短期バイト先は芭流覇羅です!(一虎)

俺は双子の姉に死ぬほど似ている。
一緒にいると姉妹?なんて聞かれた回数は数え切れないほどだ。
百歩譲ってそれはいいとして、姉と間違えた人から声を掛けられた時が一番困る。活発的な姉みたいな返しは出来ないし、無愛想だと後々姉に迷惑がかかる。
俺にもう少し身長があれば別人だってわかるのに。



俺は訳あって今は芭流覇羅というチームに所属している。喧嘩の腕を買われて先輩にスカウトされたのだ。俺が喧嘩をする時は眼鏡をかけて黒いマスクをするから素顔を見られることは無い。もし素顔がバレたら姉に流れ弾がいかないとは言えないからだ。
そんな芭流覇羅が東京卍會と抗争をするらしい。
一虎先輩に何回も「予定入れんなよ」と釘を刺された。別に一人くらいいなくてもいいじゃんとは思うけど、一虎先輩は毎回喧嘩のあとに「今日は十人潰した!」とか嬉々として報告してくるから褒められたいのだろう。すごいっすね、とヨシヨシすると嬉しそうだし。東卍とぶつかるときは相手の総長潰したがってたから、いっぱい褒めなきゃなあ。

なんて最初は呑気なことを考えていた。







「先輩、刀傷沙汰はやばいですって」
最近新しく入った場地くんを刺そうとした一虎先輩を止める。場地くんはどうやら裏切り者だったらしいけど、俺としてはそんなことどうでもいい。一虎先輩が年少に行く方がやだった。何だかんだ憎めないのだ、この先輩は。
「邪魔すんなッ!」
「ッ!!」
一虎先輩に殴られて眼鏡が吹き飛んだ。最悪だ。直前まで東卍の奴らと喧嘩してたせいでマスクもどこかいったし、多分素顔が見られた。でも今はそれどころじゃない。
「場地くん逃げろ!」
俺が奪い取って適当に放ったナイフを一虎先輩は再び拾って場地くんの方へ向かう。でもその足取りは覚束なかった。恐らく急襲に失敗して場地くんを正面から見据えたことで刺すことに躊躇いがでたのだと思う。一虎先輩意外と臆病だから。
「一虎ァ、オレは逃げねェよ」
「場地…」
場地くんの言葉に一虎先輩はナイフを落とした。一件落着風だけど、一虎先輩はちょっとメンタルがヘラってるからすぐにナイフを回収する。急に取り乱してグサリとやる可能性もあるから。

「小野寺!何で芭流覇羅に」
「や、特に深い意味は無いけど。先輩に誘われたから?」
駆け寄ってきたタケミチにそう告げれば深い溜め息をつかれた。失礼な、人を何だと思ってるんだ。
場地くんと一虎先輩は何か仲直りしたっぽいし、東卍の総長とも仲良く話してる。よく分からないけど大団円だったみたいだ。
殴り合って友情を深めるとかドラマかよ。と思ったけど口には出さない。目の前のタケミチも割りとそんなドラマチックな人間だからだ。


抗争のルールとか知らないけど、とりあえず芭流覇羅が負けて東卍の傘下に入ることが決まったらしい。
あの後しょぼんとした顔の一虎先輩が寄ってきたが、勿論ヨシヨシは無しだ。人を刺そうとするのは論外です。






「お前、タケミっちの彼女の…」
「はァ?目腐ってるんすか?どこをどう見ても男だろ?」
先程まで半間さんとやり合ってた男に声をかけられ、思わず睨み付ける。こんな場所で姉と間違えられたら危険極まりない。
「わりぃ」と口では謝罪してくれたが、頭の中に「男?」と疑問符が浮かんでいるのがわかる。というか顔に書いてある。
「コイツは橘小野寺。オレの可愛い後輩な」
一虎先輩の紹介に「ッス」とだけ言って頭を下げる。顔を上げてから東卍の総長が「ほんとそっくり〜。オレ区別つかねぇ」と俺の顔を弄り回してきた。姉にそれやったら殺してやる。タケミチが。


「一虎先輩、俺もう帰るんでコレ」
芭流覇羅のジャケットを脱いで先輩に渡す。ようやくこのチームから抜けられる。
「え、小野寺のじゃないの?」
「さあ?俺短期バイトで芭流覇羅だっただけだし」
日給ジュース1本だけど。
「小野寺ァ〜もうオレと一緒にいてくんないの?場地のこと刺そうとしたオレは嫌い?」
ジャケットを渡してからウルウルしてるなあとは思ったけど、タケミチに短期バイトと伝えてから一虎先輩の涙腺が崩壊した。
顔をベシャベシャにして俺に縋り付いてくる。
「場地くんのこと刺そうとした先輩は嫌いっすけど、一虎先輩のことはフツーに好きなんで一緒にいたくないとかはないっす」
「小野寺ァ〜!!!!」
「じゃ、お疲れさまで〜す」
顔をパァと明るくした一虎先輩に告げて即帰る。
後ろから「慈悲がねぇ」とか聞こえたけどもうバイトは終わったんだ。サービス残業断固反対。


✼✼✼✼✼

「マジで帰りやがった」
引いた様子のドラケンくんの言葉に頷いて返す。小野寺が芭流覇羅にいたのにも驚きだし、一虎くんと仲がいいのにもびっくりだし、何より短期バイトって何だ。
「一虎、小野寺東卍に入れたいから協力してよ」
「いいのか?マイキー!」
涙で顔を濡らしたまま嬉しそうにマイキーを見上げる一虎くん。最初に見たときの威厳とかそういうのは既にない。
「場地〜。小野寺の奴がさぁ」
現に今はご機嫌な様子で場地くんに絡んでる。さっきその人刺そうとしてませんでした!?

「そういやタケミっち。小野寺ってやっぱアレか?」
「あぁ、はい!ヒナの双子の弟です」
大体の人は二人の区別がつかないらしいが、オレは明確にわかる。小野寺には惚れた弱みだなと笑われてしまったが。
今は小野寺のほうが髪が長いし、制服も別れてるし、区別つきやすい。けれどナオト曰く小学生のときは同じような服装で似たような髪型をしていたらしい。悪戯好きな二人のことだから、どっちがどっちゲームでもしてたんだろう。

「タケミっち?だっけか。アイツに礼言っといてくれ。助かったってな」
「オレからも頼む。あとあの時の礼も」
「そう、だな」
場地くんと千冬のいうあの時とはオレが芭流覇羅のアジトに連れていかれたときだ。その時は眼鏡とマスクで気づかなかったが、千冬を殴る場地くんを止めたのが小野寺だった。本人に深い意味はなかったと思うけど、小野寺がいなかったら場地くんがどこまでやらされていたか分からない。

「半間さん。もう終わり、な?」
「はぁ?これからだろ?」
「ソイツが死んで場地くんが年少行ったら踏み絵の意味ねェって」
「だりぃ〜」

と結構しっかり止めに入ってくれた。あの会話から察するに、もしかして短期バイトなのに結構いいポジションにいたのかな。
え、なんで?



その時のオレは知らなかった。
ただ稀咲が小野寺の顔に弱いだけだということに。小野寺の「お願い」に何でも答えてしまうことに。
もっと早く気付いていればオレはあそこまで苦労することはなかったのに。







「へぇ場地くん。黒の方が似合うじゃんカッケェ」
「ハッだろ?」
「やっぱ小野寺も場地のほうがいいの?オレも黒着てるよ。似合わない?場地殺す?」
「一虎先輩まじほんとそういうとこ」