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20 夏R







卒業して2年が経ち、パリでの生活にも慣れた頃。学校が長期休暇に入るため、日本に戻ってきていた。愛しの彼女は今年に入ってから一人暮らしを始め、今日からオレもその家に泊まることになる。期間は短いけれど同棲のようで、心なしか気分が良い。

「あ、こんにちは」
「原さ…あれ、えっと…彼氏?」
「あっ、そ、そうなの!彼氏!えへへ」
「ドーモ」
「そうなんだ、彼氏いたんだ…」
「えへへ」
「……。」

彼女の住むアパートのエントランスですれ違った男に、珍しくりほの方から挨拶をする。この顔はだいぶ懐いてる、と同時にオレの存在を認識した時の様子からしてあの男も大方りほを狙っていたのだろうと勘付く。
嬉しそうにオレを紹介した彼女を見て、鈍いというのは罪なことだと思った。

「さっきの人ね、お隣さんなんだけどね、たまたま同じ大学の同級生でね、良く話しかけてくれるんだ〜。1限とか一緒に取ってくれたりするの」
「ふーん」

適当に相槌を打ちながら、やっぱりな、と思う。同じアパートと言うだけならまだ良かったが、隣の部屋となると少し近い気がする。というかなんで女子専用のアパートに住まないんだ。彼女のことだから警戒心はきっとゼロに近くて、うっかり部屋にあげてしまったりしそうで気が気じゃない。
あれだけオレに襲われておきながら、男という生き物を理解していないのだ。いつもかわいいかわいいと言い聞かせているのも、本心からではあるけれど、自分は狙われる立場なのだと自覚を持って欲しいからでもあるというのに。
これは少し牽制が必要か、と思案して思わず口角が上がった。

………

「ん…っ、ふ、ぁ…っ!」
「っ、は」
「や、まってひゅがく、あっ、んんっ…は、げし」

ワンルームの部屋は、見た目とは裏腹にシンプルを好む彼女らしく白を基調としてまとまっていた。
壁側に配置されたベッドはシングルで、2人で寝るには少し狭いが、抱き合ってしまえば問題なかった。

「激しくされるの好きなくせに」
「ちが、んゃっ、…っ!ん、ふ……っ!」

久しぶりに彼女に触れて止まらなくなっている腰を欲のままに振りながら、善がる姿を見下ろす。
前よりも少し痩せたような気がする。ただでさえ細いのに。背を仰け反らせると浮き出る肋に指先で触れると、擽ったそうに身をよじる。

「…くち、抑えんな」

声を抑えようと口元に当てられた手を掴むと抵抗しないように指を絡ませてベッドに縫い付ける。涙目でオレを見上げながら、必死に声を抑えようとする顔が加虐心を煽る。感じるたびに指に力が入ったり抜けたりして、オレの手に必死に縋るようなその姿にすら興奮した。

「だめ…っはぁ…ん、や、ぁ…っ声、でちゃ、」
「出せばいいだろ」

わざと彼女の弱いところばかりを突いて、必要以上に激しくして。どうすればりほの箍が外れるのかは、とっくに熟知していた。

「ん、…っだ、め、ぁ…っ!んん…っ、声、聞こえちゃ…」
「…聞かせてんだよ、」
「?、ん、何…、なんて言っ、あん…っ!」

彼女に聞こえるか聞こえないかの声で呟くと、握っていた手を離し、膝裏を掴んで思い切り開く。のしかかるように前屈みになると、さっきよりも奥を抉っているのがわかって背中にゾクゾクした快感が走った。

「なんでもない、ほら、こっち見ろ」
「あ、あっ、やぁ…っ」
「オレのことだけ考えて、」
「っ、う、ぁ…っ!あ、ひゅがく、んっ、あ、ぁ…っ」

耳元で囁くとそれだけでもビクビクと感じるのが可愛くて、そのまま彼女の弱いところを掠めるように腰を動かしながら、奥へ奥へと円を描く。繋がったところはもうぐちゃぐちゃで、動かすたびに水音がした。

「っ…かわい、っはぁ」

蕩けた顔でオレのことを見つめ、開いたままの口からだらしなく声を漏らしているりほの身体中にキスをする。
見えるところは嫌がるから、胸に、脇に、二の腕に、印をつけては満たされた気持ちになる。目があって笑うだけで、中がきゅうと締まるのが可愛くて可愛くてしかたない。

お互いに名前を呼びながら抱きしめあうと、背中に回された手が爪を立てた。


………

「たぶん3時くらいには授業終わるから連絡するね」
「わかった」
「んふふ。…あ、おはよう!」

翌日、昼からの授業だという彼女を玄関先で見送っていると隣の部屋から昨日の男が出てきた。りほは何も気づいていないのか普通に挨拶をしているが、相手の方は明らかに動揺している。

「!、…お、おはよ」
「あれなんか今日顔色、っわ!」

会話を続けようとする彼女の肩を抱き込んで、胸に引き寄せると男の顔が少し固まるのがわかった。

「昨日、煩かったですよね。すいません、あんまアパート慣れてなくて。以後気をつけます」

そう告げた瞬間、あれが作為的だとわかったのか軽く睨まれるが知ったことではない。オレのものに勝手に好意を持ったお前が悪い。

「!ちょ、ひゅがく」

腕の中で暴れるりほを解放すると、警戒する猫のごとく距離を取られる。オレじゃなくて他の男を警戒しろと言いたくなるが、今は気分がいいので許そう。
りほは隣の男に向き直ると心配そうに「ごめんね昨日、そんなに煩かった?」などと言っているが、きっと生活音か何かのことだと勘違いしているのだろう。思わず吹き出しそうになって、やっとの事で我慢した。

「…いや、大丈夫…じゃあ、原さん…えっと、また」
「あ、あ、うん…!またね!」

りほのセリフで完全に脈がないと気づいたのか、すっかり元気のなくなった男を笑顔で見送る。我ながら彼女が絡むと本当に意地が悪い。と、思っていたらりほが素早く振り返る。

「ちょっと!日向くん!なんで人前でそやってくっついたりするのー?!」
「そっち?」
「えっ?どっち?」

本気でわかっていない顔の彼女が面白くて、笑いが溢れる。

「いや分かってないならいいけど、あんたも無意識で声抑えられてなかったし」
「え…?、あ!?え!?さっきのってまさかそういう…!?」

案の定、今になってやっと気づいたりほは顔を赤くして慌てだす。

「それ以外になにがあるんだよ」
「や、やだ!なんか普通にごめんねとか言っちゃった!違いますって言わなきゃ」
「なんでだよ、違わないだろ」
「だ、だって恥ずかしいじゃん…!どうしようもう顔合わせられない…!」

そのためにやったんだよ、とは言わずにいたが、上がる口角を抑えることはしなかった。意地悪ついでに、玄関先だというのも構わずに抱き込むと、耳元に唇を寄せる。

「今日は頑張って抑えような」

そういうとバッと身を離して、口をぱくぱくさせながら真っ赤な顔で睨んでくる。心なしか涙目で、相変わらずオレのツボを突くのが上手いなと思った。

「かわいい、顔真っ赤」
「ばか!ばか!もう学校いくからね!ばか!今日はもう普通に寝るんだからね!」
「そんなこと出来ると思ってんの?」
「し、しらない!ばか!いってきます!!」
「ん、いってらっしゃい」

赤い顔のまま、怒り散らして出て行くくせに、いってきますは律儀に言うところがまた彼女らしくて可愛らしい。
彼女が帰るまでまだ時間がある。今日も彼女を堪能するために、何か美味しいものでも作ってご機嫌とりをしようとオレはワンルームのキッチンへ向かった。






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