた大太刀に標的を移す。まさか急に襲われると思っておらず、対処できなかった大太刀は、攻撃をまともに食らい、よろよろと後ろへ下がった。もう動けやしまい。
あと残りは三体だ。
三日月宗近が残りを探そうと向こう側を見ると、槍が肩に食い込んだ、彼の姿が目に飛び込んできた。敵の返り血以外の、鮮やかな色をした赤い花がぼろ布に浮かぶ。
三日月宗近は思わず彼の元へ駆けだした。
「血で汚れているくらいで丁度良い」
彼の顔はぼろ布に隠されていて、こちらからは殆ど見えはしない。
だが僅かに覗いた彼の横顔は、笑っているようだった。
赤く染まったぼろ布が落ちると、まるで陽の光のような金髪が現れた。その髪は強い風によって靡き、まるで宝石のように煌めく。
美しい横顔にから覗く新緑の葉のような力強い目が敵の姿を射貫く。
三日月宗近は、その横顔を見て、また目を奪われた。
「俺を写しと侮ると後悔させてやる…………死をもってな!!!」
怜悧な刃を閃かせ、横一文字に切り伏せた。
敵の目から生気が抜けていく。そのまま倒れ込んだ敵を一瞥すらせず、その瞳は次の敵を切るために向けられる。
また槍が彼を狙いに掛かったため、三日月宗近は盾になるように前へ立ちはだかった。
「好きにはさせぬ、お主の相手はこの俺だ!」
槍は三日月宗近の想像以上に早く、自身の刃をすり抜けて脇腹へ突き刺さった。脇腹が燃えるように熱いが、三日月宗近はその痛みをこらえて強烈な一撃を放った。
ぐらりと揺らめく槍に、とどめの一撃で息の根を止めた。
あともう一体。最後の一体だ。
彼の姿を探すと、彼は最後の一体と相対峙していた。
「そら、来いよ。俺はここだ!かかってこい!」
最後の一体は大将だったようだ。彼と互角の腕を持っている。刃を切り結ぶその姿を見ていると、まるで美しい剣舞を見ているような、戦場にも関わらずそんな夢見心地になる。
戦の勝利を願い、神に捧げる剣舞。
さながら彼は巫(かんなぎ)で、ぼろ布は千早(※巫女装束の上に着る羽織)か。ずいぶんとすすけた千早だな。
美しい剣舞も、そろそろ終盤に入る。
先に勝負にかけたのは彼だった。自分の、そして敵の間合いに飛び込んでいく。
体をグッと下げて、下から刀を振り上げるが、その刃は受け止められた。だが、彼はその事を見越していたようだ。
口元に浮かぶ笑みが濃くなる。
隙が出来た胴に強烈な蹴りをお見舞いしてやった、その次の瞬間、敵の首が胴から離れていた。返り血が彼を覆う。
何が起きたかも分からず、敵は絶命した。
戦闘終了するといなや、刀を納め彼はその美しい顔をまたぼろ布で隠してしまった。
残念だと思っていると、彼がこちらへ近づいてきた。
「すまない、助かった」
「いやいや、其方も鬼神のように強かった。俺などいらなかったのでは?」
三日月宗近が笑いながら半分本気の事を伝えると、からかわれたと思ったのであろう。
すこしムッとしたような顔をしたが、次の瞬間には元の表情に戻っていた。
「天下五剣が謙遜するな。お前がいなければ、きっと俺は折れていた。礼を言う」
「では、有難く受け取っておこう。お主の傷が深いな。良ければお主の本丸まで送り届けよう」
「いや」
「遠慮はするな。望月もお主を気遣っておるぞ」
思いっきり嫌そうな顔をしていたが、戻ってきた望月がトコトコと彼の元に近付き、返り血で汚れたぼろ布を力強く引っ張っている。
「こら!布を引っ張るのをやめろ!」
「はっはっはっ!お主の負けだな」
「な、何故俺を抱き上げる!?自分で乗れるから辞めろ!!」
三日月宗近は彼を抱き上げて望月の背に乗せてやると、彼は嫌がって暴れだしたが、三日月宗近は気にも止めず自分も望月に跨がった。
彼を抱きしめるような形で、手綱を扱う。
馬も扱え、彼の体躯も楽しめる。一挙両得である。三日月宗近はとても機嫌がよかったが、その腕の中にいる彼は地獄で責め苦を受けているような悲壮な顔になっていた。
「くそっ、俺が写しだからか………」
「これこれ、そのような汚い言葉を喋るでない。そのような綺麗な顔をしているのだ。言葉も美しくな」
「……………うな」
「ん?」
「……………綺麗って言うな!!!」
天下五剣の中で一番美しいとされる三日月宗近の顔に彼の右ストレートパンチがまともに入り、彼が誉の幻桜を舞わせるまで後一秒。
彼に指示されるまま馬を走らせると、三日月宗近がいつも通り慣れている道にでてきた。美しい青色の紫陽花が咲く花壇の小路を通り抜け、こじんまりとしたお店が出てきた。
ん?と三日月宗近ははてなまーくを浮かべた。
もしかして、もしかすると。
彼は四片堂の前までくると、ひらりと馬を降りた。そして望月の手綱を引いて、店の裏側にある勝手口の方までやってきた。
店の扉には入ったことがあっても、勝手口のほうまでは来たことがない。三日月宗近ーームネーチカーーはキョロキョロと辺りを興味深く見渡した。青々と茂る桜の木に、ポンプ式の井戸。休憩用に置かれた木のベンチ。
一つ一つは小さいが、どこか暖かい雰囲気だ。三日月宗近が辺りを見ている間に、彼は望月に感謝の気持ちを込めて毛並みを撫でてやると、望月も彼に顔を擦りつけた。
ふっ、とどこか柔らかい笑みを浮かべた。
木陰の下に繋ぎ、井戸から新鮮な水をくんで渡してやると望月は喜んで水を飲み出した。
一通りの事を終えると、彼は三日月宗近の方へ近づいてきた。
「待たせたな。ここが俺の本丸だ。……なんだその目は、本丸が和菓子屋なのが気になると?」
「いや、俺は四片堂の和菓子が好きでな。よくここまで赴いて求めているのだ」
「そうか、いつもありがとう。和菓子だけなら沢山ある。助太刀してくれた礼に好きなだけ食べていくといい」
「はっはっはっ、ありがたいな」
勝手口の扉をあけ、中に入るとバタバタと足音が近付いてくる。
妙齢の女性が奥からやってくる、きっとこの本丸の主殿だ。主殿は彼の姿を見て、更に慌てて近寄ってくる。
『お帰り国広ちゃん……って!どうしたのその格好!血だらけじゃない!大丈夫なの!?え、私買い物に頼んだのよね。単騎出陣なんか頼んでないよね。そして後ろの三日月宗近様はだれ!?え!?なんで左ほほがパンパンに腫れているの!?どうして!?もしかして出陣で拾ってきて、そのまま戦闘に巻き込まれてしまったの!?やっぱり私単騎出陣させてしまったの!?ああどうしましょう!薬研ちゃーーーん!!二人分の手入れ部屋をあけて!』
「落ち着け、主。俺は無事だ。」
『無事だ、じゃない!』
「はっはっはっ、主殿。落ち着かれよ。俺の名は三日月宗近。他本丸の者だ。この者が城下町の外れで一人で時間遡行軍と交戦しているのを見かけ、助太刀したのだ。この者も俺も、槍に攻撃されてしまった。すまんが手入れをしていただけるとありがたい。…………ああ、あとこの頬はな、この者にやられたのだ。いやあ、いい拳だったぞ。はっはっはっ」
『うちの子が大変お世話になりました』
「大将!手入れ部屋用意しておいたぜ…………ってなにがおきてんだ?」
薬研藤四郎の目に飛び込んできたのは、自らの主が玄関の土間で深々と土下座をし、その横で「主になんてことをさせる!!」と激昂した隊長が、見知らぬ三日月宗近の顎に左アッパーを浴びせている光景だった。
まともに喰らった三日月宗近は、脳振盪を起こしたのかそのまま倒れ込んだ。
一発KO勝ちだ。ここがリングの上ならばカンカンカンとゴングを鳴らし、審判が勝者山姥切国広と名乗りを上げていただろう。周りの観客は勝利に沸き立ち、拍手と歓声を我らが隊長山姥切国広に送るだろう。
だがここはいち和菓子屋の、勝手口の玄関だ。こんなことになるとは誰も予想だにしていなかった、まさに地獄絵図。
頭が痛い。薬研藤四郎は頭を抱えたが、すぐに気持ちを切り替えた。
「…………大将。とりあえず、うちの隊長もそこの三日月の旦那も怪我人だから、手入れ部屋に入れておこうぜ」
****
俺が目を覚ますと、見知らぬ部屋の中に寝かされていた。
「……………ん?ここは………」
「気が付いたか」
声の聞こえる方を向くと、先程自分に強烈な左アッパーを食らわせた彼が正座していた。
「おや、お主か。傷は大丈夫か?」
赤く染まっていた彼のぼろ布も白に戻り、肩に刺さった槍傷も治ったのだろう。
だか彼の雰囲気はどんよりとしており、彼の顔を覆うぼろ布から僅かに覗いた翡翠の瞳が、涙で揺らめいているように見えた。
俺は、それを見なかったことにして優しく傷の安否を尋ねた。
すると、彼は、ぼろぼろと大粒の涙を流し始めた。
驚いた俺は布団の中から飛び起きて、必死に彼の事を宥めようとしたのだが上手くいかない。おろおろとするばかりだったが、かさりと鳴いた袖に気付き、袖に忍ばせていたものを取り出す。
するとちりめん細工の小さな袋から、小さなの紙の欠片が沢山でてくる。
見ておれよ、と一声かけると三日月宗近は紙に自分の霊力を込めた息を吹きかける。
その瞬間に紙が色々な蝶に変化し、四方に飛んでいく。名前も知らぬが、とても美しい蝶達が部屋に乱舞する。
夕暮れ時の少し薄暗い部屋の中。羽根が羽ばたく度に、光の鱗粉が生まれ、そして消えていく。
その幻想的な風景に、彼も思わず涙を忘れ、見とれていた。
「やっと泣き止んだか。俺はな、今日はこの光景をお主に見せたかったのだ」
なあ、隊長殿。
彼、いや隊長殿は驚いた顔をして、俺の顔を見つめた。隊長殿の翡翠がまるでこぼれ落ちるのではないかと錯覚するぐらい、目を大きくしている。怯えたような顔をして、逃げようとした隊長殿の手を直ぐに掴み、自らの腕の中に閉じ込める。
隊長殿の顔が、悲痛に歪む。
その表情を見て、胸が痛む。
俺はそのような顔をさせたかったわけでないのだ。
「………………すまない、俺はいつも来てくれていたお前に手を上げてしまった」
恐る恐る手を伸ばし、殴ってしまった左頬を撫でてくる。もう手入れを受け、痛い筈も無いのにその手がとても優しくて、俺は思わずその手を自分の手に重ねた。
驚いた彼は直ぐに手を引っ込めようとしたのだが、俺は許さず、一つ一つ指を絡め取るように繋いだ。主の時代で言うと、所謂『恋人繋ぎ』というやつだな。
隊長殿の顔が、まるで苺のように赤く染まった。とても愛らしい。ついつい笑顔がこぼれる。照れて抵抗する様も、まるで子猫がじゃれついてるようだ。
可愛くて、可愛くて、思わず食べてしまいたくなる。
「はっはっはっ、かまわんよ。俺もな、まさか隊長殿が戦場では強く、そしてこんなにも可愛らしい方だとは思いもしなかった」
そして、俺は真剣な面持ちになり言葉を続ける。
「俺の名は三日月宗近。この四片堂では隊長殿が名付けてくれた『ムネーチカ』と呼ばれている。実際のところは、可愛くもふわふわもしていないただの爺だが、隊長殿を慕う気持ちは本物だ。隊長殿、どうかお主の名を教えて欲しい」
ジッと隊長殿を見つめると、覚悟を決めたような、力強い瞳で見つめ返された。蝶が舞う部屋の中で、隊長殿の姿がキラキラと光り輝いている。
ああ、やはりお主が。
「………俺は山姥切国広。足利城主長尾顕長の依頼で打たれた刀だ。………山姥切の写しとしてな。だが俺は偽物なんかじゃない。国広の第一の傑作なんだ…!」
「ああ、やっとお主の名を知れた。山姥切国広殿、俺はお主を愛している。最初、お主の菓子を食べたときからお主に惹かれていた」
キョトンとした顔をされた。
その表情もとても愛らしい。
「和菓子から惚れたのか?」
「うむ。お主の和菓子を食べたとき、まるで雷が落ちたようだったぞ?」
「そういえば手紙でも、俺の葛餅をあと50個ほど食べたかった、と言っていたな」
クスクスと山姥切国広は笑った。
その笑顔の可愛らしいこと。
俺の胸が高鳴る。きっと抱き締めたままの山姥切国広にも伝わっているだろう。
「そんな食い意地をはったことを言う三日月宗近は、お前だけだムネーチカ」
「おや、隊長殿はそんな俺がいいのではないか?」
「それもそうだな」
「俺はお主を、山姥切国広殿を愛している。ぜひ伴侶となり、この先の刀生を共に歩んでほしい」
渾身の決め顔でぷろぽーずをした。
が山姥切国広は無表情となり、冷たい目線を俺に浴びせてきた。
ははっと、彼から乾いた笑いが零れる。
「どうせ写しには、すぐに興味がなくなるんだろう。わかっている」
「そんなことはない!」
「俺は山姥切の写しとして打たれた。どうせお前も、山姥切がくるとそちらへ行くだろう。今までもそうだった。……………俺に、期待を持たせないでくれ…」
悲痛な心の叫びだった。
彼が、この美しい顔を隠しぼろ布を纏うようになるまで、なってからも、何度も何度も何度も何度も心ないものによって傷付けられ続けた。その傷が未だに血を流しつづけ、俺の言葉を拒絶するのだ。
山姥切国広の体を力一杯抱き締め、俺は、三日月宗近は、腹の奥から叫んだ。
聞いてくれ、俺の言葉を。
「俺はな、お主が写しだとか関係はない!!俺は、四片堂の和菓子職人で、可愛らしいものが好きで、少しばかり拳がでるのが早くて、それでも優しい性根をもったお主に惚れたのだ!!天下五剣一美しいこの俺が、ムネーチカと呼ばれるまでにお主の和菓子を好きになって、お主に興味を持って、そして山姥切国広殿に惚れたのだ!…………………どうか、俺の事を信じてくれ……」
美しい翡翠の瞳が、山姥切国広の顔が滲んでみえる。
ああ、そうか。俺は泣いているのか。
ぽろり、ぽろりと涙がこぼれ落ちていく。
泣く、ということは初めてで、どうしたらいいのかわからない。
嗚呼、惚れた者の前で天下五剣一美しいこの俺が、このようなみっともない姿を晒しているのだ。もし相手が俺の事をほんの少しでも惚れていたとしても、百年の恋も冷めてしまう。俺の刀生の恋がこれで終わった。
更に、涙が流れていく。
「ほら、泣き止め。いつもの天下五剣の風格はどこへいったんだ」
ちゅ、と柔らかいものが瞼に触れる。
恐る恐る瞼を開くと、そこには白い肌をほんのり赤く色づかせた山姥切国広の顔があった。涙がピタリと止まる。
「……俺は、期待してもいいのか?」
「何の事だ」
「お主も、俺と同じ気持ちだと」
「……俺のムネーチカはお前だけだ。変わり者の三日月宗近は他にいない。…………こんな変わり者に付き合えるのは、俺ぐらいだ」
「随分と可愛い事を………」
照れたように笑う、そんな美味そうに赤く色付いた山姥切国広の顎をすくい上げ、唇を重ねた。
その柔らかでみずみずしい唇を堪能し、さらに貪ろうとしたその瞬間、スパンと襖が開き、
「暗殺闇討ちお手の物!」
「うなれ拙僧の筋肉!」
という言葉と共に激しい痛みが襲いかかり、意識が遠のいていった。
俺が何をしたと言うのだ。
*****
それから。
手入れ部屋にまた入れられて、結果無断外泊となってしまった三日月宗近が最愛の嫁を連れて本丸に帰宅をした騒動や。
自分の初期刀と三日月宗近の結婚を許してくれた主が、赤飯を持って三日月宗近の主の元へ挨拶に赴いた事から始まる、主同士の甘酸っぱい恋模様。
三日月宗近の義理の兄君堀川国広と、うちの本丸最年少の和泉守兼定の感動の再会。
アイデンティティをなくした鶴丸国永の自分探しの旅に出掛けたこと。
会計殿と、和菓子本丸の経理殿がタッグを組んでついにいんたーねっと通販を始めたこと。
合同本丸でやっと夜戦できるようになった歌仙兼定が才能を発揮し、ついには夜王と呼ばれるようになった話など話の種は尽きないが、今日のところはこれで仕舞いにしておこう。
話の続きが聞きたい?
ならば、また四片堂へ遊びにきてくれ。
隊長殿の和菓子をおすすめしよう。
はっはっはっ、ムネーチカのオススメは外れがないと有名になったぞ。
「おい宗近!早く手伝いに来てくれ。開店まであと少しだぞ!」
「ああ国広。少し待っておくれ。すぐに行く」
話の締めくくりはいつもこうだ。
こうして二人は幸せにくらしましたとさ。
よきかな、よきかな。