「凪」
名前を呼ばれて振り向いた先には、半蔵さんが立っていた。太陽が空の1番高いところに昇った頃のことだ。
静かにわたしを見つめる彼に、どうしたんですかと問おうとしたら、
「こちらへ」
と手を引かれた。
縁側に連れて来られ、肩を並べて座る。ゆるやかな風は夏から秋へと姿を変えようとしていた。
半蔵さんの横にお茶のセットが用意されているところを見ると、ここで話をすることは予定されていたらしい。
わたしは足をぷらぷらさせながら、なかなか話し出さない半蔵さんに問いかける。
「…あの、なにかご用では?」
「うむ」
そう言ったきり口をつぐむ彼に、どうしたんだろうと首をかしげる。
「…最近どうだ、食事はしっかり摂っているか?」
なんだそれ。
やっとしゃべってくれたと思ったら、久しぶりに会った父親かとつっこまれても仕方のない言葉のチョイスに、わたしはいぶかしみながら口を開く。
「…食べてます…ていうか、今日も一緒に朝ご飯食べましたよ…?」
「…うむ…」
なんだかんだご飯を共にすることも多いのだから、わざわざ聞かなくても知っているんじゃ…というニュアンスを交えて答えるわたしに頷いて、またなにごとか考えるように押し黙る半蔵さんは、一体なにが言いたいんだろう。
「…睡眠は、取れているのか?」
「え、まあ…それなりに」
そこでふと、体調を心配されているのかもしれないと思うに至る。特に不調はないつもりだけど、顔色でも悪いんだろうか。
「あの、わたし具合悪そうに見えます?」
自分の顔を指さすと、図星だったのかこちらを見た半蔵さんの瞳が揺れたように見えた。
そう思ったのも一瞬で、彼はまたついと前を向いてしまう。
「…何事か思案するように、ぼんやりとしていることが増えたように、わしには見える」
そう言われ、今度はそんな自分に心当たりがあるわたしが口をつぐむ番だった。
「あのようなことがあったばかりだ。お主も辛いだろう」
「、……」
あのようなこと、が、先日の瀬名ちゃんの一件であることは容易に知れる。
はっきり言って、なにが起こったのかわからなかった。恥ずかしいかな、彼女が言った言葉が本当なのかなにかを守るためのうそなのかすら考えられず、ただただ困惑していただけだった。
あれからずっと、なんで瀬名ちゃんを助けられなかったのか、どうすればよかったのか、そんなことばかりが浮かんでくる。
「それは、そうです、けど……でもわたしなんかより、みんなの方が、苦しいはずです」
こんなふらりと現れたわたしより、ずっと長くそばにいただろうみんなの方が、どれほどつらいか。わたしなんかの痛みは足元にも及ばない。だからそんなそぶりは見せないつもりだったのに、弱いわたしは、隠しきれずに半蔵さんに心配させてしまった。
――違う。こんなの綺麗事だ。
「そのように気に病む必要はない」
眉を寄せてうつむいているわたしに、半蔵さんの静かな声が落ちる。
「凪は若に負けず、心根が優しいのが、美点でもあり難点でもあるな」
ちらりと視線をやると、困ったように優しく微笑む彼の顔が見えて、心が痛んだ。
いい人でありたいと思うし、できるだけそうあるよう行動しているつもりではある。ただそう思うということは、すなわち根っからのいい人ではないということと同義なのだとも思う。そして矛盾する理想と想いでがんじがらめになっている自分が、どうしようもなくもどかしい。
「わたしは、優しくなんかありません」
膝の上に置いた手は、知らないうちに力が入り冷たくなっている。
結局のところ、わたしは自分が1番かわいいのだ。色々と考えてぼんやりしていたのは確かだと思う。だけどそんな姿、見せないようにすることもできたはずだ。誰かに気にしてほしかったから、そこまで必死に隠さなかったにすぎない。
ぎり、と奥歯を噛みしめていると、そっと湯呑みが差し出された。
受け取ると、手のひらにじんわりと伝わるあたたかさに、目の前が涙でにじむ。
「…わしは、凪のことを探っていたことがある」
と、半蔵さんの声が響く。視線を向けると、彼はどこか遠くを見ていた。
「別世界から来たなどと、信じられなんだからな。すまん」
「、いえ、そんな」
少し考えれば想像のつきそうなことではあるのに、平和ぼけした頭では調べられているなんて思い浮かびもしなかった。
吐露するまでもなく、見られたくない姿まで見られてしまっていたのだろうか。先ほども思ったように、自分は善人ではない。人を妬ましく思ったことも疎ましく思ったこともあるし、それが顔や態度に出ることだって嫌というほどある。そんな自分を見て、彼はどう思っただろうか。
ふいに半蔵さんがこちらを向いた。向けてもらえるはずのないその柔らかな瞳に耐えきれず、視線をはずす。
「お主は優しい」
「…そんなこと、ありません…」
かわいくない、と自分でも思う。でも、優しいと言われることがなぜだかとても重く感じて、否定が口をついて出ていた。
「誰に対しても、いつ如何なるときも、人のことを第一に考えられる人間というのはほとんどない。だからと言って、その者たちが非情なわけではないだろう?」
「…それは、そうだと思いますけど…」
視界の隅に映る半蔵さんが、まだこちらを向いているのが見える。いたたまれない気持ちばかりが膨らんで苦しい。
「凪は優しいと、わしは思う。苦悩することも、もがくことも、なにも間違ってはおらん。むしろ、器用でこそないが一生懸命生きているお主だからこそ、大切なのだ」
半蔵さんの声が一段と優しくてあたたかい。
その言葉を聞いたとたん、なにを思うより先にぼたぼたと涙が落ちた。
ああ、そうか、と思う。わたしはずっと怖かったのだ。なぜ必要とされる人がいなくなるのに自分がここにいるのか、矛盾ばかりでなにもできない自分に意味などあるのか、いっそのこと自分がいなくなったほうがよかったのではないかと。
半蔵さんの手が、ゆっくりとわたしの背中をさする。大丈夫だとでもいっているようだ。
「……本当に、間違ってないと思いますか?こんなわたしでも、ここにいていいって…」
しばらくして、わたしは半蔵さんに問いかける。彼に全てを押しつける、とてもずるい質問だと思いながらだ。
それなのに、半蔵さんが優しく強く頷いてくれるものだから、また泣きたくなってしまった。
もうあんな悲しいことが起こらないように、わたしも半蔵さんを手伝わせてもらおう。と、湯呑みを持つ手にぎゅっと力をこめた。
大丈夫、ちゃんと歩いていける
後記
ある意味サイバーズギルト的な彼女のお話です。なぜ自分が生きているのか、なにかしなければいけないのではないかと色々な気持ちでがんじがらめになって苦しくなってしまうことってあると思います。人は死にどうしてもひっぱられてしまうものなのかな、とも。それを服部半蔵の言動がほどいてくれるのですが、無口なイメージの彼の優しくて愛情深いところ、脳内ではめちゃくちゃ再生されているんですが、申し訳ないことに半分も表現できていない気がします…。どうか皆さまの脳内で増し増しで再生してくださいませ。
そして信康についても、服部半蔵もこの話の彼女も本当ならもっと思うところがあるはずなのですが、ゲームではモブということで、その感情は瀬名に注がせてもらっています。
ちなみに季節は、史実より秋の設定にしています。