僕には弟がいる


泣き虫で弱虫で臆病な

そんな僕を誰よりも慕ってくれていた


自分の好きな食べ物であっても、いつでも僕と半分こだと言って半分くれるような子だった

自分はもっと食べたいくせに、それでもお兄ちゃんと一緒がいいんだと笑うような子だった



とてもとても大切な弟だった




僕がエレメンタリースクールに通い始めて暫くすると、クラスメイトからいじめを受けるようになった

虐められて泣く僕の目は、いつも帰る頃にはすっかり赤くなっていた

──お目目痛いの?

僕を心配そうに見る弟に虐められてるなんて、言えようか

僕はばればれな嘘をつくしかなかった


弟もエレメンタリースクールに通うようになった

もし弟まで虐められてしまったら、なんて不安を抱える毎日だった

ある日、いつものように虐められていると視界の隅で動く影を見た

そこには弟が強ばった表情で僕を見ていた




僕はその日初めて絶望を知った

弟に嫌われたかもしれない、こんな兄で恥ずかしいと思われたかもしれない

僕は今まで積み重ねてきた兄としての矜恃を失った


そして僕は変わる決心をした


僕には他の人魚よりも5倍多く魔導書の書き取りができる

魔法陣を書く墨だっていつでも吐き出せる

あいつらを見返してやれたら、僕はまたあの子の兄に戻れるはずだ


それからというもの僕は何事にも努力を欠かさなかった

今は嫌われていてもいい
いつかきっとまた僕を慕ってくれるはず

そんな思いが僕の糧だった


いつからか僕のそばにはウツボの双子がいた

彼らは初めて僕を認めてくれた

もう少し、もう少し頑張ればあの子はきっとまた...



そんな願いも虚しく弟は忽然と姿を消した

日の出と共にあの子はいなくなってしまった



──祈りの船に向かう姿を見た

ありえない!だってあの子は僕よりずっと臆病で僕が守ってあげなきゃいけないんだ

本当に?そう頭の中で声が聞こえた気がした


最後にあの子の笑顔を見たのはいつだろう

僕は弟のことを何も見ていなかった


稚魚が祈りの船に行けば、生きて戻ることは不可能だ
きっと骨すら残らない


僕がちゃんと見ていればあの子は死ななかった

僕が弟を殺したんだ



弟が消えてから、毎年弟の誕生日に贖罪のように部屋にプレゼントを置いている

次の誕生日プレゼントはきっと陸のものを買える

僕はNRCから魔法士としての素質を認められ、双子と共に入学する


あの子が喜びそうなものを沢山買って帰ろう




NRCに入学して間モナく1年が経とうとする頃、両親から一通の手紙が届いた

『今年もNRCから黒い手紙が届きました』

ただ一文、それだけが書かれたものだった


もしかしたら、そんな期待を胸に僕は今日オクタヴィネル寮寮長として入学式に臨む



──ねぇ、モナ生きているんでしょう?





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