これが夢なのか、現実なのか。どうすれば証明できるというのだろう。
水槽の中の脳。
現実とは、特殊な培養液で満たされた水槽に入れた脳が見る、作られた夢という仮説がある。
水槽に入れた脳の神経細胞を電極を通して高性能のコンピュータにつなぎ、脳波を操作する。すると水槽の中の脳に意識が生じ、現実と変わらない仮想現実が生まれる。わたし達が現実に存在すると思っている世界は、実は水槽の中の脳が見ている夢に過ぎないのかもしれない。
五感などの感覚や感情、記憶ですら、すべて脳が処理した結果によるもの。もし本当に人の脳を自在に操作できるとしたら、自分の存在するこの現実は、世界は果たして真実といえるのだろうか。
どんよりと鈍い色をした雲に厚く覆われた空を見上げる。
空気が湿り気を帯び始め、お天道様はその姿を隠しがちなるこの季節、そろそろ梅雨に入るのだろう。
特段雨が嫌いというわけではないが、この時期の風は生温く、肌がじめじめと不快になるから苦手だ。思考までもが湿気って、詮無いことをいつまでも考えてしまう。
わかっている。例え仮説が実現可能であったとしても、自分が存在する現実、今この時が自身にとって真実なのだと。脳が見る夢というものは現実世界から派生した延長線のようなものであり、そもそも覚めない夢などない。
けれど、やはり。この世界は、わたしにとって水槽の中の夢なのだ。
今のわたしが生きる、不可思議な世界。現実として存在するここが、架空の物語であるということを、わたしの脳は知っている。
矛盾する記憶が、これは夢だと理解している。
例え頬を撫でる生温い風や、湿った空気を飲み込む感覚が本物のように感じたとしても、ここは夢の中なのだ。わたしという人間を作り上げた歴史は、ここではない別の世界に確かにあるのだから。
ぽつり、と一粒の雫が鼻先に当たる。
冷たさに瞬きをしている間に、今度は頬に雫が落ちてきた。程なくして、乾いた地面にもぱらぱらと斑らに色をつけていく。
「結野アナのお天気予報、当たったなぁ」
淡い檸檬色の番傘を開く。初めて雨に降られた時に買ったそれは、紅い小花の柄で控えめに彩られているのが可愛らしくて、お気に入りのものだ。
確かこれを手に入れたのは前の梅雨の時期だったか。
「もう1年経ったんだ……」
この世界に迷い込んだあの日から。
ーーもう随分と長い間、夢を見ている。
新緑が芽吹く、初夏の始まりの候。時季外れの一本桜が咲いていた。
ひらひらと舞い散る薄紅の花びらは毎年見慣れてるものと大差はないはずなのに、若葉の茂る中で一本だけ乱れ咲くその姿は、一層異様なまでに美しかった。
わたしは特に理由もなくぼんやりとそれを眺めていて、気がついたら『世界』を越えていた。
本当に唐突だった。わたしと桜だけの穏やかな空間に、突如入り込んだ人のざわめきに意識を取られたら、目の前を牛の頭をした二足歩行の生き物が横切っていった。
あまりの驚きに声を出す間も無く、今度は虎の頭をした生き物が煙草を咥えながら通り過ぎていく。しかも、見たことのない形だが、洋服のようなものも着ていた。
有り得ない生き物の姿に後退って振り向くと、一本桜が跡形もなく消えていた。代わりに目に飛び込んできたのは、時代劇のセットのような街並みと、その中に乱立するビルの群れ。ちぐはぐな風景だった。
行き交う人混みのほとんどはちゃんと人間の姿をしている者が多かったが、その格好は着物や袴に着流しなど、いわゆる和装ばかりだった。中にはシャツなどの洋装もいたが、羽織と合わせていたり着物の裾が膝丈まで短かったり、現代では考えられないファッションスタイルだ。
おまけに空には飛行機とは違う巨大な船のようなものがいくつも飛んでいるときた。まるで統一性のない世界は混沌としている。
しかし、笑い声や怒鳴り声のような喧騒はこの風景に当たり前のように馴染んでいて、これこそが正しい在り方というように世界は動いていた。その中にぽつんと立ち尽くしているわたしだけがこの街に溶け込めないでいる。まるでわたしこそがいきなり現れた異分子のようだった。
状況が整理できない混乱の中で、これは夢だと思った。現実のわたしはベッドで眠っていて、不可思議な夢を見ているのだと。
だって、ここに来る前の記憶が全くないのだ。正直ベッドに入った記憶もないのだが、始まりはあの一本桜であることは確かだった。気がついたら桜の前にいて、それを眺めていた。そこに至るまでのきっかけはわからないが、夢というのは脈絡なく始まり唐突に終わるものだ。
そう、これは夢なのだ。こんな可笑しな状況、夢以外にありえない。夢ならいつかは覚めるだろう。
半ば早急に結論づけて、とりあえずこの街を見て回ることにした。
この世界が、どこかわたしの知っている『物語』に似ているーーそんな考えには無意識に蓋をして。
結論から言うと、夢から覚めることはできなかった。
見つけた公園のベンチで何度寝てみても、起きて目に入る光景は変わらなかった。不可思議な生き物と奇妙な格好の人々、ちぐはぐな街並み。
1週間彷徨って得た答えは、やはりここはわたしの知っている物語の世界ーーかぶき町であることだけだった。
実に馬鹿げた話だが、わたしの置かれている現状はいやに現実的だった。
夢の中だというのに時間はきちんと24時間流れているし、太陽の出ている日中は暖かいが、夜になると肌寒い。歩き回って棒のようになった足の疲れは取れないし、ベンチをベッド代わりにしていたので身体の節々が痛い。そして何より、空腹も感じることが問題だった。
ここに来てから一度も食事をしていない身体は、飢餓を訴えていた。飲み水は公園に備え付けのもので何とか凌いでいたが、何も食べずに活動するというのは3日を過ぎた頃から厳しくなっていった。訓練も何もしていないひ弱な身体では5日も経てばろくに動けなくなり、今ではぼんやりと曇天を眺めることしか出来ない。
ここに至ってわたしはようやくこれが現実なのではないかと考え始めたが、すぐにそんなはずはないと否定した。
だって、ここはかぶき町だ。物語の世界なのだ。そんな世界に迷い込んだなんて、あり得るはずがない。
漫画や小説などで異世界に飛ばされるというような話は数多あるが、それは創作だから成立しているに過ぎない。
科学的に異世界が立証されれば話は違ってくるのだろうが、わたしの知る限り現代でそんな夢物語のようなことは聞いたことなかった。ここではないどこかに行けたとして、せいぜい地球を飛び出して月に行ける程度が限界だ。人は宇宙にいけても、異世界には行けない。
切羽詰まる飢餓感の中でも、わたしはまだ自分が夢を見ているだけだと思い込んでいた。このままでは死んでしまうかもしれない。不吉な考えは過ってはいたが、頑なまでに現実であることを否定した。
実のところ最初の頃は物語の主要人物を見てみたいだとか、万事屋のあの人に助けを求めてみたら状況が変わるかもしれないーーそんな楽観的な考えで街を探索してみた。
けれど、見つけることはできなかった。お登勢というスナックはあったが、その二階部分に万事屋の看板は掛けられてなかったのだ。
これが何を意味するのかはわからないが、やはりこれは夢なんだなと思い知っただけだった。わたしの貧困な想像力では、物語の世界を忠実に再現できていないのだろう。
ーーこのまま死んでしまえば、もしかして夢から覚めるのではないか。
視界が霞み、碌な思考しか出来なくなって来た頃、雨が降り出した。
しとしとと降る冷たい雨は、弱った身体を打ちつけてなけなしの体力を奪っていく。
もう限界だった。見慣れない街を彷徨うだけで何の面白みもない夢だったが、1週間よく持ち堪えた方だろう。果たして夢から覚めてくれるかどうかは知らないが、いい加減じわりじわりと蝕んでいく衰弱から解放されたかった。
ぐるぐると回る思考に見切りをつけ、瞼を閉じる。ーーあの人に出会ったのは、その時だった。
運命ともいえるような邂逅。わたしは長い夢を見続けることになる。
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