最近、先生に距離を取られている。
慈悲深い先生はそれを悟らせないようにと配慮してくださっているようだが、以前の近さを以てして、この遠退いた距離に気がつかないほど俺は不出来ではない。が、かといって、慈悲を見せてくださった先生に倣い気づかないふりを貫けるほど、器用なわけでもない。
朝起きて、夜寝るまでの間にある、食事、ヒーロー活動、家事、スーパーへの買い出し、それらに滲むさりげない距離感。隣を歩くときいつのまにか生まれた、人ひとり分空いた余分なスペースだって、以前はなかったのだ。
なにか気に障ることをしてしまっただろうかと尋ねてみても先生は「別に?」とそれはもう無垢な表情で仰るばかりで、けれど、それならなぜこうなっているのか。いくら考えてもわからなかった。
俺は強くなりたい。先生のような強さを身に付けたい。だからそばにいて観察を続けられる弟子という位置に収まったというのに、このまま、わけもわからないまま距離が開き続けて、終いには破門だなんて言われたら、俺はどうすればいいんだ。強くなろうと躍起になってばかりで、俺はまだ先生の足元にも及んでいないというのに。
ああ、先生は最近、手合わせもしてくださらない。
ここのところずっと、俺の頭を占めるのは先生との間に生まれた距離のことだった。
この溝を埋められるのならばすぐにでも埋めてしまいたいが、原因がわからない以上対処法なんか見つけられるわけもない。だがどうにもならないと言っているだけじゃ事態も好転しない。現状を打開したいのであればやはり行動しなければならない。
先生の強さをもっと知りたい。先生がなぜ俺を避けるのか知りたい。それらを教えてもらえないのならば自ら調べるまでだ。
自らの探求心を満たすため、俺は弟子入りする以前にしていたように、影ながらサイタマ先生を観察することにした。
サイタマ先生が出掛けている間、広くはない部屋の至るところに監視カメラを取り付けた。特に、過ごす時間が多いリビングには、ささいな見落としもないよう、他の場所より多目に取り付けておいた。これでどのアングルからの先生も完璧に記録することができる。
PTZ機能が備わったカメラは、パソコンさえ手元にあれば好きに動かせる。これは、少し視点をずらしたいときや、手元なんかが気になったとき、ズームしてじっくりと観察できるから便利だ。
記録されたデータはデジタル信号化されパソコンに送られるシステムになっていて、俺はゴーストタウン内で使用するパソコンと、クセーノ博士の研究所にある俺専用のパソコン、二つに信号が送られるよう設定した。これで、万が一、片方のパソコンになにかあっても、もう片方を使ってデータを確認することができる。
ここまでして漸く、俺は久しぶりに安心することができた。
カメラを仕掛けてから一週間。ゴーストタウンの空き家を拝借して、録画された映像をチェックしても先生に変わった点は見受けられなかった。強さの鍵と成り得る情報もない。しかしそれは想定の範囲内だった。
なにか、先生に対して情報が得られるのであれば、それは俺がメンテナンスで家をあけている今日。
先生のことだ。普段はとてもリラックスしているように見えるが、俺の存在が色濃くある中、完全に隙を見せるとは思えない。しかし、俺が家に帰らず、先生が完全に一日中ひとりという状況であれば、さすがの先生でも気が緩むはずだ。今回は新パーツの調整も兼ねていて、最低でも三日は掛かる。メンテナンス、パーツの取り付けに、動作や威力の確認、既存パーツとの相性も見なくてはいけないから、時間を掛けなくてはいけないのだ。不備があれば更に延びることもあり得る。それだけ時間があれば先生だって、普段は見せない、思いがけない一面を与えてくれるかもしれない。
午後から始めたメンテナンスを終え、博士と共に食事を取り自室に戻ると、時刻は23時近くなっていた。少し、近況について話し込みすぎただろうか。
俺は時間を確認してすぐ、パソコンの電源をつけた。
俺が家をあけてから一日、先生がどの様に過ごしていたのか確認しなくては。
画面には、サイタマ先生の家のリビングが映っている。大きく映し出されたリビングの映像の右端には、各カメラの映像が小さく控えていて、サイタマ先生がフレームアウトすれば、クリック一つですぐに視点を切り替え後を追うことができる。
今日の日付の映像を再生し、朝、俺が家を出たところまでデータを飛ばし、そこからは倍速で流していく。
暫くの間は俺がいる時と変わらず、家事をこなしたり食事を取ったり、パトロールに出掛けたのだろう、ヒーロースーツを着て出ていったりと特筆すべき点はなかった。
その日常の中で、変化があったのは、夜。
夕飯を済ませた先生が風呂へと行き、戻った時、服を着ていなかった。
これは今までになかったことだ。なにか新しい発見があるかもしれない。
再生スピードを落とし、音声機能をオンにすると、先生の「ふぅ」という軽い声が耳に入る。
暗い部屋の中、暗視モードのカメラ越しに見る、一糸纏わぬ先生の身体は、うっすらと白く輝いて見え、美しくさえある。
先生は普段、寝るとき裸だったのか。
確かに、弟子入りする前と比べたら今の方が少しばかり気温も高く、生身の肉体ならば寝苦しさを感じるかもしれない。それならば、俺がいては窮屈な思いをさせていることだろう。俺は先生が全裸で寝ていても気にしない、と然り気無く伝えなくては。
画面の中の先生は敷布団の上にバスタオルを敷いていた。それが終わると、今度は部屋に取り付けられた収納を漁り始める。
なにか道具を使って寝る前のトレーニングでもするのだろうか。それならば興味深い。先生と師弟関係を結んだ今、カメラを仕掛けることに罪悪感がないわけではなかったが、こうして結果が伴うならば、やはり取り付けてよかった。
暫くして、先生は収納から一つ、高さのある紙袋を取り出すと、布団に敷いたバスタオルの上にすとんと座った。
先生が紙袋に手を入れて、ガサガサと乾いた音を立てる。そうして中から取り出されたものに、俺は目を見張った。
先生の手に握られていたのは、ぼこぼことした突起のついた男性器を模したもの。続けざまに、凡そ男性には似つかわしくない、かわいらしいストライプ模様が描かれたボトルが取り出される。
その手のものに詳しいわけではないが、ここまで露骨な形をしていればそれがどういうものかはわかる。性交時、もしくは自慰をする際に使う道具だ。
でも、なぜ、先生があんなものを。形状からして、あれは女性が使うべきものだ。
ドク、と今はもう無い心臓が鳴る錯覚を覚えた。
画面の中の先生は慣れた動作で、偽物の男性器に紙袋から取り出したコンドームを被せている。それを傍らに置くと、今度は手のひらにボトルの中身を出した。ぶちゅ、と鳴った空気の潰れる音に、それの中身が随分と減っているのだと思いがけず知る。右手にローションを絡めた先生は、身体を支えるように左手を後ろに付き、立てた膝の真ん中にある性器には手を触れず、その奥にあるすぼまりに指を這わせた。
ぬるぬると指を擦りつけ、やがて一本、つぷと中指を突き入れる。それがゆっくり根本まで飲み込まれ、中指すべてが隠れると、今度はゆっくりと引き出されていく。
――んっ、んぅ
先生が声をあげた。さっきの聞き慣れた軽いものとは違う、聞いたことのない濡れた声。
瞬間、ハッとして、映像を止めようとマウスを握る。
これは見てはいけないものだ。
けれど、こんな先生は知らない。
見たことがない。
見ちゃいけない。
先生のことをもっと知りたい。
だけどこれは知ってはいけない秘密。
これは、俺には決して見せない姿。
見てはいけない。
でも見たい。
ああ見たい。見たい、見たい、見たい。
先生を見たい。
俺は、自分を人間であるよりも、機械であると思っていた。けれど今この欲を前にして俺は理性を捨てた人間だ。それよりひどい、いっそ獣だ。なんだっていい。俺は先生を知っていたい。
マウスを握った手は映像を止めることが出来ず、代わりに音量を上げた。
先生は慣れた様子で指を出し入れしている。時おりローションを継ぎ足して、それに続いて突き入れる指も増やされる。その度にくちゅくちゅと濡れた音が響いた。
――ぁ、あっ、は、んっあぁ
水音が激しくなるたび、先生の声も艶を帯びていった。
目を瞑って快感を感じている先生を見ていると身体の中が熱くなっていく。
――ん〜っ、んぁ、あっアァッ!
三本の指をくわえた先生の小さな穴。そこからぬるりと指が引きずり出された。
露になった瞳は涙に濡れていて、その表情は、普段の先生とは遠くかけ離れ、とても色っぽい。
肩で息をしている先生は先程の男性器を模した玩具を手に取り、それにとろとろとローションを垂らしている。手のひらで上下にしごくようにローションを塗り広げる動きに劣情が煽られた。
先生がぱたんと仰向けに寝そべったので、パソコンの右画面に出ているいつくもの視点映像の中から、真上のアングルを選択して布団の上の先生にズームする。それを正面のアングルと共に並べて二ヶ所から先生の動きを追った。
先生が膝を立てて見せつけるように大きく脚を開く。脚に力を入れてくっと腰を持ち上げた体勢は俺の眼前に惜しげもなくすべてを晒した。ぴくんと震えるペニスと膨れた睾丸、その下のいやらしく濡れた穴。両手に玩具を握った先生は、その先端をひくつく穴にあてがった。
あんなに大きなものが、あの小さな穴に入るのか。
しかし俺の心配は全くの杞憂で、先生はやはり慣れていた。
半分ほど玩具を中に入れたところで、先生は一度手を止め、より入れやすいよう尻を割り開いてから残りを一気に突き入れた。
ずっ、ずぷ、ずちゅんっ!!
――あ あ アァぁぁッ! ひ、ぁ、あっ、!
ずっぷりと玩具をくわえこんだ先生は身体をのけ反らせてそれまでより大きな声をあげて鳴いた。
――は、ンぅッ、ぁ、ちんぽ、あッ、はいってるっ! あ、アっ、くるし、んっ、んっ……!
女の手首程はある太いそれを小さな穴にねじ込んだ先生は、苦しいのすら気持ちいいようだった。
先生が馴染ませるように小刻みに玩具を揺らし、カチ、と根本にあるスイッチを入れると飛び出た持ち手の部分がうねうねと動く。きっと先生のナカではあのうねりがより激しく刺激を与えているのだ。
ゴクリと喉が鳴る。
――んぁぁあぁっ! あっ、あっ、あっ! ちんぽ、きもちぃ、あっ、奥、おぐ、ぐりぐり、すごぃっ、はぁ、ア"ぁッ!
みだなら言葉を発し、腰をくねらせ勃起したペニスから蜜を垂らす先生はひどく扇情的だった。自分で乳首まで弄り、ずぶすぶといやらしく音を立て玩具を出し入れする様は、まるで男に犯される悦を味わっているようだ。
世の中にはこういった自慰行為もあるのだ。先生はそれをなさっている。きっとこういうのが好きなんだ。
そう結論づけた時、先生が突如として俺の意識を掻き乱す声を上げた。
――あっ、すきっ、すき、きもちぃッ! もっと、もっとしてっ、おく、ごちゅごちゅっ、ん"っ、いっぱいしてッ!
好き?
先生は自分の言葉をなぞるように玩具の出し入れを激しくしている。
先生は、今、誰かを思い描いている?
先生には、想う相手がいるのか? そんなこと、俺は知らない。
普段の淡白な表情の下に、こんなにみだらな面を隠し、誰かを想っているのか。それともすでに想い合っているのか。
――ふ、ぅあっ、あっ、んあっ、すき、しゅきっ! アァッ、せっくす、きもちぃ!
目を閉じ、ぐちゅぐちゅとした音がはっきりと聞こえるほど激しく出し入れをしている先生は、男性器を模した玩具に尻を犯されながら、誰かを思い描き恍惚とした表情を浮かべている。
――あっ、なか、だしてっ、ぉ、おれのっなかっ、なかに出して! すき、すきっ、だいすきぃっ! はぁ、ん、せいえき、いっぱいちょうだいっ! ぃっ、〜っあ ぁ ぁあ"ぁッ!
びくんッびくんッと身体を震わせた先生のずっと触らずにいた性器から精液が溢れている。
目を閉じた向こう側で先生は望むまま今誰かに犯されていて、それを悦びとしてオーガズムに達している。
知りたい。
知りたい。先生の思う相手を。
好きと鳴くその相手は一体誰なんです先生。
画面の中の先生は稼働をやめない玩具に「待って」ととろけた声をあげながらもその動きを気持ち良さそうに追っている。俺はそれを食い入るように見つめて、乾かないはずの唇を舐めた。
先生の想う相手を暴きたい。
今まで感じたことのない気持ちに胸を埋め尽くされてどうにかなってしまいそうだった。
画面の中で乱れる先生に触れたい。
俺の中にあるのはそれだけだ。