私はボロい団地に住んでいる。パパは死に、ママはナイトワークをしている。ママがどこまで捨てているのかは知らない。そして今日、私は大人になる。この場所で、今まで生きてきた自分を捨てるんだ。

「怖い?」
「え?」

暗がりで眼鏡も外しているのに表情は分かるらしい。一也は私の手を握った。狭い部屋で見つめあうとハッと目が覚め急いで返事をする。

「怖くないよ」
「でもボーッとしてたし」
「ママの顔が浮かんだの」
「これからヤんのに?」
「でも安心したよ」
「そういうもん?」
「そうならない?」
「わかんない 俺母親いねえから」
「そっか」

そこからは何も話さなかった。代わりにキスをして布団の上にもたれ込んだの。
お互い初めてだけどあらすじはなぜか知っているし、一也は任せろと体を撫でてくれた。服を脱ぎ捨てて抱き合うと暖かくてびっくりする。お風呂に入ってるみたい…そう呟くと一也は笑って足を絡ませてきた。目の前にある月明かりに照らされた鎖骨が綺麗で思わず触ってしまう。

「くすぐったいんですけど」
「だって一也の体キレイなんだもん」
「…それ男のセリフじゃない?」
「ごめん 言っちゃった えへへ」
「お前も…」
「え?」

うっとりしていたら一也が上に乗っかってきた。そして首筋にチュッチュとキスを落としていく。こそばゆくて耐えられないかも。すこし抵抗すると耳を舐められてビクついた。え、汚くないの?

「キレイだぜ」
「え…」
「なまえ」
「…」
「まじで」

シンプルな殺し文句に私は簡単に折られてしまい、目を反らした。こんなド直球な人じゃなかったはずなのに。その隙におっぱいを揉まれる。でももう私は折られてるから抵抗しない。
一也はありえない所をたくさん触って私をじわじわさせた。指先から優しさと緊張が伝わってくることに快感を見いだせる。

「声 加減したほうがいいよな」
「いいよ別に。そんなの」
「いやいや」
「ここはどこかしらからアンアン聞こえてくるし。怒鳴り声とかも」
「まじで」
「だから大丈夫」
「いや余計大丈夫じゃねえから」
「え どうして?誰も気にしないよ」
「聞こえやすい場所だから聞こえないようにすんだろ」
「へ…?」
「バーカ」

うん でも…私には一也の言葉が理解出来なかった。隣の部屋の男性が二週間前に死んだことを思い返す。オーバードースだったらしい。アル中の主婦が 馬鹿よねえ〜と話しかけてきて知った。所詮こんな場所なのに。

余計なことを考えても目の前に一也はいるしかっこいいし好きだし。そこからは必死になった。
でも一也のあそこが入ったとき、なぜかパパが思い浮かんだ。タンスの上のあの写真。あれでしか知らないパパに声をかけられたの。パパ なんて言ったの?聞こえない 聞こえないよ。

セックスがどこからどこまでなんて分からないけど、とりあえず終わって服も着たのに飽きずにまたキスをしている。もしかしたらまだセックスは続いているのかもしれない。
不思議と恥ずかしさはない。このまま汚い感情もぜんぶ見てほしいくらい。頭が空っぽになった気分でボーッとキスしたり猫みたいにすり寄ったりして甘えてる。体を気遣ってくれたり 照れ隠しで冗談を言う一也が可愛いと思った。こんな感情今まで感じたことはなかったのに。隣にいる一也が今まで見てきた一也と違って見えている。いとおしい。

すると玄関から物音が聞こえた。ママが帰ってきたんだ。
「ワオ 邪魔したわね、ごめんね」
暗がりでも部屋の雰囲気を察したらしいママはいつもの笑顔で あなたが一也くんね、と言った。ママの帰宅であっけに取られていたらしい一也は急いで立ち上がり挨拶をした。もう物凄い勢いで頭を下げて。それを横目に私は一言、おかえりと出迎える。ただいまとママは言う。一也を除けばいつもと変わらないやり取りだった。

「あ、お腹すいてるんじゃない?これ食べてね、一也くんも」
ママはテイクアウトの牛丼をビタミン剤とかが散らばった机の上に置いた。二人分のご飯。朝はいつも買ってきてくれて一緒に食べているから。そんなママに一也はまたペコペコ頭を下げた。
ママは私の為に生きている。必死で高い学費を稼いでいる。彼女は私がいなければ今頃死んでいたと言う。私がいなければ幸せになれるのにと私は思っている。

「じゃあ少し出かけてくるわね」
そしてまたバッグを持って玄関へ向かうママを呼び止める。

「え、ママも一緒にいようよ」
「はい!いや、つーか俺が帰るっす!あ いや、帰ります!」
「ううん 二人でゆっくりしてなさい」

朝には帰ってくるからね と微笑んだ背中を見送ると、永遠の別れかのように思えて寂しくなった。ママはなにがなんでも帰ってくる人なのに、どうしてそう思ったんだろう。
ワリーな母さん追い出しちゃってしかも初対面が布団の上なんて俺クズすぎて笑えないんですけど と頭を抱え落ち込みモードの一也にお茶を差し出す。砂漠で見つけた水かのように一気に飲み干していた。いやママはそれくらいで動揺しないような人だしクズなのは私だよ大丈夫。
少し落ち着いて牛丼に食べることにした。お腹がすいてたもんだから二人して出所したてなんじゃないかって勢いで食らう。吸い込む。おいしい。涙目になる。早くも ごちそーさん母さんにお礼言っといて と手を合わせた一也は、私が食べるところをジーッと見てにやついた。なになに?

「なまえは母親似なんだな」
「そうかな?」
「超似てた」
「一也は誰似なの?」
「さあな〜 ウチの実家遊びに来たい?」
「絶対いきたい!」
「あははっ犬かよ」
「約束だからね」
「はいはい でも布団は別にしような」
「…気にしてる?」
「いーや全然?今度菓子折り包んで土下座するくらいには?」
「そこまでなの? ごめんってば」
「お前意味ありげに母さん帰ってこないっつってたろ…」
「うん夜わね。朝になると帰ってくるよ ママだもん」
「それならそう言っとけよ!変に誤解してたんですけど」
「ごめんなさい…」
「…お前アナーキーすぎない?心配になるレベル」
「ここじゃ普通だよ」

それっきり一也はなにも言い返さなかった。その代わりに私の口元にへばりついた米粒をとって食べてくれた。そしてからかうように笑いかけてくる。それに私も笑い返す。幸せだ。窓の外を見ると、もうすぐあの瞬間が来ることが予感できた。


マジックアワー
朝日が昇る。ベランダで二人。並んで無言で眺める。
とても綺麗。この瞬間を待ってたの。
ジワジワと雪崩れ込んでくる光を浴び、体からエネルギーがジワジワ湧き出すのを感じる。生きている
今日ここで、私は大人になったんだ。



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