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 このところやたらと野蛮な怪人にばかり当たる。昨日も一昨日もそうだった。クソ、まったくツイてない。
 怪人の死骸に向かってチッと舌を打ち、それからすぐに「ハァ」とため息をつく。
 ヒーローっていうのはきらきら輝いていてかっこいい、子供たちの憧れの存在だというのに、俺はどうしてこうも血生臭いのだ。
 殴られて欠けた頭から流れ出る血が鬱陶しくてたまらないが拭うのが億劫だ。脳がえぐれたのかひどく気持ち悪い。タバコを吸いたいがそれすらめんどうで、もがれた片腕と片足が再生するまでおとなしく座っていることにした。
 地域の住民は避難済みだから、怪我人と間違えてワーワー騒がれなくて済むのだけが唯一の救いだが、そんなんじゃぜんぜん割りにあわない。
 だって俺はこれから片足だけショートパンツみたいなめちゃくちゃダサい格好で家まで帰らなくちゃならないわけだし。
 もう一度チッと舌を打つ。

「なぁ、どっかイテェの?」

 不意に聞こえた声のほうに顔を向けるとサイタマがいた。
 サイタマは衣替えをしたのか、この前までOPPAIと書かれたTシャツを着ていたのに、今日はOPPAIと書かれたパーカーを着ていた。
 お前いつもそれどこで買ってるんだよ。俺一回も見たことないけど。なんて、浮かんだ疑問は押し込め「痛くない」と聞かれたことにだけ答える。すると「痛くてイラついてんのかと思った」と返ってきた。
 ああ、舌打ちを聞かれていたのか。それよりタバコが吸えないことのほうが苛つくが、これもわざわざ言うことじゃないか、と思い俺は口を閉じた。
 サイタマは怪人が暴れて壊したガラスの破片をパキパキと踏みつけながら俺のそばに寄ってくる。真横に来ると「うわ」と抑揚のない声をあげた。

「おい、脳みそ見えてるぞ」

 そう言いながら、サイタマはひきつった表情のひとつも見せることなく、それどころか顔を近づけて俺の傷口をしげしげと眺めている。

「これ、医者とか呼んだほうがいい? 脳みそこのままで平気なの?」
「放っておけば勝手に治る」
「あ、ほんとだ。ちょっと骨できてきてる」

 普通こういうの、気持ち悪がられるんだけどな。
 サイタマはちょこんとしゃがんで俺のとなりに並ぶとパーカーの袖をぐいと伸ばし、おもむろに俺の顔を拭いはじめた。
 服が汚れるのに、なにやってんだこいつ。

「おい、袖汚れるぞ」
「もともと赤い袖だし、大丈夫だろ」

 パーカーの袖が血を吸って濡れていく。
 汚れることには変わりなく、間違いなく洗う手間は増えるのに、一体なにが大丈夫だというんだろう。ああ、けど、サイタマはこういうやつだったな。世間での普通をとっぱらった、自分だけの世界で生きているから、サイタマが「大丈夫」というなら、俺がどう思ったところで、それは確かに「大丈夫」なのだ。
 煩わしい血が拭われて、視界は随分と明瞭になった。けれど目の前にいるサイタマのことは、開けた視界をもってしても「こういうやつ」という漠然とした認識しかできずに、やはりよくわからない。

「お前やっぱり変わってるな、サイタマ」
「どこが?」
「だって普通こんなの嫌がるぜ?」
「こんなのって、どれ?」

 小首を傾げたサイタマは目の前に"こんなの"と呼ぶしかない出で立ちをした男がいるのに、ほんとうになにもわかっていないようだった。

「俺だよ。腕も脚も無いし、脳みそ出てるし、血まみれ。こんなの普通、気持ち悪いだろ」

 なんだか言っててむなしくなる。どうして一仕事終えたヒーローが自分を卑下しないといけないのだ。それが事実だとしても。
 自分で勝手にそう言っているのになんだかサイタマのわからんちんな台詞に辟易してしまった。
 しかしサイタマは、俺の言葉にまだ怪訝な顔を浮かべている。

「別に気持ち悪くないけど……。てゆーか、好きなやつが大怪我してるのに、気持ち悪いとか思ってる場合じゃないだろ。そういうとき、心配するのが普通じゃないの?」

 言われた言葉は最もだ。好きなやつが大怪我をしていたら確かに心配するだろうがそれよりも、え? サイタマ、俺のこと好きなの?

「まぁでもお前平気そうだし、俺行くわ」

 え? この状況で? どこに行くの?
 てんてんと急激に進んでいく状況に慌てて「ちょっと待ってくれ」と言うとサイタマは足を踏み出す寸前で止まってくれた。けれど「なに? やっぱ医者呼ぶ?」という言葉に「それはいい」と返すと「スーパー行かなきゃいけないから、急用じゃないならあとでにしてくれ」と言い、目にも止まらない速さで走っていってしまった。
 思ったよりぜんぜん待ってくれなかった……。
 けどあんなに急いでスーパーに向かう途中、俺を見つけて立ち止まってくれたのならば、サイタマにしては十分「待って」くれていたのではないか? あのマイペースなサイタマが、俺が「平気な状態」だとわかるまで待っていてくれたのだ。そうすると、さっきの「好きなやつ」という言葉も、俺が想像する「好き」であってる気がする。
 別にサイタマのことを好きで好きでたまらなかったというわけではないけれど、俺はどうやら随分と単純な男なようで、誰もが悲鳴を上げるような惨状の見た目をしていても、心配をして、わざわざ顔の血を拭ってくれたサイタマが、世界で一番いいやつのように思えて仕方ないのだ。これまでの人生でそんな相手に出会ったことなかったし、そもそも、このところ俺はツイていなかったから、優しくされること自体がちょっとクる。
 とりあえず、手足の再生が終わったらサイタマに会いに行こう。片足はショートパンツで片腕はノースリーブという出で立ちだとしても、サイタマなら笑うこともなく「斬新な着こなしだな」とか言ってくれるんじゃないだろうか。
 さっきの言葉を受けて考えるのは、ちょっと前のスレた思考とは打って変わって、思春期の男児が思い描くような、とても青くて、都合のいいものばかりだった。





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