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16 モブの恋






高校2年になった春。
クラスに慣れるための席替えが行われて、教室中がざわつきにあふれる。誰が来るかな、期待と不安で少し緊張する。そんなわたしの隣に座ったのは彼だった。

「なぁ教科書忘れたから見して」
「またぁ?日向くんこれで3回目だよ」

わたしの隣の席になった人は日向湊くんという男の子だった。
個性的な格好をしていて、それに負けないルックスも持っている。デザイナー志望というのを後で聞いて納得した。とにかくかっこいい男の子だ。
実は1年の頃から見かけるたびに密かに気になっていたわたしは、隣に座る彼を見てとても驚いたのを覚えている。まさか、こんなナイスアシスト。神さまありがとう、と普段思いもしないことを思ったりもした。

「そう言って見せてくれるからあんたって優しいよな」

言いながら笑う彼に思わずキュンとする。あぁヤバイ、やっぱりわたし恋してる。完全に落ちてる。
ちょっと赤くなった顔を隠しながら机と机の間に教科書を置く。必然的に覗き込むかたちになるので肩が近くなる。触れてもないのに、こんなに心音がうるさい。
あぁ、なんか今日の日向くんいい匂いするな…なんて、先生の声を耳に流しながら思った。


それから時期が過ぎて、また席替えが行われた。
当然、また隣の席になるミラクルなんか起こるはずもなく。わたしと日向くんの席は離れてしまった。
がっくりと肩を落としながら、わたしの席より前、窓側の日向くんを見やる。ノートに何か書いているけど、あれはきっとデッサンなんだろうな。絶対授業聞いてないでしょ。
心の中でツッコミをいれてこっそり笑っていると、授業が終わるチャイムが鳴った。

「なぁさっきの授業課題でてたよな?どこ?」

片付けをしているところにいきなり頭上から声をかけられ、バッと顔を上げると、さっきまで見つめていた彼がたっていた。
「あ、えっとね」
驚きながら慌てて範囲を伝えると、「ありがと」と笑って去っていく。ほんとに授業聞いてなかったんだ。
じゃなくて。
え、
え、なんで
席はなれてるのに。周りに人がいないわけじゃないのに、わざわざ、わたしに聞きに来てくれたの?
他じゃなくて、わたし。

思わず顔がにやけるのがわかった。ヤバイ。ヤバイよ日向くん。
そんなの、期待しちゃうよ。別に好きとかじゃなくても、わたしもしかして特別枠なのかなって。期待、するよ。
その場に残った日向くんの残り香が、また胸をきゅんとさせた。


それから、用事があってもなくても日向くんがわたしに話しかけてくれることが何度もあった。わたしも話しかけに行ったし、その度にいつもみたいに笑って答えてくれた。
他の女子とはそんな風に仲良くしてる風ではなくて、わたしは 自分だけ特別なんだ。そう思って、すこし、舞い上がっていたのだ。


ーーー


その日は日直で、職員室で先生の手伝いをしていたせいで遅くなってしまっていた。
急いで教室に戻る途中で、派手な女の子とすれ違う。
その時いい香りがして、かわいい子って匂いまで良いのか、なんて思わず振り返る。でも今のって、どこかで嗅いだような、うまく思い出せない。すこし立ち止まっているとチャイムが鳴って、ハッとしてすぐ教室に急いだ。

教室にはわたしのカバンと、日向くんの席にカバンがあった。
あ、と思った。日向くんまだ残ってるんだ。もしかしたら、一緒に帰れたり、なんかして。
ちょっと期待しながら心なしかゆっくり帰り支度をする。日向くん、来ないかな。来たら、一緒に帰ろって誘えるかな。

その時、不意に窓から反対側の廊下が目に入る。

さっき、すれ違った女の子、と

「日向くん…?」

気づかなければよかった。見なければよかった。
声に出した瞬間、頭の中で一気にピースがつながってしまった。
あぁ、さっきのあの女の子の香りは、前に日向くんからした香りで、今、むこうの廊下で彼女をみつめる日向くん、の、目。

失恋だ。

あの子が可愛くて、良い匂いがして、日向くんに似合った派手な見た目だからとか、そんなんじゃなく。
日向くんの、目で。
わかってしまった。
あんな柔らかい顔見たことない。いつもの自信に溢れた顔が、ほんの少しだけ弱く、それでいて愛おしそうに、彼女を見ていた。

あ、あ、だめだ。
これ以上見ていてはいけない。
そう思うのに、目がそらせなかった。
胸が、またきゅんとした。
わたし、恋してるんだよ。日向くんに。
だから、そんな顔見たら、つらいのに、どうしてもきゅんとしてしまう。

早く教室を出ないと、ふたりが荷物を取りに来ちゃうのに。
気付いたらわたしは泣いていた。
しゃがみこんで、バカみたいに泣いた。そうしているうちに足音が聞こえてきて、ヤバイ、ヤバイと思うのに、涙は止まってくれなかった。

「、なにやってんの?…は?てか泣いてる…?」

教室に入ってきて、わたしに気付いた日向くんが近寄っては同じようにしゃがんでくれる。
優しい。そういうところが好き。好き。日向くんが好き。失恋だって、わかってるのに、それでもやっぱりこうして声を聞くと。
ここで泣いてすがったら、すこしはわたしを見てくれるのだろうか。

そんな汚い考えが日向くんにバレてしまう気がして、顔を上げることができなかった。
無理やりひねり出して、大丈夫とだけ伝える。日向くんも、そっか、とだけ言ってちょっと躊躇った後「オレ帰るから、あんたも気をつけて帰れよ」ってまた優しい言葉を残して去っていく。
こういうときにそっとしておいてくれるのはきっと日向くんの優しさなんだろうけど、今のわたしにはそばにいて欲しかった。
彼女のところに行かないで、わたしのところにいて。わたしを好きになって。こんなに、こんなに好きなのに。わたし、あなたにこんなに恋してるのに。

「日向くん、いかないで…」

今さらつぶやいたところで、彼は戻ってなんかこなかった。









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