実らぬ想い


 にぎやかな休み時間、ボクは席を立つこともなく頬杖をついてはぼんやりと窓の外を眺めていた。春の訪れを感じさせていた桜のつぼみは、昨日の強風でほとんどがとばされてしまったみたいだ。
 ボクは隣の席の、なまえちゃんの声を聞いている。ボクの耳は他の人の声を受け取ることなく、なまえちゃんの言葉のみを受け入れていく。なまえちゃんの言葉ひとつひとつには感情がこもっていて、聞いていてとても楽しかった。ボクが彼女の顔を見れないから声を聞いているだけなんだけど。

 なまえちゃんは近くの席の仲のいい子と話している。昨日みた恋愛ドラマの話のようだ。毎週水曜日、午後九時から放映されている、少女マンガをドラマ化したものらしい。ボクは全然興味なかったんだけど、なまえちゃんがはまっていると聞いたから最近観るようになった。昨日はたしか、幼なじみに恋する高校生ヒロインがストーカー被害に遭い、そこをたまたま通りかかったハンサムな先輩がヒロインを救出、ヒロインは先輩に思わずときめいて幼なじみと先輩のどちらに恋のベクトルを向けたらいいのかと悩む話だったような。……現実にこんな話ありえるわけないだろうと思いながら観ていたけれど、なまえちゃんは「幼なじみが好きじゃなかったのか! そんな顔だけの男に惑わされてはいけない!! 」と熱弁を振るっているから、彼女の中ではありえる話なのかもしれない。

 ……女の子って、ああいう恋愛にあこがれるのかな。運命を思わせるようなステキな展開とか。ボクはゲームを操ることは出来ても恋愛関係とかそういうリアルなものは操ることは出来ない自信がある。
 そうは思いつつも、ボクはいつでもなまえちゃんの気を引こうといつも考えている。たとえば、うっかり国語の教科書を忘れたと言ってなまえちゃんにみせてもらう「忘れ物作戦」、でもこれは何度も実行に移してしまったのでボクはちょうど一週間前彼女に「おとぼけさん」という称号をいただいてしまった。印象づけることには成功したけれど、何かをあやまっている気がしてならない。それでも、恋愛経験はおろか女の子との交流すら乏しいボクにはこれくらいの方法しか思いつかないんだ。

「獏良くんったら、おとぼけさんなんだから」

 フフフと笑いながらこちらに机を近づけてくるなまえちゃんの姿を思い出す。何度見てもかわいい、眉を下げた困り気味の笑顔。なまえちゃんがボクに話すときの声は、まさに他人へのそれだった。ボクはかわいいとときめきながらも、ただのクラスメイト、しかもおとぼけのクラスメイトとしか見られていないのだろうなと焦りを感じる。もっとさっきのような、友達に対する感情を露わにした声で話しかけてほしくなる。あれ、でもそれって友達としてしか見られなくなるってことなのかな……もうわからなくなってきちゃったなあ。

 ボクが混乱しているとも知らずに、みんなはチャイムが鳴ると同時に自分の席へと戻っていった。なまえちゃんも、友達と話すのをやめて数学の準備を始めた。
 授業が始まると、ボクは黒板を見る。当然のことだけど、でも黒板を見るっていうことは、隣のなまえちゃんが少し視界に入るということだ。ついつい、女の子の好みそうなかわいいピンク色のシャープペンシルを持つ白い手の動きや、最近伸びて邪魔になってきた前髪をわずらわしそうによける様子に夢中になる。そうしていると、ボクは板書に集中できなくなって、消しゴムを落としてしまう……よくあることだった。

「はい、これ獏良くんのでしょ」
「そうだよみょうじさん。ありがとう」

 本当はなまえちゃんなんて呼んだことすらない。ただボクの心の中での彼女の呼び方は、出会ったときからずっとなまえちゃんだった。もしかしたら、小学生が先生のことを間違えて「お母さん」と呼んでしまうように、ボクもうっかり、みょうじさんじゃなくてなまえちゃんと呼んでしまう日が来るかもしれない。どんな反応をするだろう。消しゴムを受け取りながらそう考える。消しゴムを受け取るときに手が触れるんじゃないか、とかいう期待は何度もしたけど一向に叶えられなかったからもうあきらめた。
 消しゴムを受け取ってから、ボクはなまえちゃんから受け取った言葉を反芻する。短い会話の間に、ボクからの好きはどれくらい伝わるのだろう、ちゃんと笑顔になれていたかな……後になってから考える。その後に訪れる、またおとぼけさんだって思われただろうか、もうそろそろ厭きられるんじゃないかと自己嫌悪に浸る。そして暗い気持ちになっても仕方がないと悟って板書に戻る……もはや習慣だった。
 どうしたらボクの好意が伝わるんだろう。どうしたらなまえちゃんはボクを好きになってくれるのかな。黒板にその答えはないけど、今はひたすらノートに数式を書き続けるしかない。


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