N:長良川の戦い後


あれ?

庭の岩陰にしゃがんで、隠れているんだろう後ろ姿を見つけた。どう見ても利家さんなそのでかい図体は、ちゃんと隠れられてるんだろうか。なにをやってるんだろうと近づいて肩を指でつつく。

「っっっ?!」

びくんと肩を跳ね上げてこっちを向く利家さんにわたしまで驚いて、おぉと小さく声が漏れた。
途端に人差し指を唇に当てられる。
よくわからないまま頷いて、彼の隣にしゃがみ込んだわたしを確認すると、利家さんは庭の真ん中あたりを指さした。見ると信長さんと帰蝶ちゃんの姿が見える。
最初はぎくしゃく…とさえいえないな、なんだろお互いそこまでの干渉もなく名前だけの夫婦っぽかったけど、あの2人もちょっとずつでもいい感じになってきているとうれしいんだけどと思う。
とはいえ、帰蝶ちゃんのお父さんがいなくなって、この世界の親子関係がいいのかどうなのかわからないけど(娘を刺客にするわけだし)、でもやっぱり悲しいよなと思うと複雑な気持ちになった。

「――好きに生きたらどうだ」

もうお前を縛るものはないと、信長さんが帰蝶ちゃんにそう告げる。帰蝶ちゃんは迷子みたいな顔をして、それでも考えてみると答えた。

そこまで見届けて、利家さんとわたしはその場を離れた。信長さんは厳しいしある意味酷いけど、なんだかんだ優しいんじゃないかと思う。わたしの世界での有名なイメージとはなんとなく違うような。激しいは激しいんだけど、ちゃんと優しい。だからうまくいってほしいと思うし、少しずつだったとしてもうまくいくと思う。

「なあ、」

なんだか言いにくそうにも聞こえる声音が降ってきて隣を見ると、利家さんが言葉を探すように視線を彷徨わせている。

「好きに生きるってのは、そんなに考えなきゃいけないもんなのか?」

もちろんそれはさっきの帰蝶ちゃんの態度からの疑問だろう。

「…そうですねえ…」

わたしの意見が全女性の意見だと思われても困るから、あくまでもこれはわたしの考えですよ、と前置きをする。

「そもそも好きにっていうのが壮大すぎて、なにしていーかわからないですし、全部自分の責任っていうのも重いです。まあそれくらいの思いや覚悟がないと、そんな生き方できるわけないのかもしれないですけど」

利家さんはじっとわたしを見て、真剣な顔をしている。

「好きなことをしろって言われるのは、ちょっとだけ突き放された気もするんじゃないでしょうか。詳しくはわからないですけど、帰蝶ちゃんみたいに自分の生きる道が決められていて、それに従うのが役目だと思っていたんだとしたら…」

こうしろと決められる方がどれほど楽だろうと思う。本音を言えば、俺についてこいと言われたいところだ。

「そう簡単にはいかねぇか」

利家さんから溢れた言葉が重く響く。

「でも……だからこそ、信長さんや利家さんがとても眩しく見えるんだと思います。帰蝶ちゃんも、わたしも」

「そりゃありがてぇけどよ…」

ぽつりと空を見上げた利家さんがつぶやく。そしてその視線がわたしに落ちた。

「お前らには、何があっても味方でいてくれるやつがちゃんといるってこと、忘れんな」

そう言うと早足で歩き出した、利家さんの大きな背中を追いながら、突然目の前が開けたような不思議な幸福感を感じていた。

それって、誤解しちゃいそうなんですけど