晋:興勢山の戦い後


曹爽さんはあまりよろしくない。頭がなのか人としてなのかはたまた両方なのか。これまで接点がなかったから分からなかったけど、今回司馬師さんたちと一緒に来た興勢山で、曹爽さんの自己中っぷりを見てしまった。これは司馬懿さんや春華さんや司馬師さんや賈充さんに凡愚とか無能とか愚物とか阿保とか言われても仕方ないレベルだと思う。残念ながら。あの司馬昭さんにも頭かやる気が足りないとか言われる始末だ。

何の命令らしい命令もなくとりあえず敵を倒せだとか、敵の言うことにいちいち反応したりだとか、後先考えず勝手に突き進んで危なくなったら助けろ助けろ騒いでみたりとか、よくそれで今まで生きてこれたなと呆れる。
彼の言動にこっちがいちいち反応して先回りして、どうにか撤退できた今、どっと疲れが襲って来た。

「どうだ、無能を相手にした心境は」

隣で曹爽さんを心底蔑むように見ていた賈充さんが、ちらりとこちらに視線を投げた。

「なんというか、とりあえず疲れました…」

わたしがそう言うと、彼はくく、と喉を鳴らした。

「そこ、笑うとこでした?」

「いや、お優しいことだと思っただけだ」

なんというか、曹爽さんの力量うんぬんをどうこう言うより、お風呂に入って寝たいというのが正直なところではある。まあ、ただ言うとしたら。

「でもまあ…ある意味、介護ですよね…」

子どもやお年寄りじゃあるまいし、自分のことは自分でどうにかしてほしい、と続けると、賈充さんは今度は愉快そうに口元を歪める。

「あの、賈充さん」

ふと、戦いの最中何度も賈充さんに助けてもらったことを思い出し名前を呼んだ。呼んだ後で、あからさまに助けられたわけじゃないし、うぬぼれるなと言われてしまいそうな気がして口ごもる。とはいえ、このままごにょごにょしているとそれはそれで怒られそうだ。
思い違いだったらすみません、ととりあえず前置きしてから口を開く。

「あの…わたしのこと気にしてくれて、ありがとうございました」

「………」

何の感情も見せずこちらを見る賈充さんに、言わなきゃよかったかと後悔して視線をさまよわせたとき、「死なれては困る」と届いた言葉に驚いて焦点を合わせる。たまにわたしの状況を確認するように視線を投げてくれたり、タイミングよく彼の武器が飛んできたりしたのは気のせいじゃなかったみたいだ。
なんだかうれしくなって、顔が緩むのをとめられない。

「子上がお前のことを気にかけていた。さっさと顔を見せてこい」

「…もう少ししたら、でもいーですか?」

今はこの場所が心地よく、離れるのは名残惜しい。ふん、と息を吐いた賈充さんが否定しないのをいいことに、勝手に肯定だと受け取った。

「それにしても、賈充さんの戦い方ってすごいですよね。味方でよかったって、心底思いました」

間近で彼の戦いを見たのは初めてだったけど、斧がそこらじゅうを飛び回って敵を切り裂く様は、味方だから頼りになるものの、敵だったらと思うと寒気しかしない。彼の言う通り、人が傀儡のように見えてしまうのだ。恐ろしい。

「そう思うなら、下手なことはしないことだ」

くぎを刺すように言われたけど、わたしが彼に反する未来は来ない気がする。たとえなにがあっても。まあ、実際どうなるかなんてわからないんだけど。

「たぶん、わたし…これからも賈充さんと一緒にいると思います」

そう言うと、彼は呆れたようにふっと笑んだ。

なんだかんだ優しい