M:北近江の戦い後


晴れたその日、光秀さんと利三さん、そして鹿介さんが、織田家へと旅立つ。
明るい陽の光が、3人の進む先が正しいことを暗示しているような、だけどその明るさが逆に不穏にさえ感じてしまうような。

またどこかで、と挨拶を交わしその背中を見送る。そのまた、は来るのだろうか。
これが彼らを見る最後かもしれないと思うと、姿が見えなくなってもその場所から動けない。

スマホで連絡を取ることもできなければ、電車で目的地まですぐ行くこともできないこの世界。1度別れてしまえば、再会するのは本当に奇跡といってもおかしくないんだと思う。そんなことを考えていると、ふわりと空気が揺れた。この穏やかな空気は確かめるまでもない。

「行ってしまいましたね」

後ろ髪を引かれまくっているわたしを見かねたんだろう。やって来た義景さんが口を開く。
視線も動かさずに、そうですね…と呟いた声は、自分でも心ここに在らずだとわかってしまうようなぼんやりとしたものだった。

「凪殿」

気遣うように呼ばれて、ようやく彼へと顔を向ける。

「あなたも行きたかったのではないですか?」

「え…」

「日々を共にした彼らと離れるのは心苦しいでしょう」

彼の言うように、もう光秀さんの真面目ゆえの天然発言に驚くことも、利三さんの苦労話を聞くことも、鹿介さんの天真爛漫さを微笑ましく思うことも、みんなで一緒に笑い合うことさえないのかと思うと寂しい。
わたしも行きたいと言えば、きっと行けたんだと思う。
だけどわたしは。

「わたしは――」

あれ、もしかして義景さんはわたしも一緒に行ってほしかったんじゃないだろうか。ストレートに言いにくくて回りくどい言い方をしたんじゃないだろうか。急にそんなことを思ってしまった。そう思うと怖くなって、言葉を切って下を向く。

風に流れた雲が太陽を隠し、影が地面を覆う。

「わたしも…一緒に行ったほうがよかったですか?」

意を決した言葉と共に視線を上げる。

「、そういうわけでは…!」

そこで見たのは、普段からは想像できない焦った様子の彼の姿だった。わたしは驚いて目を丸くする。

「すみません、誤解させるような言い方でしたね」

義景さんは眉を下げて視線を落とす。さっきのわたしみたいだ。

「凪殿にはここにいてほしいのです。ですが、私のわがままのせいであなたを縛ることになるのではと、そんな考えばかりが心を離れません」

「……この世界で安寧を守るって、すごく大変だと思うんです」

唐突に思えたであろうわたしの発言に、義景さんが顔を上げる。

「わたしのいた世界でだって、穏やかに暮らすって…思っている以上にむずかしくて」

「凪殿…」

わたしは一体どんな顔をしたのか。義景さんの表情が痛々しそうに歪んだ。

「この世界でなら、なおさらむずかしいんだと思います」

人はよくも悪くも独りでは生きられない。相手がいれば、否応なく心が乱されることもある。
先の戦いのように、戦いたくなくても周りの状況がそうはさせてくれないことだって、1度や2度というわけにはいかないだろう。

「わたしは生きる意味とか使命とか、あんまりよくわかりません。だけど義景さんのそばは居心地がよくて…そんなあったかい場所をわたしも守りたいと思うんです。だから、どこにも行きません」

よければですけど…、とどうしても弱気にならずにはいられない自分を情けなく思いながらも告げると、予想外の言葉が返ってきた。

「先ほど言いましたよね、あなたにはここにいてほしいのだと。――その言葉の意味を、理解していますか?」

「…いみ…?」

噛んで含めるように尋ねられ、その言葉を反芻する。
風が舞いあげたわたしの髪を、優しい手つきで耳にかけてくれる彼の手の感触と困ったような微笑みに、きゅうと心臓をつかまれた気がした。

ちょっと待って、わたしの穏やかな日々は…