三成の認識を改めるif


彼のことをどんな人かと聞かれたら、わたしは『いつもぴりぴりしていて怖い人』だと答えるだろう。
もちろん、彼本人や彼の近しい人には、そんなこと口がさけても言えるものではない。とまあそんな苦手意識のある相手が、なぜに今わたしの前に座っているのか。ちょっと前まではあっちの方で清正さんや正則さんと口げんかしていたはずでは。隣に座る左近さんに隠れようにも、相手は自分の真正面だ。


春になって暖かくなってきた今日この頃。
花開いた桜が見頃で、ただきれいだなと思っていたら風やら雨やらで散ってしまうことも多いのが桜。その儚さもよさではあるのだけど、わたしなんかはちょっと切ない気持ちになってしまう。
そんなふうに感傷に浸っていたら、秀吉さんが花見をすると言い出した。こんなに見事な桜、みんなで楽しまにゃもったいない!ととても楽しそうに言うものだから、こちらまで明るい気持ちになる。

集まった人たちのうれしそうな表情に、さすが秀吉さんだなあと感心して、普段なにかと気にかけてくれている左近さんが1人盃を持つのを見つけて声をかけた。一緒にどうですかと隣を勧められてそこに座る。彼にお酌してお返しにお酌をされて、ちびちびとお酒を飲みながらお団子やおにぎりを頬張っていると、ふらりと三成さんが現れた。
先に述べたように、わたしは三成さんが苦手だ。その彼が、なにを思ったかわたしの前に座ったのだ。左近さんと話しに来たのかと思ったのに、特に会話をする様子もなくただただお酒を注いでは飲んでいる。左近さんから話しかける様子もないし、いったいどういう状況だろう。

楽しいはずのお花見も、これでは楽しむどころではない。
向こうでは利家さんの腹踊りが始まって、それに秀吉さんまで加わったらしく、笑い声や軽快な音楽が聞こえてきた。

…ああ、桜がきれいだなあ…。

顔を上げて、ある意味現実逃避してやり過ごそうと思っていたのに、じっとりとまとわりつくような視線を感じる。いたたまれなくなって視線を戻すと、酔っているのか据わった瞳がこちらを見つめていた。

「………」

居心地が悪くて、ちょっと他の人にもあいさつしてきていいだろうかと、わたしは腰を浮かしかける。

「どこへ行く」

「え……」

「なぜ俺をさける」

「いや…さけてなんて…」

直球を受けて視線をそらしたわたしを、半眼がにらむのが目の端に映った。

「そんなでまかせが通用すると思うのか?」

今だけの話ではないぞとその瞳が物語っている。ううううう…とうなりながら、恐いのだと言ったらどうなるだろうかと勝手に頭が動いた。きっと彼とは一生気まずくなるだろう。わたしは今より彼をさけるだろうし、彼だって、そんな相手にわざわざ友好的に接したりしないだろう。そもそも友好的な彼など見たこともないのだけど。

さあ言え、ほら吐けと言外に言っている彼に、それはパワハラというんですよと心で思う。

「………恐いんですよ…」

と圧に負けてしぼり出したと同時に、ああ、彼との関係が終わってしまった、と思った。まあ、始まってすらいないのだけど。
そしてそれが、 始まる未来すら失った寂しさとか残念さとか、おおげさに言えば絶望とか、そういう類いの気持ちなのだと気づいて、わたしははてと首をかしげる。

自分はそんなに八方美人だったかな、と思うのと同時に、

「怖い、だと?」

と、地を這うような声が響いた。意外な自分の感情に、目の前にいる三成さんを意識の外に追いやっていたのを否が応にも引き戻されて、「ひ、」と反射的に声が漏れる。

「俺のどこが怖い」

そこですよと言っていいものか迷って、いやもう察してよと泣きたくなる。

「それは…その…」

「どこだと聞いている」

言い淀むわたしに、食い下がる彼。
下を向いて彼の顔を見ないようにしながら、わたしはぎゅっと目をつむり、腹に力をこめて息を吸った。ああもう!と半ばやけくそ気味に口を開く。

「そう いう とこ です よ…!」

決死の覚悟で吐き出して、恐る恐る視線を上げると、眉間にしわを寄せてめちゃくちゃ怒っている彼がいる――かと思いきや、眉間のしわは深いものの、それはどちらかと言うと思案している表情で、肩透かしを食らう。

「そういうとこ…」

彼は顎に手を当てて、わたしの言葉をぽつりと繰り返した。なんだか思っていたのと違う。

「そういうとこ、とは具体的にどういう所だ」

しばらく考えていた彼が、わたしに視線を合わせた。
ククッと隣で小さく喉の鳴る音がして横目で見ると、左近さんが楽しそうに盃を傾けている。説明してくださいと目で訴えると、「そういうお人なんですよ」と小さく笑った。
 
え、じゃあこれもしかして、気を悪くしたわけじゃなくて、本当に素直に聞いているだけ、ってこと?
 
言葉尻が少し強いから高圧的に取れなくもないけど、今までのやり取りを考慮すると彼にそんなつもりは微塵もないということだろうか。自分でも都合がいいとは思うけど、なんだか目から鱗が落ちたようで、彼に対する恐怖心が急になくなった。むしろ裏表がなくて、わたしけっこう好きかも。と思うと、今まで重かった口がいささか軽くなる。

「えっと、言葉がちょっと強いというか…」

「ふん」

「ちょっと顔が怖いというか…」

「元々こういう顔だが」

「…ですよね」

まあわたしもコミュニケーション能力は低いので、三成さんに助言できる立場ではない。しかもがんばればがんばるほど力が入って言葉がきつくなるのだから、わたしこそ怖いとか気が強いとか思われるんだろうなと、元いた世界での悩みが思い返されていたたまれなくなった。そしてふと、そんなわたしと彼は少し似ているんじゃないかという気がした。だからだろうか、今までなら怖いと思っていたであろう彼の言葉が、どこか心地よくすら感じるのは。

「三成さんさえよければ、そのままでいいと思います。三成さんのこと、ちゃんとわかってくれている人もいるんだし」

左近さんをちらりと見ると、当の本人は素知らぬ顔をしている。でも彼のことだからちゃんと聞いているのは間違いない。
自分のことをわかってくれている人がいれば、誰になにを言われていても大丈夫だと思うのだ。そういう人がいるということは、三成さんはちゃんと人と繋がりを持てる人だと思うから。
この世界でそれだけで通用するかはわからないけど、でも大丈夫だと思いたかった。

「だから多少高圧的でも、顔が怖くても、大丈夫だと思います」

「俺を馬鹿にしているのか」

「え、違います、そんなこと――」

いや、よく考えれば確かにひどいことを言ったな、わたし。

「すみませんそんなつもりは…!」

慌てて謝ると、「ふ」と三成さんが笑った。いつも怖い顔をしているからわからなかったけど、とてもきれいに笑うその顔に心臓が跳ねる。

「お前の世界の人間は皆そうなのか?」

「え?」

「馬鹿正直でお人好しなのかと聞いているのだ」

…わたしって馬鹿正直でお人好しだと思われてたのか。そもそもわたしみたいな人ばかりだと困るんじゃ。ていうかそれこそ馬鹿にされているのでは?とか色々と頭に浮かんでどう答えたものかと困っていると、ふわりと吹いた風が桜の花びらを舞い上げた。

「お前のような者ばかりの世界なら、平穏であろうな」

花びらを追っていた視線を三成さんに戻すと、彼はどこか遠くを見つめていた。淋しそうにも見えるその顔が、桜と重なって、なぜだかわからないままに目頭が熱くなった。

どうか彼が笑って暮らせる世界をください


後記もともとは、怖いイメージしかなかった三成の顔がいいことに気づく、という話の予定だったのですが、いつの間にやらなんだか違う方向にいってしまいました。もっと明るい感じになる予定だったのに、はて。
ところで、三成はお酒強いんでしょうか?そういうエピソードがあったかどうかは定かではありませんが(史実では弱くはなかったようです)、とりあえずこのお話の中では目が据わるくらいに酔ってもらいました。そうでもしないと彼女に話しかけられなかったというシャイなお方です。三成は彼女の優しさとか強さを知っていたのですが、彼女の方は彼が苦手で逃げていたわけで…。
とまあ最初は三成に苦手意識があった彼女ですが、実のところ人一倍一生懸命なところとかうまく人と接することができなくてもどかしい思いをしているところとか、三成の中に自分を見ているような気がして、だからむしろ苦手だったのかも、とも思います。
今後彼女は、彼の人生が自分の学んだ歴史通りに進んでしまうのではないかという不安と、そうではないかもしれないという希望で余計に胸が締めつけられるのではないかと。救いはそばに左近がいることでしょうか。