▼22/6/17: 更新+1 更新
BTBRB +1明治30年 第43話
拍手頂きました皆様ありがとうございます!
沢山のページを読んで下さった方も時間を割いて頂いてありがとう〜
ページ数だけはあるので読むの大変だと思います。どうぞゆっくりしていって。
以下今回の話の解説になります。
解説というか豆知識っぽいと言うか。
読まなくても支障はありませんが(当たり前やろ)、お時間のある方は寄って行ってくださいませ。
ネタバレっぽくなりますので本編読後にどうぞ。
★森鴎外
森鴎外はこう書いてみると中々シュール……
本編中の「ド偉い恩人」は鴎外の従兄弟叔父(祖父の弟の子)の西周で鴎外はこの人のお陰で上京できました。
教科書にも名前が載っている。西は哲学者であり、「philosophy」を「哲学」の訳者として有名ですが、その他にも理性、芸術、科学、心理学、知識、概念、技術といった私たちが普通に使っている訳語を山ほど作っています。明六社の一員。
鴎外が離縁した妻は西周の親友赤松則良の娘登志子になります。西や赤松らは榎本武揚、沢太郎左衛門を含む幕末のオランダ留学生たちで、だからこそ西の怒りも大きかったみたい。嫡男が出来た上でだったので余計だろう。
離婚については森家側が追い出したと言われてましたが、嫁の方が出て行ったという嫁側の新史料が出てきたり。
一口で言える程簡単ではないようで、要するに昔から詳細不明ですが、性格の不一致であったことは確かみたい。
★近世近代の女性観
簡単に引用したのは江戸時代の政治家松平定信の『修身録』です。
「女はすべて文盲なるをよしとす、女の才あるは大に害をなす。決して学問などはいらぬものにて、仮名本よむ程ならば、それにてことたるべし。女は和順なることをよしとす」男尊女卑ここに極まれりってカンジ
★春江さん
広瀬春江は当時の最高水準の教育を受けた女性です。父親がかなり教育熱心で四人の姉妹にそれぞれ異なる教育を受けさせ春江さんは漢詩(結婚前に漢詩集を自家出版してる)。東京女子師範学校附属高等女学校、現お茶の水大の卒業生。この父親が春江の従兄加藤高明を可愛がって支援してたんだあ…本文中の通り岩倉具視の孫岩倉周子に漢学を教えていました。
★東京音楽学校:現東京芸大音楽学部です
★瀧廉太郎・鈴木虎十郎
広瀬と瀧君が知人であったのは確かですが、どの程度の仲であったかは史料では確認できません。ロシア留学中に「荒城の月」の楽譜を送られる位の仲ではあった。この荒城は瀧の中では竹田の岡城、作詞の土井晩翠の中では会津若松の鶴ヶ城になります。竹田の広瀬の実家が真向かいだったのは本当です(生家は西南戦争で焼けていますのでその後の家です)。
瀧の親友鈴木毅一が広瀬の同期鈴木虎十郎の甥でした。鈴木虎十郎は漢詩が得意で号は鱸、広瀬は彼に漢詩の添削をしてもらってました。日清戦争で殉職しています。
瀧君の先輩に幸田延と幸姉妹がいますが、彼女たちは郡司成忠と幸田露伴の妹です。瀧、鈴木、幸田姉妹でよく連れ立って遊びに行っていたみたい。テニスとかしてたって。