今私の上に教え子が跨って座っている。
何を言っているのか分からないだろうが、私にも何をされたのか分からなかった。
一旦状況を整理しよう。
いつものように任務に行き呪霊を捕えた。
取り込むのを後回しにし高専に戻る。確か今日は宿儺の器の兄である虎杖巴に色々と教えなければならなかったはずだ。
呪術師を育成するのは好きだ。任務先で猿を助けるよりもよっぽど有意義だ。
ただ虎杖巴は伏黒甚爾と深い関わりがあると聞いた。伏黒甚爾は野蛮で乱暴な猿だからあまり関わりたくは無いのだけれど。
流石に虎杖巴に伝えることはしないし、表立って態度に表すこともしない。悟と違って私は大人だから。
教室に向かえば虎杖巴は私を待っていたようで、私に気付いてすくりと立ち上がった。
それを手で制しながら、軽く自己紹介をする。
「この前少しだけ会ったね。改めて私は夏油傑。特級呪術師だよ」
「この間はありがとうございます。僕は虎杖巴です。よろしくお願いします」
それで確か、虎杖巴の術式について話しながら色々と試してみて…。
それからお菓子の味が変えられることに気付いて。
そういえば呪霊が不味いって話もした気がする。
そして冒頭に戻る。
椅子に座る私に、向かい合って私に座る虎杖巴。
そして虎杖巴はせっせと私の口にお菓子を運んでくる。ちらりと机を見ると、恐らくチョコレート菓子の包装紙が。あれはウィスキーボンボンか?
アルコールに耐性がないせいか、酔ってしまったのだろう。
「せんせぇ。ね、これも味変わってる?」
舌っ足らずな甘い声で囁く生徒に顔が赤くなるのがわかる。
言われるがままに口にすると、チョコレートのような味がした。
「これ元の味はなんだい?」
変わっているかわからないためそう問いかける。
すると虎杖巴がにぱと笑って答えた。
「せんせぇの呪霊」
は?
いくら生徒に馬乗りになられていてもそう易々と取られるなんて。慌てて探すも、ない。
「まさか本当に?」
「黒くてまるっこいやつ、せんせぇの呪霊でしょ?」
確かに呪霊を黒い球状にしてから取り込むし、さっきまで胸元にしまっていたものが無くなっている。
嘘だろう…。あの不味いものの味すら変えてしまうなんて。
「巴!君は本当にもう!」
「?」
ストレス源が無くなっただけで心がこんなに晴れやかになるなんて。
初めは猿の弟だと忌避していた目の前の生徒が可愛くて仕方ない。
取り込むのを後回しにしてきた呪霊を引っ張り出し、次々と巴に術式を付与してもらう。
ふにゃりと笑って「せんせぇ美味しい?」と聞いてくる姿が堪らなく愛しい。
猿の弟だとか、そんなのどうでもいいレベルで巴を手放したくなかった。どうしたらこのまま手元に置いておけるか、それだけを考えていた。
この子は私のものだ。そのアピールの一環として手始めに名前で呼ばせる。
酔いも覚めてやや照れ臭そうに「傑先生」と呼ぶ巴に熱い気持ちが込み上げる。こんなにも可愛い男子高校生がいてもいいのだろうか。私が同じくらいの年頃のときは悟とメンチ切り合っていたのに。
それにしても、こんな細い腕で呪霊を祓えるのだろうか。教師として心配になる。
彼の兄のようにゴリラ化されても困るが、こんなにも華奢だとすぐに折れてしまいそうだ。
巴の手を掴み指先まで観察する。
女性みたいな手とまではいかないが、一般的な男性の手と比較するとかなりほっそりとしている。私や悟が比較的大きい部類というのもあるだろうが。
そして私が観察していると、巴は少し恥ずかしそうに身をくねらせた。「傑先生見すぎです」と頬を紅潮させていう様子に酷く加虐心がそそられる。
掌にそっと指を這わしてみた。すると巴は擽ったそうに「ひっ」と声を上げ手を引っ込めようとする。それを許さずに手を掴んだまま続けていると睫毛を涙で濡らしながら助けを求めてきた。
仕方ないので手を離す。少し乱れた呼吸がいけないことをしているようで落ち着かない気持ちになった。
「もう!傑先生、擽ったかったんですからね」
涙に濡れた目でそう言われ、背徳感が込み上げてきた。目尻をそっと拭い形だけの謝罪をする。
嫌われたい訳では無いのでまだ手は出さない。
今はまだ。
巴と別れた後も気分が良かった。
長年の苦しみからようやく解放されるのだ。
猿は嫌いだけれど、これからはほんの少しだけ助けてやってもいいかなと思えてくる。
これも巴のお陰だろう。
そうだ、あの子たちにも紹介してあげよう。
歳の近い子がいたほうがあの子たちもきっと喜ぶだろう。
「悟、さっき傑が廊下でスキップしてたんだけど」
──放っておいて大丈夫か?
パンダの言葉に五条は頭を抱えた。
浮かれているとは思っていたが真逆ここまでとは。
そしてその原因が伏黒甚爾に見つかった時のことを考えると、頭が痛くなった。
恐らく当時の夜蛾も同じ気持ちだったのだろうと、高専時を思い出し僅かに申し訳なさが募る。問題児を抱えると苦労する。
但し五条の場合、問題児(巴の周囲)だが。
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