護るべきもの


それは、私が天寿を全うする数年前の話――。

同属の中でも長く生きてしまった私は、その日の昼間も、陽の光を避け、壁の陰に溶け込むように身を寄せていた。
すると、下から「なにみてるんだ?」と少年の声がした。
数秒おいて、「これあてておとそうぜ」という声と共に、ドン、とすぐそばで大きな音がして壁が揺れた。
私は驚いて跳んだ。着地というには不様だったが、下に生えていた草が体を受け止めてくれた。
そもそも、これくらいで死ぬようにはできていない。
「どこいった?」という声に、さっさと逃げるべきだと思ったものの、急に光の中に出たものだからうまく体が動かない。
「これトカゲ?イモリ?あれ?ヤモリ?」「それ、しっぽきってもはえてくるんだよ」「ほんとかよ、やってみようぜ」
人間の子どもというのは残酷だ。その残酷さがすなわち悪とは言わないが、迷惑に越したことはない。
確かに我々は自切できるようになっている。なってはいるが、こちらも全くの無傷というわけにはいかない。
回復させるには体力も精神力も生命力も必要だ。
今の私が尻尾を切られることは、致命的だと言えるだろう。
そんなことを考えている間にも、少年の1人が鋭利な石を振り上げた。
よく生きたものだ――そんな諦観が胸をよぎる。
「やめて!」
突如少女の声が響いた。
驚いた少年の手元が狂い、石は私の尻尾の側腹に衝撃を与えた後、地面で跳ねて転がった。
裂け目を刻まれた尻尾は、静かに蝕まれてはいたが切断は免れたようだ。
先ほどの声の主は、私の様子を見て目を見開いた。
黒目がちな深い琥珀色の瞳が揺れている。
誠実そうで真っ直ぐな目をした少女だった。
一瞬その場に静寂が落ちた。
その隙に私は草むらへ入り姿を隠す。
「あーあ」「なんだよ」と言う声は聞こえたが、追ってくる様子はない。

あの少女の顔が、なぜだか頭から離れなかった。



* * *



あれから数年が経ったある日、私は天寿を全うした。とはいえ、なにも特別なことをしたわけではない。ただ生き、ただ死んだ。

地面にへばりつくように死んでいる生き物など、気持ち悪がられるだけで捨て置かれている。
私の金糸雀色の瞳は光を失い、白銅色の体はより白くなった。
自分の体が干からびていく様子を、まさか外から見ることになろうとは思わなかった。
魂というものは実在するらしい。
不意に、影が落ちた。
少女がひとり立っている。
嫌悪されるのだろうと思ったが、意に反して少女はしゃがみ込み、私の体をじっと見つめた。
見上げた少女は、『彼女』だった。
あの日、私を助けてくれた彼女だ。
数年の月日は彼女を少し大人にしたようだった。
だが、あの誠実で真っ直ぐな瞳は変わらない。
彼女はそっと、私の尻尾に触れた。
そしてあの日と同じように――いや、少しばかり違う感情も混ざっていたかもしれないが――目を見開いた。
まさか理解したのだろうか、あの日の私だと。
そんなはずはない。彼女にとってあの日の出来事など、なんの意味も持たないのだ。
人間のような感情に自嘲する私の前で、彼女は悲しそうに顔を歪めた。
彼女は何も言わなかったが、風に乗るように声が聞こえた。
『ごめんね』
『わたしのせいなの』
『わたしがあなたを見つけたから――』
『いたかったよね』
『ごめんなさい』
彼女はもう一度、私の尻尾を優しく撫でた。
そして朽ち始めた私の体をそっと抱き上げ、柔らかな土の中に沈めた。
その前に小さな白い花を供えると、彼女は静かに手を合わせた。

もし 希いが叶うのならば――


ただあなたの守宮とならんことを