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※主人公は武田軍の家臣
※伊達と武田は同盟
昼過ぎ独特の光が閉め切った障子を通り抜けて和室へと入ってくる。庭先で鳴いている鳥の声、遠くで聞こえる家臣達の足音、笑い声。新しい畳の匂いと僅かなお香の香り。
ここには穏やかな時間が流れていた。
そんな空間の中、先程から筆の動く音が引っ切り無しに入り混じる。きめ細かい畳の上に正座をして音を立てている人物に目を向ければ、机に向かっていた広い背中がゆっくりとこちらを見た。
「sorry.あと少しで終わるから待っててくれ」
『平気、気にしないで。忙しい事を知ってて押しかけたのはあたしの方だ』
「No!帰ろうとしたお前を引き止めたのは俺だろ?」
今日この伊達軍の本拠地である奥州へと足を運んだのは、お館様からの言伝を伝える為だった。
何やら西の方で戦が始まるらしい。決して大きくはない合戦でも血は流れ、人々は死んでいく。
どんなに月日が[_FS_AU_SEP_]流れても戦はなくなってはくれなくて。今日もどこかで一人また一人と[_FS_AU_SEP_]失われていく事を考えただけで嫌になった。
いつになったら皆が笑って暮らせる泰平の世になるのだろう。
「Hey、何を考えてる?」
『ん?…いや、今の世の事を』
「世の事?」
『一歩外を出れば刀を振るわなければならない。だけど、この場所……政宗の傍はこんなにも穏やかで落ち着く。そんな事を考えていた』
「HA!良い口説き文句じゃねぇか。暫く逢えなくて寂しかったのか?」
『な、ちがっ!』
「そんな感情、俺が埋めてやるぜ」
“Are You Ready?”
政宗が持っていた筆が机の上へと放り投げられる。徐々に、にじり寄ってくる妖艶な笑みから逃れようと急いで立ち上ったが、すぐに手首を捕まれその行動は呆気なく封じられた。
思っていたよりも更に強い圧力に捕われ身動きが取れなくなったあたしを見て、まるで童子のような無邪気な目をして笑う。
「照れるなよ。本当にcuteな奴だな」
『きゅう、都…?』
「可愛い、って意味だぜ?」
『…[_FS_AU_SEP_]…[_FS_AU_SEP_]…は?[_FS_AU_SEP_]』
予想外の言葉に、かああっと体が熱くなって真っ赤に染まった姿を見られるのが嫌で視線をずらせば、ぐいっと引っ張られた手につられて政宗の胸の中へと飛び込んでしまった。
いつもの戦装束ではない着流しから覗く胸板と誘惑する香りに眩暈がする。
まるで壊れそうなほど尋常じゃない心臓の音がこんな近さだと気付かれてしまいそうで、よりいっそう恥ずかしくなった。
「Ham…やっぱりリュウは華奢だな。こんな細腕で刀を振るってるなんてstrangeだぜ」
『…女扱いされるの嫌いだって、知ってるだろう?』
「oh、Sorry.怒んなって」
戦場に女が出向くのはあまり良い印象を与えない事を知ってる。同じ軍のお偉様、他国の武将からの罵言も嫌というほど聞いてきた。だから毎日厳しい稽古をして体を造り、装束だって男子が着るような物を纏った。
戦が嫌いな訳ではない。
お館様の為ならばこの命いつでも捧げる覚悟は出来ている。護って死ねるなら本望。ただ女だからといって手加減や[_FS_AU_SEP_]甘くみられる事が癪だった。刀を持てば皆、同じ武士のはずなのに。
「…おい、この手の傷はどうした?」
『これ?……先日の戦の時に油断してちょっと、ね』
「武田のおっさん、shock受けてただろ?」
『食苦?』
「悲しんでただろ?」
『んー、あのお方は過保護だから』
佐助が母なら、お館様は父。
よく幸村と鍛練をやりすぎると正座をさせられて怒られた。(さすがに幸村みたいに殴られる事はなかったけれど。)
家臣という立場の一人であるあたしに、まるで我が子のように接してくれる優しさが暖かくて好きだった。
あの大きな手は人を安心させる力がある。ただ軍配斧を振るうだけではないのだ。
「……俺だって気にくわねぇよ」
『なんで政宗がそんな顔するんだ』
「お前は俺の物だろ?」
『また意味の分からない』
「俺の物に傷をつけるたァ、そいつを八つ裂きにするしかねぇな」
『…待て。何を言って、』
「リュウに傷や跡を付[_FS_AU_SEP_]けていいのはこの後先、俺だけだ。you see?」
大きく骨張った手で顎を持ち上げられ、無理矢理に政宗と目を合わせられる。少し高い位置にある彼の左目は、戦場の時と似た挑戦的で、優越の色で満ち溢れていた。口角を上げて笑う仕種に、ひいたばかりの熱がまた顔に集まり始めて息が苦しくなる。
『なにする…!離せ!』
「Ah--ha、そいつは無理な要望だな」
『このやろっ…』
「少し黙ってな、honey」
腕の中から抜け出そうと必死にもがくあたしの体を先程よりきつく抱き寄せ、首筋へと顔を埋めてくる。動く度に揺れる政宗の髪が擽ったくて身をよじれば、ちくり、と小さな痛みが走った。
『っ…なに、したの』
「俺のモンだってmarkしたのさ」
『わざと見える所に付けるなんて……どれだけ横暴な国主なんだ』
「見えるからイイんじゃねぇか。お前は鈍いから虫よけには調度いいぜ」
『あたしは鈍くない!』
「随分おしゃべりなmouseだな。塞いでやるよ」[_FS_AU_SEP_]
温かく、妖艶な舌に唇を飴のようにべろり、と舐められて熱と共に背筋に一筋の電撃が走った。
逃れるように手で政宗の口を押さえつけようとするが、その手は呆気なく頭上で一つに括られ、完璧に拘束された形となる。耳元で囁かれた名前に体中が溶けそうなほど沸騰して。
近付いてくる政宗の顔にもう逃げられないと目を固くつぶった瞬間、部屋の障子のすぐ向こう側に人の気配が現れた。それと同時にスッと襖が開かれる音がする。
「政宗様、お茶をお持ち致し、ま……」
「アアン?取り込み中だ、小十郎」
『た、助けて下さい。片倉さん』
「貴方という人は…!昼間っから何をしておられるのですか!」
「Shit!良いじゃねぇか。もう今日の分の政務は終えたんだ」
「そうゆう意味ではございません!またリュウに手ぇ出しやがって……家臣達に示しがつかんではないですか!」
「こんなイイ女が目の前に居て何もしねぇ方がおかしいだろ、you see?」
傍らで言い争っている政宗と[_FS_AU_SEP_]片倉さんの隙をつ[_FS_AU_SEP_]いて腕の中から抜け出し、部屋の隅へ逃げて縮こまれば、おかしそうに喉の奥でクツクツと笑われた。
そんな姿を見て一発殴ろうかと思ったが、右目の片倉さんの前でそんな事をしたら確実に斬られる事間違いないだろう。
言いようのない思いを小さな溜め息として吐き出し、開いたままの障子から見える奥州の夕暮れを見つめた。橙色の温かな光が木々や花、そして部屋中を染める。
明日からはまた刀を振るう日々。
せめて今だけは。
戦も忘れて、たまにはこんな息抜きもいいかもしれない。
柄にもなく、
そんな事を思った。
H22 09.05 リュウ
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