陸遜さんから特に指示のなかった甘寧さんが1人で暴れ回っていることに、特に不安はなかった。むしろ彼らしいとさえ思っていた。
それなのに、砦に1人で閉じ込められたなんて。甘寧さんなら大丈夫だと思うのとは反対に、いてもたってもいられなくてわたしは駆け出す。
息も絶え絶えにたどり着いたら、固く閉ざされた砦の扉が行く手を阻む。ああもう!そんなに体力ないんだぞと思いながら、そこらに落ちていた刀を拾い、必死で扉に向かって振り下ろすわたしを、心配してついて来てくれたと思われる仲間の兵士が止めようとする。甘寧殿なら敵を蹴散らしてくれますよ、あなたの手がぼろぼろになってしまいます、そう言って引き離そうとする彼らを振り切って、どうにかぎりぎり抜けられるだけの穴をこじ開け、甘寧さんに駆けよる。
もらった!と敵の声が聞こえた気がして、そのまま彼を突き飛ばした。2人で倒れ伏した瞬間、どすりとなんとも重い音をさせて矢が地面に突き刺さる。
無意識なのか、甘寧さんの両手がわたしを守るように腰と頭に回されて、ぎゅっと抱きしめられた。
「お前、怪我してねえだろうな?! 」
必死な形相でがばりと起き上がって怒鳴るようにそう言う彼に、首を縦に振る。立ち上がれずへたりこんでいるわたしを背に、甘寧さんは仁王立ちになった。その背中がとても頼もしい。
「待ってろ、すぐ片づけてやっからよ!」
彼の言葉通り、あっという間に周りの敵がばたばたと倒れていく。最後に残った1人が、甘寧さん越しに悪意のこもった目でわたしを睨みつけた。
「くそ!その女さえ来なければ名のある将を仕留められたものをっ」
どうやらこの男が、甘寧さんを陥れた張本人らしい。
「うるせえ、きっちり落とし前つけさせてもらうぜ!!! 」
甘寧さんの無双乱舞をまともに喰らって、男は地面に倒れた。
たった数分のうちに何十人もの敵を倒す様子を、わたしはぽかんと間抜けな顔をして見ていたらしい。目の前にしゃがんだ甘寧さんが、心配そうにひらひらと顔の前で手を振った。そのヤンキー座り、すごく様になってる。
「…おい…変なとこ打ったか?」
「え、いえ…」
よし、と立ち上がった甘寧さんが、わたしに手を差し出した。
「よっしゃ、そんじゃぼけっとしてねえで行くぞ」
そう言う彼の手を取った瞬間、手のひらに痛みが走って顔をしかめた。ぎょっとした甘寧さんが、わたしの手をひっくり返す。そこはさっき何度も振り下ろした刀の柄の痕や、切り傷擦り傷でいっぱいだった。これは思いの外ひどい。
認識した途端、じんじんどくどくと手の表面からも内側からも痛みがやってきた。しかも力任せに刀を振るったからか、指の関節も変な風に固まってしまっている。最悪だ。両手ともこれじゃあ日常生活も満足に送れないじゃないか。
「だ、だいじょうぶです」
これくらい、と立ち上がろうとしたら、すとんと腰が落ちてしまった。腰が抜けたのか、普段使わない筋肉を使って足が使い物にならなくなったのかはわからないけど、尻もちをついたようなこの格好はなんとも情けない。
「す、すみません、ちょっと休めばだいじょうぶなので!」
「……」
見下ろす甘寧さんがなにごとか考えている風で、無言の彼にいたたまれなくなったわたしは言葉を続ける。
「だからあの、先に――、」
行ってください、と言い切らない内に、甘寧さんが再度しゃがみこんだ。
「よっ、と」
そんな掛け声と共に感じる浮遊感。わたしの膝裏や背中を支える腕の感覚がとてもリアルなくせに非現実的で、頭が混乱する。しかもなんかもう腕の感触だけじゃなくて、こうも密着すると甘寧さんの上半身裸なことが嫌でも思い知らされるというか。
出会って最初の頃はなんつー格好してるんだと違和感しかなかったはずなのに、いつの間にかそれが当たり前になってたんだなと、こんな状況で再認識するはめになるとは予想外だ。そして甘寧さんに横抱きにされるなんていうのも予想外だ。米俵みたいに担がれるなら想像できるのに。
どうしたらいいかわからなくて、とりあえず体を固くして縮こまる。しがみつく場所を探さなくていいのは、きっと彼が力持ちで、こんな体勢でも安定しているからだろう。
「…あの、甘寧さん。本当にだいじょうぶなので…その、おろしてもらえると…」
視線なんて上げられるはずもないので、自分の揺れる膝あたりを見ながら頼む。
「あん?」
あ、今きっと甘寧さんの眉間にしわが寄った。実際見てないけど、たぶん。
「放っとけるわけねぇだろ。お前のおかげで俺は今生きてんだからよ」
「え、いやいや、そんな大げさな!」
わたしは驚いて、顔を上げて首をぶんぶんと横に振る。彼はそんなわたしと、地面に突き刺さった矢を交互に見た。
「いいや、大げさじゃねぇな。お前が俺を突き飛ばさなかったら、ありゃど頭射抜いてたぜ」
わたしは矢の軌道とかさっぱりわからないけど、戦慣れしてる甘寧さんが言うんだからそうなんだろう。必死でここまで来た甲斐があったと思うと同時に、あと少し遅かったらと思うと背中がひやりとした。
「だから、まあ、なんだ…これくらいさせろ」
ぽつりと呟いた彼に、わたしは今度は素直にはいとうなずいた。
それじゃあ少しだけ、甘えてしまおう