内容:アホとアホが電光石火ではじまる
わたしは今、イケメンにおっぱいを触られました。
よく分からないんです。お昼休みに学校の庭にある自販機にもたれて空を見ていたんです。特に好きでもなんでもない歌を何気なく口ずさむ、日常によくある状況。
男はオオカミなのよ〜
気を付けなさい〜
オオカミが〜ラララララ〜……歌詞忘れた
SOS!SOS!これ誰の曲だったかなあ、なんて思いながらボーッとしてたんです。そしたらジュース買いに来たっぽい人がいたらしくて、その人間違えて自販機のボタン押す代わりにわたしのおっぱい押しちゃったみたいなんです。
「あれ?えっと…わ、わりー!」
「え?」
「ボーッとしててよく見てなかったわ!」
青ざめた顔でパチンッと両手を合わせて「マジごめん!」と言ってくるこのイケメンをわたしはうっかり屋さんだと思った。だっておっぱいをボタンと勘違いするなんて、アジア人から黒人が生まれるくらいの急展開でしょ?もう言い逃れできないレベルじゃん!
声も出せず絶句中のわたしと、「ヤベェ!ヤベェよオレ!」と頭抱えながらあたふたしてるイケメン。そんな中お金を入れたのに注文が無いとしびれを切らせた自販機が、釣り銭の所からチャリチャリ〜ン!とレベルアップみたいな音を立ててお金を返却してきた。その音で冷静になったわたし達は、お互いの顔を見合わせた。さきほどの顔面蒼白から頬っぺたを少し赤くしたイケメンに恐る恐る声をかける。
「あの、なんか、えっと」
「触った…よな?オレ触ったんよな?!」
「う、うん。触った。たぶん」
「マジ、その、マジ、ごめん!この責任は絶対とるから!」
「責任…?わ、わたし悪いことしてないよ…!」
「は?ちっげーよオレが悪いことしたの!アンタはなんも悪くねえの!分かる?」
「分かる、かも…」
落ち着けと言いたげにわたしの両腕を掴んで目線を合わせてくるこのイケメンにドキドキする。まるで狂ったわたしを諭しているみたいなこういう状況、映画とかで見てて憧れてたの!誰かにされてみたかったの!
嬉しさを隠しきれなくて、体を揺さぶられながら両手で自分の顔を覆って幸せを噛み締める。するとわたしの両腕を掴んでいた手がするりと離れていった。名残惜しくてイケメンを見上げれば、焦りと懺悔に満ちた表情を返された。
「やっべ…とりあえず今時間ねーからわりー!放課後校門で待っといてくれる?」
「え?コウモンってどこ?」
「校門は校門だろ?!とりあえず友達にでも聞きゃいいから!」
「友達に聞けばコウモンがわかるの?絶対?」
「絶対わかるから!じゃーな!」
手でステイみたいなジェスチャーをしながら去っていくイケメン。トイレが我慢の限界みたいな急ぎ方で走っていっちゃった。わたしはその場に崩れ落ちて、さっき起こったことのリプレイとコウモンが一体どこなのかを考えていた。
「忘れモン!」
「きゃ!」
不意にさっきのイケメンがまた現れて、自販機に取り残されたお金を乱暴に掴んだ。
「放課後な!」
念を押すようにわたしに一言だけ伝えて、また去っていった。一瞬の出来事にわたしは頭が追い付かなくて、とりあえず教室に戻って友達にコウモンの場所を聞きに行こうと立ち上がった。
わたしは今、例のイケメンの部屋にいます。
よく分からないんです。お昼休みの痴漢事件からフワフワしていた私は、友達に言われた「なまえ?どうしたの目やばいよ、薬でもキメてきた?」というセリフで目を覚ました。そしてその子からコウモンの場所を無事確認した。
「なーんだ、学校の入り口のことなんじゃん!」
その時わたしが発した言葉がこれだった。
「やっぱりキメてんじゃないの?」
その後返された言葉はこれだった。
かくして放課後、わたしは従順に校門でイケメンを待った。そんなに待たずして従順にイケメンも現れた。「じゃ、行くか」なんて言われたもんだから放課後デートする気分になってドキドキ。特に何か話すわけでもなく、前を行くイケメンの後頭部を眺めながら歩いていると寮に辿り着いた。
「まあ、汚いけどごめんな」
汚い要素はなさそうなのにそう言われ、色んなモノが散らばったカジュアルな部屋に通された。そして「適当にくつろいでて」と気まずそうに言葉を残してイケメンはどこかに行ってしまった。
部屋には飲みかけのコーラやファッション雑誌があって、床には様々な洋服がランダムに分散されていた。見回すと海外のバンドっぽいポスターとかオシャレなカーテンとか見えて、イケメンのセンスが伝わる空間だと思った。
「うーん…とりあえず、何しようかなあ」
少し考えてベッドで横になる事にした。だって適当にくつろいでろって言われたしね。仰向けになる。天井を見ていてもつまらないので瞼を閉じた。息を吸い込むとイケメンの匂いがする。人間味があって、爽やかで、本当にここで生活して、生きてるんだなって感じの匂い。
「いい匂いする…」
単純にそう思うんだよ!この匂い、好きだなあ。早くも眠くなる。
でも羊を数える間もなくイケメンが帰ってきてしまった。咄嗟に目を開けてドアの方向を見ると、イケメンは唖然として私を見ている。
「あ、飲み物持ってきてくれたんだね」
イケメンの両手に持たれたジュースを見て、私はそう言葉を投げかけた。しばらく口をあんぐりしていたイケメンは我に返ったのか、ジュースを机の上に置いて部屋の中を右往左往して行ったり来たり。
「やべーよマジかどうなってんだよコレ現実?誰か教えてくれよやべーマジやべー!マジ?こいつマジで?!」
「あの…」
「ありえるか?こんな事が!夢見てんのか?すげーリアルな夢だな、あれオレなに言ってんだよアハハ笑えすぎてウェーイなるわ、」
「あの、すみませーん…」
わたしの呼び掛けも聞こえていないのか、呪文みたいに何か唱えながら頭を抱えてうろうろするイケメン。うーん、何かのおまじないなのかな?わたしの部屋でそれされたらイヤだけど、ここ彼の部屋だし。もしかしたらいつもやってる儀式なのかもしれない。我慢して彼を見守る。あれ、鼻がむずむずする。
「どうする?!オレどうしちゃう?!答えろよオレ!オレに聞いても分かんねーよ!バカだろオレ!つーかこの女がバカだろ!いやオレがバカなのか?!答えろよオレ!でもやっぱり…」
「ハックション!!!」
「うおッ?!」
「ごめんなさい、くしゃみしちゃった」
「…」
くしゃみと共に肩をビクつかせたイケメンは今度はジッとわたしを見た。テヘ。照れ笑いで謝る。きゃー恥ずかしい。イケメンの前でくしゃみなんて!
彼も彼で特にリアクションすることもなく、熱い眼差しでわたしを眺める。だから余計にいたたまれなくて、彼に向かってごめんなさいを込めた笑顔を向けることしかできない。
「あのさ、アンタさ…」
こっちに近づいてくるイケメンから目をそらすことも出来ずに、危機感を覚え出してしまう。自分の笑顔が引きつっていくのがわかった。
「…そういうことかよ」
「え?」
いつの間にか真正面りんご1個分くらいの距離にイケメンの顔があって、その整った顔の背景はさっきつまらないと思っていた部屋の天井。
急展開に状況が一つしか掴めない。理解できるのは彼の目だ。この目を見たことがある。男の人がオオカミになる瞬間。スイッチが入った一瞬の目。わたしはこの目がとにかく好きだった。
「こういう事だよな?」
「え?……んんっ!」
やっぱり!
ガブリ、ガブガブとチューをされてしまったのだ!
チューなのに、チューなんて的はずれな言葉、誰が考えたんだろう…。
そう思うくらいに激しくて、情緒のこもった熱いチューをされて気持ち良くなってしまう。気持ち良さと感動で涙がでそう。鼻息が顔にかかってキュンキュンする。こういうキス大好き。やっぱりこのイケメンは私が憧れ求めているモノを全部叶えてくれる本物。私には彼の舌を受け止めることしか出来ないけど、この感動が伝わればいいなあと思う。
そして体にも刺激みたいなものを感じはじめた時に、彼の唇はゆっくりと離れていった。
「オレのこと、知ってる?」
「…知らない、かも」
息が顔にかかるくらいの距離で聞かれた。頬っぺは薄く赤づき、熱を帯びた色っぽい目つきだった。それにも翻弄されつつも息絶え絶えに正直に答えると、彼は少しだけ体を離して何故かホッとしたように苦笑いをこぼした。緊張の糸が解けたみたいに。
「オレ、ヒーロー科」
「ふうん」
「上鳴電気って名前」
「バッチリ覚えました」
「名前は?」
「えっと…、みょうじなまえ」
「なまえちゃんね。普通科?」
「うん、一年の普通科」
「同い年だわ」
「そっか〜」
「オレのことどう思ってる?」
まくし立てるように質問されて、どうもこのイケメンは焦っているようだった。わたしがイエスって誓えばすぐスタートって感じ。でも少し我慢しつつ「どう思ってる?」なんて。質問が遠回しなのがとてもキュンときてしまった。そこに恥ずかしくなって両手で顔を覆う。呼吸を整えて、そしてまた彼を見つめてこう返した。
「かっこいい!」
ほんとにそう思ったんだもん!
笑顔が隠しきれなくてえろい雰囲気を壊す声で返してしまったが、電気くんはびっくりして嬉しそうに「え、」と呟いた。
「電気くんやばいよ。わたし落ちちゃったかも」
「…マジ?!」
笑いながら うんうんって頷くと、電気くんもなにかが面白かったのか、ははっと笑った。至近距離で見る人の笑顔ってキュンとくる。
ずっとアピールを込めた目で見ていると電気くんはまた何かを察したらしい、さっきのテンションの上がりようが嘘みたいにかっこつけて「へえ、可愛いことするんだな」とわたしを見下ろした。
少し開けられていたカーテンの間から暗くなりはじめている夕空をみると、満月がギロッと私を見ている。ドキッ。よく出来たように、オオカミの遠吠えが聞こえた気がした。
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