世界の終わりもひとりじめ



 ふと目が覚めた。
 寝起きの思考で辺りを見渡すと部屋はまだ真っ暗で、ぴったりとくっついて眠るサイボーグの瞼は閉じられている。ってことは、いまは夜明け前だ。
 変な時間に目が覚めてしまった。
 ごしごしと目を擦れば視界が暗闇に馴れてくる。
 隣で静かに眠っているジェノスをなんとなく見つめ、きれいな顔だ、と何回目かの確認をした。
 色の薄い肌は暗闇のなかだと余計に白く見える。さらさらと流れる金色の髪はとてもやわらかそうだ。それから、瞼にある二重のうっすらとした線の繊細さ。そこに、ジェノスがクセーノ博士からどれだけ愛されているかの片鱗を見た。
 ほんとうに、きれいに作られている。
 なんだかもううまく寝付けそうにもないし、このままジェノスを見つめてるだけってのもいいように思えてきた。いつもはジェノスが先に目を覚ましているから、こんなふうにじっくりと寝顔を見る機会なんかあんまりないし。
 ジェノスの傷ひとつない新品の身体に、布団のなかでそっと触れた。
 こんなに硬い身体なのに、どうしてか、俺はジェノスと一緒にいるとき、やわらかさばかりを感じてしまう。
 ジェノスはとてもやわらかくて、とびっきり優しい。はじめはうっとうしく思ったまっすぐさだって、慣れてくると結構かわいい。
 けど、そんなこと知らない世間のやつらは、いつも好き勝手にジェノスを造り上げて、それを評価している。特に際立って口にされるのはやっぱり顔だ。イケメンだとか、クールだとか、厳しい目付きだってそれがジェノスなら「こわい」と言われるより「それがいい!」なんて褒められるのだ。
 それからちょっとだけジェノスを知ってるやつらは、ジェノスの一端を掴んで、強いけど油断しがちとか、真面目だけど案外口が悪いとか、そういうふうにジェノスを纏めている。
 強くてかっこよくて真面目で、俺以外にはちょっと口が悪い。これがみんなから見たジェノス。それでみんなはジェノスの全部を知ったような気になってる。

――なぁジェノス、俺お前のファンの子が、鬼サイボーグのネジ一本でもいいからほしいって言ってるの、今日スーパーで聞いちゃった。

 鋼鉄の身体に触れていた手をするりと這わせ首にたどり着くと、そこはゴムのような感触をしていて、身体と違い弾力がある。さらに手を伸ばして触れた頬ぺたはしんと冷たく、だけど子供のようにふにふにとしているのだ。
 滑らかな手触りが気持ちよくて何度か撫でるとジェノスの目がぱちりと開いた。

「せんせい……?」
「あ、わりぃ。起こしたな」
「かまいません。それより、どうしたんです? こんな夜中に」
「いや、なんか目ぇ覚めただけ」

 いつものハキハキとした喋りかたと違い、ぼんやりとしている寝起きの声はあどけなくてかわいい。そんなことを考えて唇をゆるめていると、ジェノスの腕がぎゅうっと俺をつかまえた。

「いっしょに寝ましょう。夜更かしはよくないですよ。朝からスーパーでセールがあるって、いってたじゃないですか」

 ジェノスの言葉に、そういえば、と夕飯のときの会話を思い出し「ああ、そうだったな」と声を漏らす。
 回された腕はずっしりと重たくてきっと俺じゃなかったらしんどいくらいだろう。そんな重たくて硬い鋼鉄の身体に抱き締められては、安眠なんてほど遠いように思えるけど、やっぱり俺にはこの感触もやわらかい。

「おやすみなさい、サイタマ先生」

 ジェノスの冷たい唇が頬ぺたに触れてそのキザな仕草に恥ずかしくなった。どこの王子だよ、って感じの仕草も、ジェノスは簡単にこなして、しかも様になっている。俺がそれを受けるにふさわしいという見た目をしていないから恥ずかしくなるのだ。男だし、ハゲだし、筋肉もすげぇついてるし。
 裸の背中に腕を回すと、それに応えるようにジェノスの手が二回俺の背中を撫でた。
 確かに俺は、男でハゲでめちゃくちゃ筋肉がついてる。けど、ジェノスは、俺のことを好きだと言った。ファンのかわいい女の子たちよりも、俺がいいと言って、俺にしか見せない顔で笑ったのだ。
 世間の、ジェノスをかっこいいとか言って騒いでるやつらも、それ以外のやつらも、クセーノ博士だって、誰もこんなジェノスを知らない。
 びっくりするくらい甘く笑うことも、長い話を聞いているふりをするとよろこぶところも、下から見上げるジェノスの表情も、こんなにあどけない寝顔も、ぜんぶ俺だけのものだ。
 回した腕、その先にある爪で、ジェノスの背中を引っ掻いた。きっと小さな傷がついているだろう。これで、この新品の身体も俺のもの。
 スーパーでジェノスのネジを欲しがっていた子にべぇっと舌を出す。悪いな、ジェノスはネジ一本まで俺のものなんだ。

「サイタマせんせい?」

 背中に響いた擦れた音に気づいたのだろう。
「なんでもない」と口にして、それから「おやすみジェノス」と声をかける。
「おやすみなさい」と返ってきた声は甘い。頬ぺたの次、瞼に触れてきた唇は、俺には少しくすぐったいけど、そうされることは好きだった。
 瞼に隠れた金色の瞳は、朝になったらいちばん最初に俺を見る。
 部屋のなかは暗闇と静けさと、ゆるやかな幸福で満ちていた。誰もが寄り付かない町の片隅でここはいつも澄んでいる。
 心地いい腕に包まれて、ふっとゆるんだ頬ぺたにあるのは、この部屋で育った幸福と愛、それから欲。
 笑顔も、寝顔も、ジェノスが寝ぼけた声で呼ぶ名前さえも、生涯俺のものなんだ。








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