一番後ろの席というのは、授業中の気分は楽であるが、目が疲れるし集中力を保つのは大変だった。ノートをとっているうちにやはり目がぼんやりしてきたため、隣の席に座っているフロイド先輩を見てみた。ちょっと唇が荒れ気味だ。しかも、下唇の一部が切れているようだった。そんなに人の唇に注目することは普段ないが、今日はなんだか気になった。先輩は血が滲むのか定期的に唇を口内へ吸い込ませることで、その場しのぎをしている。
視線に気づいたフロイド先輩が私の耳元へ顔を寄せ、小声で話しかけられた。
「なぁに小エビちゃん。オレの顔見つめちゃって、オレのこと好きすぎて困ってんの?」
なんでこんな恥ずかしいことを言えるのか、と半ば驚きつつも今は授業中だと彼を抑える態度で接する。
「唇、がさがさじゃないですか。放っておいたらひどくなります」
「んー。塗るヤツ忘れた。小エビちゃん舐めてよ」
「いやです」
自分の胸ポケットからポーチを取り出し、リップクリームを差し出した。フロイド先輩はそれを受け取るとふたを開けてリップを顔に近づける。メントールのスース―とした匂いが、鼻をつく。
「うわ、やだコレ。スース―するの気分じゃない」
「文句言わないでくださいよ」
ポーチを探るけど、無着色のものはこれしかなくて、あとは色がつくタイプのリップしかない。保湿力はあるから今はこれで耐えてもらって、休み時間に購買でワセリンでも買ってもらおう。自分が血色の悪いときによくつける、色の薄いタイプのものをフロイド先輩に渡した。薄ピンクのかわいらしいパッケージを見て、「マジでこれつけんの」という顔をさせたが、唇の乾燥が自分でも不快だったのだろう、受け取って塗り始めた。十分に塗った後は唇を動かして馴染ませていく。少し楽になったのか先輩の機嫌がよさそうだった。
「ありがと、似合う?」
フロイド先輩は私のリップを返しながら顔をこちらへ向けると、薄く色づかせた唇で私に微笑みかける。血色はもとから悪いわけではなかったが、艶が加わって色っぽさも感じた。
「似合ってます」
「小エビちゃん、もっとオレの顔から目が離せなくなっちゃうね」
「いいえ。授業に集中します」
「はーい」
こういうやり取りはなるべく最小限にとどめて、私は黒板に向かう。そして中断したところからまたノートをとり始めた。授業が終わるまで、何度か機嫌のよさそうなフロイド先輩を見て楽しんだ。私は、付き合いたてでまだ知られていない私たちの環境を、面白がっている。
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