戦国短編

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「リュウちゃーん、お茶おかわり!」

「あっ!俺も俺も!」

「こっちには団子10本追加頼むよー!」

『はーい!ちょっと待ってて下さいっ』



小さな村の外れにある小さな甘味屋。約一月前からあたしはここで働かせてもらっている。地方から来たばかりでまだこの地の環境に慣れずにいるけれど、お店のおじさんや、おばさん、お茶をして行ってくれる人が美味しそうに団子を食べる姿を見たり、知らない地域の話を聞けたり、ここには幸せで穏やかな空気が流れている。





「リュウちゃん、少し奥で休憩とっていいよ。団子も2本、内緒で食べていいからね」

『やったー!ありがとうございます!』



ちょうど外に座っていたお客さんが帰り、客足がなくなった所でおばさんから休憩をもらえる事になった。お店の奥にある椅子へ腰を下ろして内緒で貰った団子を一つ頬張れば、噛んだ瞬間に広がる甘みと柔らかい感触に思わず頬が緩む。


甘い物は人を幸せにすると思った。こんな時代だからこそ少しでも長く笑ってほしい。

例え明日は戦場を駆けなければならない立場だとしても。






お茶で喉を潤し、もう一口団子を食べようとした時、外に出ている縁側の向こうに蜃気楼のように揺れる紅色が見えた。


徐々に近づいてくる人物を見ればあたしと同い年、もしくは少し下くらいの男。日の光を受けて透ける栗色の髪にあどけない表情。赤い鉢巻きに、赤い装束。圧迫感はあるものの、威圧感はない。


(変わった人……武士なのかな)


不思議な感じがしたけれど、お客さんには変わりないから、椅子から立ち上がり駆け寄ろうとした所、後ろからおじさんに肩を叩かれて振り返った。



「リュウちゃんは此処に居てくれ」

『え、あたしが注文を聞いてきますよ?』

「あのお客さんはね、女の子が行くと驚いて団子を喉に詰まらせちゃうから、」

『詰まらせる…』



そんな事って有り得るのだろうか。
女の人が苦手なのかな…
何でだろう。
見た目は爽やかで誠実そうで好かれそうな顔をしているのに。



おじさんの背を見送りながらもう一度椅子へと座り直し、外で接客を受ける男の人へと目を向けた。身振り手振りでおじさんに注文する姿は無邪気な子供のように輝いていて見ているこっちまで微笑ましい気持ちになる。よほど甘い物が好きなのだろう。


注文を受けたおじさんが笑顔を浮かべて帰ってきたから何があったのか聞くと「有り難いねぇ。売り上げがうなぎ登りだよ」と意味深な答えが返ってきた。



『そんなにたくさんの注文を頼まれたんですか?』

「毎回毎回、目を疑うほど食べるからねぇ。今日は43本だって」

『43本ですかっ?!一人で?!』

「はっはは。あの細っこい体の何処に入るんだろうね〜」



予想外の数に度肝を抜き、まるで我が子を見るような表情を浮かべたまま団子を取りに行くおじさんを唖然と見つめる事しか出来なかった。


だって43本って……

本当にあの細い体の何処にそれほどの団子が吸い込まれていくのだろうか。



『不思議だなぁ……』

「あれー?此処って女の子雇ってたっけ?」

『わっ?!』



突如、耳元で聞こえた声に驚いて飛び上がればいつから居たのか、一人の男が平然と後ろに立っていた。目が合うとヘラリ、と微笑まれ戸惑いながらもお辞儀を返す。


髪は黒より少し抜けた橙色。よく見れば迷彩柄で目立たない色を貴重とした装束を着ていて、両頬と鼻には刺繍のような跡があった。



雰囲気からして武士、ではないのかもしれない。


かと言って村人や商人という訳でもなさそうだ。正体が分からない不思議な人物を観察するように見ていると、目の前の男はあたしからスッと視線をずらして外にいる赤い男を見つけて溜め息をついた。



「旦那!ま〜た一人で突っ走って!」

「さささ佐助ぇ!これには訳が……」



“旦那?” “佐助?”

首を傾げて二人の様子を見ていると“旦那”と呼ばれた赤い男と目が合う。慌ててお辞儀をして小さく笑いかければ、男は目を丸くして思いっきり咳込んだ。

(ま、まさか団子が…?!)


急いでお茶と手ぬぐいを持って顔を覗き込むと、着ている装束よりも紅く染まった表情がそこにはあった。



『大丈夫ですかっ!?』

「へへへ平気で、ござる……っ!」

『とりあえずお茶をっ』

「か、かたじけない…!」



目を合わせずあたしの手から湯呑みを受け取って一気に飲み干したと思ったら、また咳込むの繰り返し。


(本当に大丈夫だろうか…)



『あ、あの…』

「ごめんねぇ。旦那は女の子が苦手でいつもこうなっちゃうんだよね〜。本当に純粋というか何というか」

「な、何を言うか佐助!俺は女子を苦手だと思った事はござらん!」

「嘘ばっかりぃ!今だってこの子を見て思いっきり咳込んでたでしょーが!」

「なっ!違…っ!」



佐助、という人に言われて湯呑みを握り締めたまま動かなくなった男を見て、じわりじわりと申し訳ない気持ちが胸を包み込んだ。


“あのお客さんはね、女の子が行くと驚いて団子を喉に詰まらせちゃうから”


おじさんに忠告されてたのに声をかけて驚かせてしまった。何処の誰なのか分からない。だけど凄く無礼な事をしてしまったのではないか。




『すいませんっ、あたし何て失礼な事を…』

「え、あ、いやっ!某はそのような、」

「そんなに気にしなくて平気平気!旦那が初すぎるだけだからさ」

「“初”ではござらん!口を閉じぬと減給するぞ!」

「ええー!?それだけは勘弁!とゆうより、これ以上減らされたら俺様どーなっちゃうのぉ?!」



まるで漫才のような二人の掛け合いを近くで見つめながら、どうお詫びをしようかと考えていると、赤い男がガタンと勢いよく湯呑みを置き、意を決したかのようにこちらを振り返った。

心を射ぬかれるような目つきに思わずゴクリと息をのむ。



「そ、そそ某の名は真田源二郎幸村と申す!」

『え、えーと…はいっ!覚えました真田さん!』

「う、うむ……」

『…真田さん?』

「あ、旦那だけズルイ!俺様の名前は猿飛佐助!佐助って呼んでね、リュウちゃん」

『何であたしの名前を…』

「それは俺が忍だからね。何でもお見通しって訳っ!」



武士でも村人でもない不思議な姿をした佐助さんは、どうやら忍だったらしい。どうりで気配を消して人の後ろに立つのが上手いはずだ。

……とゆうより、忍はこんなにも簡単に見ず知らずの人に正体を明かしていいのだろうか。



「おっと、いけね!旦那そろそろ戻らないとお館様が心配するよ?」

「なに?!もうそのような時間か!お館様を待たせる事などあってはならぬからな!」



“待っていて下され、お館様あああ”

急に立ち上がって、もう何も刺さってない団子の串を空高々に翳して叫ぶ真田さんに驚きながらも、これが本来の姿なのだと隣で呆れる佐助さんに言われて少し嬉しくなった。


見た目通り、真っ直ぐで純粋で、明るくて、不器用だけど日なたみたいに暖かい。


出逢って少ししか経ってないのに、この人の事をもっと知りたいと思った。

なんて、


そんな淡い想いは胸の奥の引き出しの中へ、そっと閉まって。






「じゃあ、またね。リュウちゃん」

『はい!お気をつけて』

「…………」

『真田さん?』



既に歩き出した佐助さんの後を着いていく訳でもなく、真田さんは黙ってこちらに背を向けるように立ち尽くしているだけだった。


お金はちゃんと貰ったけれど……どうしたのだろう。



もう一度その背に名前を呼びかけようとした時、そよ風と共に小さな声が流れてくるのが聞こえた。




「………リュウ、殿」

『…っ、はい』

「………また来る…っ」



ぼそり、とあたしだけにしか聞こえないような音で紡がれた言葉に、心臓をがっしりと鷲掴みされたように一瞬時が止まった気がした。


そしてゆっくりと歩き出すその広い背に、嬉しさと愛しさが溢れ返った想いを届くように紡ぐ。


きっと、また、

いつかここで。



次は面と向かって笑って話せますように。






『お待ちしております、“幸村さん!”』



道端に転がる小石に足をとられて躓く紅い男の姿を見て、笑い転げる忍の声が雲一つない快晴の空へと高らかに響き渡った。

















H221001 リュウ

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