戦国短編

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『幸村の馬鹿!』

「リュウの分からず屋!」



武田軍の道場から響いてきた怒鳴り声に、庭先で遊んでいた小鳥達がいっせいに飛び去っていく。



目の前には戦装束に負けない色を燈した表情を浮かべる幸村。先程から一歩も引かずにあたしの言葉を一刀両断しては怒っていた。




何故、こんな事になったか。


それは一週間前に起こった戦が原因だった。相手軍は五千の兵に対して武田軍は一万の兵。圧倒的な強さと戦略で勝利したはいいものの、気をぬいていたあたしは隙をつかれて肩に一撃の刀傷を浴びてしまったのだ。

傷口はそこまで深くはなかったが、慌てて駆け付けてきた幸村に相当な心配をかけてしまったらしく、七日経った今でも後ろを着いてきては「傷が開く!」など何かと行動を制限される事が多かった。


もう刀を振るえるくらいにまで回復したから明日の戦に参戦したい、とお館様に言ったのを幸村に聞かれ、断固反対されたのをきっかけにそこから討論が始まり現在に至る。


かれこれ一時間以上は言い合いをしていると思う。



「まだ本調子ではないのに戦場に出るのは駄目でござる!」

『だからもう治ったって!刀だって使えるし、前みたいにちゃんと動けるよ!』

「そうゆう問題ではござらん!明日の戦、リュウは留守番だ!」

『嫌だ!行く!』

「駄目だ!連れて行けぬ!」

『幸村の馬鹿!』

「リュウの分からず屋!」



お互い一歩も引かず睨めっこ状態。どれだけ治ったと言い聞かせても決して首を縦に振ってくれない幸村にだんだんと腹が立ってきた。


あたしだってまだ戦える。
お館様の為に刀を翳せる。
次は幸村の重みにならない。


なのに、どうして許可してくれないの。

戦場から遠ざけようとなんかするの。





あたしは足手まといなの?






『…もういい、』

「あ!待つでござる!」

『着いて来ないで!』



後ろから呼び止める幸村を振り切って道場から一目散に逃げ出した。

板張りの廊下を走り抜け、息も絶え絶えに辿り着いたのは先程まで居た所とは正反対の場所にある縁側。自室に篭ってしまったら今よりもっと考え込んでしまうと思って、風通りの良いここへ来た。


静かに腰を下ろし、膝を抱えてうずくまれば、庭先に遊びに来た小鳥がチチチと鳴く声が聞こえて急に虚しくなる。



こうして落ち着いてみれば、たくさん幸村に酷い事を言ってしまった気がする。心配してくれてるのは分かってる。傷を負ったあたしを担いで運んでくれたのは他でもない、幸村だ。布団から起き上がれるようになるまで傍に居てくれて、傷が塞がった今でも無理をしないよう心配してくれる。


嬉しかった。
大事にされてるんだって。

でもそれだけじゃ嫌だった。
あたしだって力になりたい。
守られてばかりは嫌だよ。




“明日の戦、リュウは留守番だ!”




傷を負った奴は邪魔なのかな。そっちばかりに気をとられて集中出来ないから迷惑なのかな。



戦えない奴なんて足手まとい、か。




『あたしは、いらないのかなぁ…』

「それは違うんじゃない?」



突如聞こえてきた声に俯いていた顔を上げれば、庭先の鳥達と触れ合ってる佐助が目に入った。人差し指に乗せた小鳥を撫でながら穏やかな目でこちらを見る。橙色の髪が太陽の光に透けて綺麗だった。



「旦那は言葉が足りなくて誤解されがちだけど、決してリュウをいらない、なんて思ったりしない人だよ」

『でも明日の戦場には行くなって』

「それは心配だからでしょ?」

『分かってる、けど……心配されてばかりは嫌なんだ』



何の為に今まで刀を握ってきた。お館様を守る為、国を守る為、仲間を守る為、いつでも死ぬ覚悟を持って戦ってきた。今更怖い物なんてないし、怖じけづく事なんかしたくない。

戦えないあたしが此処にいる意味はあるのだろうか。




「リュウが倒れた時、どんだけ旦那が取り乱したか知ってる?」

『幸村が?』

「リュウを切り付けた男をめった刺しにしても止まらないで、気が狂ったかのように二槍を振り回し続けてたんだからね〜」

『気が狂ったように…、』

「俺様の声も届いてないし。まったく止めるの大変だったんだから!」



ハァと小さく溜め息をついた佐助は、小鳥を空に放ってあたしの隣へと腰を下ろした。

頭一個分違う彼を見上げるように見つめると、優しい手つきで髪を撫でられる。まるで子供をあやすように心地好い感覚から、慰めの言葉が伝わってくるようで。



「旦那はね、リュウが居なくなる事を何よりも恐れてるんだよ」

『なんで…?』

「それは本人に聞いてみなよ」

『聞けないよ。せっかく心配してくれたのに全力で否定したんだ。もう嫌われちゃったよ』

「すぐに嫌いになれるほど旦那は馬鹿じゃないと思うけど?」



どうゆう意味か問い詰めようと思った瞬間、遠くからこちらに向かってくる足音が聞こえて思わず体が固まる。見つかる前に逃げようと立ち上がれば佐助によってガシッと捕まれる右手。有無を言わせない視線に息をのんだ。



『離せ、佐助っ』

「仲直りしなきゃ駄目でしょーが」

『まだ無理…!』

「旦那が言ってたんだけどね、」

『な、なに』

「“たとえ、この身が悪鬼に染まろうとも、二度と傷などつけさせぬ”」

『……っ』

「“俺がリュウを守りきる”ってね」



廊下の突き当たりを曲がって現れた幸村の顔をまともに見る事が出来ずに俯けば、隣から佐助の渇いた笑い声が聞こえてくる。




“まだ本調子ではないのに戦場に出るのは駄目でござる!”




…馬鹿なのはあたしの方だ。

心配される事が嫌ってどれ程、幸福な事なのだろう。命を懸けて守る、と言ってくれる人がこんなに近くに居たというのに、目を逸らして自分の事だけしか見えていなかったのは、あたしだ。



『…許してもらえるかな』

「当ったり前でしょー。早く仲直りして、俺様に二人で戦う姿を見せてよ」



へらり、と笑う佐助につられて小さく笑ってみせた。








きっと今なら素直に言えるよ


心配してくれて、
守ってくれて、ありがとう。







たくさん我が儘言って




「ごめんね、幸村」


























H221106 リュウ

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