戦国短編

[1/26]











起立、礼。


帰りのHRが終わり、ガタガタと支度をする生徒達の慌ただしい音が教室を支配する。


今日は金曜日。
何故かいつもの週より疲れた一週間を振り返って溜め息が出たけど、明日から連休で休めると思うと自然に心が躍るのは小学生の頃から変わらない。





友達に別れを告げ、鞄を持って帰ろうとした時、ドアの方から縋るような声で名前を呼ばれて振り返った。人混みの中にいても目立つ銀髪を乱れさせ、息も絶え絶えな元親が手招きをしている。

何かいつも急いでる気がしなくも、ない。



「リュウ〜!」

『そんなに急いで、何かあった?』

「あ〜…わりぃけど、この鍵を政宗に渡しておいてくれ!」

『どうしたの、コレ』

「今日、政宗のチャリで登校してきたんだがよォ、間違って持ってきちまったみてぇでさ」



困った顔して苦笑する元親につられて笑みがこぼれる。話を聞いてみると、どうやら一緒に登校してきたが、朝のHRが始まるチャイムが鳴った事に焦って反射的に政宗のチャリキーを持ってきてしまったらしい。パクってしまった事についさっき気付いて返そうとしたが、先生に呼び出しをくらってしまい渡しに行けないから、あたしに変わりに行ってほしい、と。


何とも元親らしいというか何というか。今週何度目の呼び出しをされてるのか、なんて疑問は静かに飲み込む事にしよう。




二つ返事で鍵を受け取って、慌てて生徒指導室へと走っていく元親の背を見送ると、あたしは反対方向へと足を踏み出した。


ぺたぺた、と履き潰した上履きが放課後の廊下に静かに響いては消え、開け放たれた窓からサッカー部の掛け声が聞こえてくる。そういえば今週の土日に大会があるってクラスの男子が言ってたっけ。


何か一つの事にここまで夢中になれるのは羨ましい事だと思った。








誰もいない西側の階段。
立入禁止の看板を横にどかし、椅子や机で通れなくされているバリケードを必要最低限の所だけ崩して奥にある錆びれたドアを開ければ、埃っぽい空間に抜けるような空気が入ってきた。すっかり夕方となった空が街を飲み込んでいく光景が凄く綺麗で。毎回思わず見とれてしまう。



東側の屋上は一般解放されていて生徒達がよく昼ご飯を食べに来たり、美術の授業に使われたりしている。


だけど西側の屋上は誰も近寄らない。
いや、近寄れないと言った方が正しい。

なんたって此処は不良のたまり場なのだ。そして、その不良の頂点にいる奴のお気に入りの場所。一度入ったら二度と出てこられないと言われているこの地に、堂々と寝ている孤高の男に近付いて静かに肩を揺すった。



『政宗、起きて』

「…………」

『まーさむねー』

「…………」

『起きてくれないとあたし帰れな、』



言葉を遮るように下から伸びてきた手に胸倉を捕まれたかと思うと、噛み付くようにキスをされて酸素を奪われる。咄嗟の事に息をするタイミングを忘れてもがくあたしの目に男の眼光が鋭く光り、妖しく笑っているのが見えた。


また、溺れていく。

海より深いこの男の誘惑に。




『――っ!ちょっと、』

「Thanks.ごちそーさん」

『こんな事をする為に来たんじゃないのに』

「誘惑しに来たのかと思ったぜ」

『そんな訳ないでしょ』

「じゃあ何だよ。男関係だったらぶっ飛ばす。相手を」

『まぁ…ある意味、男関係だね』



先程の仕返しといわんばかりに挑発をすれば、政宗はスッと左目を細めて上半身を起こした。

何かを考えるように髪を掻く仕種に合わせて香水の匂いが舞って弾ける。いつの間にか、街中で政宗と同じ匂いがする度に自然と目で探してしまうようになっている自分がいて。一つ、また一つ、政宗の色が頭を侵食して離れてくれない。


依存症とはまさにこの事だ。



「Hey、相手の男は何処のどいつだ」

『長曾我部元親くんです』

「Realy!?なんで元親が……っ!」



身を乗り出して、今だかつて見た事のない驚愕の顔をする政宗に堪えきれず笑ってしまう。まさか、こんな子供っぽい表情が見られるなんて。いつもはガン飛ばしてるか、妖しい笑みを浮かべてるかのどっちかなのに。



「Wait.何で笑うンだよ」

『ごめん、ごめん。本当はね、元親が政宗のチャリキーを持ってきちゃったから、返しておいてほしいって頼まれたんだ』



“ほら、”

と言ってセーターのポケットから預かってきた鍵を取り出して見せれば、罰が悪そうに目を伏せられた。





もしも。
自惚れてもいいなら、



『妬いてくれた?』

「Shit!からかいやがって」

『さっきの仕返しだよ』

「HA!上等だ」



政宗はあたしの手から鍵を受け取り、ポケットに突っ込むと、乱暴に自分のネクタイを外した。元から緩く結ばれていたソレは、あっという間に解けて風に靡き、よりいっそう香水の香りが強く鼻を掠める。



「リュウ、もっと近くにCome on」

『え、ちょ…締める気じゃないよね』

「ジッとしてなかったらな」

『ムリムリムリ!暴力反対!』

「…Shut up.」



セーターの上から捕まれた手首がギリリと痛む。

ああ、やってしまった。
この人を挑発するなんて命知らずの事をするんじゃなかった。今更後悔したって遅いけれど。目が据わってるよ、誰か助けて。



近付いてくる政宗から逃げるように固く目を潰れば、男の手が首元ではなく制服の衿元へと伸びる。てっきり本気で首を締められると思っていたのに、予想とは違う行動をとられてゆっくりと目を開ければ、政宗が自分のネクタイをあたしに結んでいる事が分かった。


筋っぽくて、大きくて、器用な手がスルスルと流れるように漆黒のネクタイを結んでいく光景は何だか妖艶で。知らず知らずのうちに心拍数が上昇する。



「Perfectだぜ」

『…なに、コレ』

「Ya--Ha、首輪変わりだ」

『首輪って、あたしは犬か』

「お前はCatだ」

『そうゆう問題じゃないと思うのだけど』

「もう逃げらんねぇぜ、you see?」



わざといつもより低く唸るような声で鼓膜をえぐるように言われたら、もう政宗の事しか見えなくなって。それが確信犯だからタチが悪い。弱点だと知ってて近付くあたしも余程の物好きだけれど。お互い様なのだろうか。


お前の物は俺の物。
そんなジャイアニズムを振りかざす政宗が愛しい、と。
心が泣いた。




それならずっと。



『ちゃんと捕まえてて、』

「…of course.」



気がつけば背中には冷たいコンクリート。
見上げれば焼け付くような業火を燈す左目。

その艶やかな黒髪を触ろうと伸ばした手を捕まれ、絡むように結ばれた。そして覆いかぶさってきた男はあたしの首元へ猫のようにじゃれつく。何だかその行為は、子猫が親猫に構ってほしい時にする行動とよく似てる気がして。




なぜ、周りは政宗の事を恐れるのだろう。

本当はこんなに寂しがり屋なのに。
こんなに一人ぼっちが嫌いな人なのに。



“逃げらんねぇぜ、”



ちがう、
捕まえたのはあたしの方。



もう一人きりにならないように、離れ離れにならないように、「束縛」という名の首輪を付けて捕まえておこう。



擦り寄ってくる熱を抱きしめながら、そう何度も心の中で唱えていた。



















H221010 リュウ

1/26ページ

Home/ Main/Back