涼州の戦い後


空き地にぽつんと転がっている鞠。時折吹く風に転がっていってしまいそうで心配になるそれは、紫色の地に黄色や緑色の糸も使われていて、とても上品だ。わたしは木箱に腰かけて、鞠の様子をぼんやりと眺めていた。
義元さんが持っているのと似ている気がするけど、彼のだろうか。というか、鞠を持っている人を、義元さん以外に見たことがないんだけど。

先日の義元さんたちを見る限り、蹴鞠というのはサッカーに似ている。そもそもサッカーの起源ともいわれているらしいから当たり前といえば当たり前か。

それにしても、あれをうまく蹴り上げるなんて普通の人ができるわけ?
そう訝しんで、わたしはむむむと眉を寄せる。

「そんなに見つめては、鞠に穴が空いてしまいそうだね」

そう言ってわたしを覗きこんできたのは、魏の軍師である郭嘉さん。はっと我に返ったわたしの前で、彼はふふと穏やかに微笑んだ。
わたしはといえば、すっと立った彼の腰がずいぶんと高い位置にあることに驚く。スタイルよすぎだろ。

「義元殿に感化されて、蹴鞠に興味が湧いたのかな?」

「ある意味、興味はありますけど…」

ある意味?と首を傾げた後、郭嘉さんは「そういえば、彼らと出会ったとき凪殿も一緒にいたそうだね」と話を向けた。

「ああ…鮑三娘ちゃんに連れていかれたんです」

「それはぜひ私もおつき合いしたかったな」

苦い顔のわたしに向かってそんなことを言う郭嘉さんに、本当に?という視線を向ける。彼は笑みを深めたけど、これは楽しんでいるだけで本気で来たかったわけじゃなさそうだ。
人知れず穏やかに暮らす人々の国があるという話を聞いて興味を持った劉禅さんと、そんな劉禅さんを心配した関索さん。関索さんにくっついていたい鮑三娘ちゃんに、とはいえ1人はなんだか心細い鮑三娘ちゃんの前を運悪く通ってしまったわたし。この4人で涼州まで行くはめになってしまったのだ。

「蹴鞠の国をね、作りたいんですって」

自分の膝に視線を落として、わたしは独り言のように口にする。

「蹴鞠の国?」

「義元さんと元親さん」

蹴鞠の国ってなんだ?と今でも思うけど、確かにあそこには妖魔と人が共存する国があったことは間違いない。妖魔の中にも穏やかに過ごすことを望む人がいるんだと思うと、やりきれない思いがする。

「ただの理想なのかもしれないけど、人とか妖魔とか関係なく、しあわせに暮らせたらいいなってわたしも思います」

「…そうだね」

なぜだか泣きたくなったわたしに、柔らかい声が降ってくる。

「きっと楽しいだろうね」

そう言われて、涼州で男性陣が蹴鞠をしていた場面が浮かんだ。4人で輪になって鞠を蹴る。蹴る…というか、足に当てて誰かへ渡す、みたいな。元親さんの言う蹴鞠の声なき声、の意味はよくわからないけど、優しいスポーツだなと思ったっけ。

「やってみるかい?」

そんな声に焦点を郭嘉さんに合わせると、彼の視線がつ、と鞠へ流れた。わたしも誘われるように鞠を見る。
と、ここでやはり先ほどの疑問へ返る。

『普通の人でもうまく鞠を蹴ることができるのだろうか?』

ここでいう普通の人というのは、運動神経がよくも極端に悪くもないという意味だ。というか、わたしにできるのかということだ。
要はサッカーのリフティングってことでしょう?遠い昔遊びでやった記憶があるけど、3回できたらいい方だったような気がする。しかもその3回もむりやり数えたというだけで、あっちこっちボールが飛んで行ったのが実状だ。
ということで、答えは否である。

「わたしへたくそだから、きっと鞠をぶっ飛ばしちゃうと思うんです」

「それはいいね」

楽しそうに笑う郭嘉さんに、笑いごとじゃないんだけどと思いながら下を向く。

「気にする必要はないよ。皆が助けてくれるから」

蹴鞠とはそういうものだろう?と言われて、わたしは驚いて顔を上げた。

「どうかしたかい?」

「元親さんも、同じようなことを言っていたな、って思って」

助けてもらうことは悪いことじゃないって、わかってはいる。わかっていても、自分のこととなるとそれがなかなか難しい。相手に迷惑をかけるんじゃないか、嫌な思いをさせるんじゃないか、めんどくさいやつだと思われるんじゃないかと。だけどあのとき、互いを支え合えばよいのだと口にしていた彼らとなら、少しはそんなことも考えずにすむのかもしれない。

「郭嘉さん。元親さんと義元さんと劉禅さんと関索さんと鮑三娘ちゃんも誘ってもいいですか?」

もちろん、と微笑む彼に、さらに続ける。

「みんな上手なんですよ?関索さんの運動神経もすごかったけど…なにより元親さんの、体の軸がぶれない感じがすごくきれいで――」

「凪殿」

急に名前を呼ばれて、知らず遠くを見ていたわたしは彼に視線を戻す。郭嘉さんは腰をかがめてわたしとの距離を詰めた。
近づいた顔のきれいさに、彼も同じ距離で自分の顔を見ているんだと思ったら、恥ずかしくて背を向けてしまいたい衝動に駆られる。その気持ちに必死で抗っていると、郭嘉さんは別角度から爆弾を落としてきた。

「私以外の男を想ってそんな顔をされると、嫉妬してしまうのだけど」

真意が理解できず彼を凝視して固まるわたしに、郭嘉さんは困ったようにも楽しんでいるようにも見える顔で微笑む。どうしていいかわからないわたしは、とりあえずみんなを誘ってくると言ってその場から逃げ出すほかなかったのだった。

いつもの軽口…だよね?


後記5以前の義元はやっぱり癒しだなと思います(急な裏義元も好きですが)。この涼州シナリオの人たち、みんなすごくマイペースというか自分の世界持っているというか…な人ですよね。絶対かみ合わなさそうなのにかみ合ってるのが不思議。よくこのメンツを集めようと思ったな。
とにもかくにも、笑みがこぼれるムービーでした。元親の体幹がめちゃくちゃよさそうなのが地味にツボ。
調べたところによると、曹操も蹴鞠を訓練に取り入れていたとかいないとか。郭嘉は…スマートにこなしそうでもあるけど、あの長い足でわざと思いっきり蹴り飛ばしてても面白い気がします。
最後のセリフで、彼女が元親を意識し出すか自分を意識し出すかどっちに転ぶかな、と彼女の背中を見ながら郭嘉が1人楽しそうにしていればいいなと。どっちに転んでも、結局自分を意識するように持っていくんでしょうけど。