戦国短編

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海に揺られて縦横無尽に進むこの船は、破天荒な持ち主によく似ていると思った。


穏やかな波も嵐のような荒波も気にせず乗り越えていってしまう大きな力。舵をきる長曾我部元親に拾われたのは数ヶ月前の事。



織田の軍勢によって生まれ育った村は焼き打ちに遭い、逆らった仲間は一人残らず皆殺しの末路を辿った。帰る場所を無くし、深手の傷を負い、森の中で息絶えるのを待つばかりだったあたしを船へと運んでくれたのは他でもない、元親だった。


それからというもの、助けられた恩を返す為にこの船に居着いている訳で。日がな一日、魚釣りをしたり、野郎共と賭け事をして遊んだり、元親が欲しいと思った宝探しをしたり。長曾我部軍にいると自然に心が落ち着いた。飾らなくていい本心で向き合ってくれるから、あたしも心から笑える。みんな元親の性格に惹かれて集まってきたんだ。


本当に不思議な奴だ。






先程から船室に響く寄せては返す波音も今では立派な子守唄となり、頭蓋に広がっていく眠気に瞼を静かに落とす。吸い込まれるように意識を失っていく中、鴎の声が聞こえた気がした。







…………………――



そこは小さな村だった。

決して豊かではなかったが、村人は笑い、作物も立派に育ち、国主は優しかった。毎日が眩しく、温かく、主の為ならこの命、いつでも捧げる覚悟は出来ていた。


はずだったのに。




晴れていた天気は漆黒の雲に覆われ、禍禍しい雷を鳴らしながら魔王を連れてきた。緑の草原は枯れ果て、作物は無惨に踏み潰される。逃げ惑う村人の悲鳴、血飛沫、銃声、金属の音。


辺り一面、焼け野原と化した地獄絵図のような光景に震えと怒りが止まらない。握り締めた刀からは血が滴り落ち、気管は炎と煙を吸ったせいで焼けるように痛む。


国が、落ちた。


自分の命より大事な主の命が散った。


無我夢中で走っても周りは火の海。逃げ場のない地獄。履物は焼け、裸足となった足には硝子の破片が刺さり感覚を麻痺させていく。名前を呼んでも誰もいない。聞こえるのは民家が焼け落ちていく音。焦げ臭い匂い。火の粉が体に纏わり付いてきて熱い。



熱い、あつい、あつい……






『……――っ!!』



がばっと布団から起き上がって周りを見渡せば、そこは暗い船室。いつもと変わらない自分の部屋。



夢、だったのか……。



全身を流れる汗に、今だドクドクと走った後のように煩く体を叩く鼓動。目の奥がジリッと痛んだ。

手が、震える。
足が、痛む。

……あつい。



昔の夢を見るのはこれで何度目だろう。

元親と出逢ってからの数ヶ月の間でもう数えきれないほど見てきた。あの日の事を体は鮮明に覚えている。苦しくて、あつくて。自分が燃えているような感覚に呼吸が鈍い音をたてる。


何故、あたしは…――




朦朧とする意識のままゆっくり立ち上がり、この熱さから逃れようと船上へと出た。まだ朝日が昇らない暗い海。夜風が吹いていてもこの熱は一向に下がってくれなくて。


熱い、熱い、熱い。

体が熱くて、苦しい。



船の淵から下を覗き込めば暗闇の海が手招きをしているかのように波を揺らしていた。


この海に飛び込んだら、体を包む焼けるような熱は冷めてくれるだろうか。



朧げな視界の中、淵に足をかけ、身を大きく乗り出した瞬間、甲板に荒立たしい足音が響いた。



「何してやがる…っ!」

『……っ!』



腕と腰を思いっきり引っ張られ、今まさに落ちようとしていた方とは逆の船の上へ縺れ込むようにして倒れ込む。


甲板に叩きつけられる感覚を想像していたのに、予想外な人肌の体温を感じて慌てて顔を上げれば、目に映ったのは元親の胸元。それと同時に降ってくる怒声。



「馬鹿野郎!お前は死にてえのかっ!?」

『っ、……ちが、う』

「ああん?」

『死にたいんじゃなくて、ただ……』



熱さから逃れたかっただけ。

あの日、心身に刻んだ罪から逃げ出したかったんだ。それは死んだって償えない罪。

主を護れず生き残るなんて、滑稽すぎて笑い話にもならないよ。




「またあの夢か…?」

『……うん、』

「何で俺を起こさなかった?」

『これ以上、元親に迷惑はかけられない。この夢はあたしが犯した罪だから、』



償っていかなければならない

一生。
生きている限り。

主を、仲間を、村人を置き去りにして、何故。

あたしは、生きている?




「頼むからよお…」

『…………』

「俺を置いて、死のうとなんかするなよ」

『元親…?』

「確かにこんな乱世、いつ何処で誰が死んでいくかなんて分かるはずもねえ。でもよぉ、ガキみてえに願ったって罰は当たらねえはずだ」



話の先が読めずに困惑するあたしの頬に元親の手が触れる。隠れていない右目が柔らかく歪み、その瞳の中に穏やかに揺れる碧い海が見えた気がした。



「お前が毎夜見る夢を、罪を、俺も一緒に背負ってやる」

『……っ、』

「だから一人で堪えるな。苦しい時は俺を呼べ。リュウを護る壁になってやるから」



“なぁ、それでいいだろ…?”

まるで幼子をあやすような言葉に脳内が安堵の色に染まる。

なんて、広い心を持った男なのだろう。
見ず知らずのあたしを助け、匿い、居場所を与えてくれ、その上一緒に罪まで背負う、なんて。


この時代にそんな事を言う人間が存在していたなんて。
醜く、何かを恨んでしか生きていけないと思っていた人間という生き物も、まだまだ捨てたものじゃないかもしれない。



罪で汚れたあたしの手をしっかりと握って引っ張って行ってくれるというのなら。

この命、
元親の為に使いたい。



『……物好きだよ』

「はっは。かもしんねえな。でも、俺らしいだろ?」



不適に吊り上がる口角、全てを包み込んでくれる大きな体、心の中まで見透かしてくる真っ直ぐな瞳、安心する言葉の数々。


元親と出逢った時から、あたしは救われていたんだ。




気付かないうちに頬を流れていた涙を、元親の温かい手が触れて拭っていく。その手に自分の手を重ねてゆっくりと目を閉じた。




もう、体を焼き尽くそうと覆う熱は気が付いたら消えていて。


遠くの空の果て、朝日が昇ってくる水平線の近くで鴎が鳴いていた。





















H22 0905 リュウ

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