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時間は瞬く間に過ぎていき、この陸に着いてから、あっという間に五日経った。
その間、俺は昼過ぎになると野郎共や船からも離れてある場所へと通っていた。
海の見える切り立った崖の上。大海原を一望出来る見晴らしの良い此処は、俺とアイツの特等席。
「すまねぇ。待たせたな」
『今あたしも来たばかりです。危うく抜け出す所を父上に見つかる所でした、』
「ははっ。そりゃあ、危機一髪だったじゃねぇか」
少女は、その時の事を思い出してか、一瞬顔を強張らせたがすぐに柔らかく笑ってみせた。この表情を見ると一気に荒んだ思いも穏やかになれるモンだから不思議だ。
(海と同じだな……、)
少女………名を「リュウ」だと言った。
見た目通り、清く、美しく、何処か儚げなコイツには似合いの名だと思った。呼べば呼ぶほど体に染み付いて離れない。昔から知っていたんじゃないかと錯覚を起こすほど息が合って、この空間が居心地良かった。
毎日のように2人で逢っては日が傾くまで話した。ほとんど俺の話ばかりだったが、リュウは嬉しそうに耳を傾けてくれていて。その反応がもっと見たくて記憶の引き出しをこじ開け、最近の話からもっと昔の話まで身振り手振り語って聞かせた。
いつの間にか、なくてはならない存在と化していたリュウと、一緒に同じ景色を見たいと。
そんな叶わない想いを抱き始めていた。
「アニキ、お帰りなせぇ!」
「「お帰りなせぇ!!」」
「おうよ、帰ったぜ!」
水平線に沈んでいく紅の夕日に覆われた船へと飛び乗れば、活気だった温かい声に出迎えられる。こんな破天荒な俺に着いて来てくれるコイツらは凄い根性だと思った。
嵐の海より荒々しく、誰かの為に怒ったり泣いたり、笑ったり出来る素直な奴ら。だから航海が楽しくて仕方ないのだと今更そんな風に思った。
「近くの町で食料と燃料を一通り集め終わりやした!」
「あとカラクリの部品になりそうな物も見つけやしたぜアニキィ!」
「おう!ありがとな!これでまた暫く旅に出られるってモンよ!」
“アニキー!”
と叫び荒ぶる男共に、まるで我が子を見る親のような気持ちになって豪快に笑ってしまった。
コイツらの熱気は己を奮い立たせるには充分すぎる。
「そういやアニキ、最近よく出掛けてるっすけど、一体何処へ行ってるんで?」
「…あ?え、あー…そんなの男の秘密に決まってんだろーが!」
「おお!さすがアニキ!」
「「アニキー!!」」
野郎共が真っ直ぐで純粋な奴らで良かったと、この時ほど思った事はない。女に逢ってる、なんて口が裂けても言えねえ。
「でも今日はアニキも町に来た方が良かったっすよ!」
「あん?何かあったのか?」
「へい!近々この村で祭りがあるみてぇで、それに参加する別嬪の姉さん達が居たんすよ!」
「本当綺麗だったよなぁ。この村は女が元気だと、商人の兄さんが言ってたっす」
「祭りか……そいつは見たかったぜ。女、子供が元気な国は良い国だからな。ここの国主は良い奴に違いねえ」
武器を持たない女、子供が元気な国は作物が取れ、無理な年貢も払わされてないという証拠になる。今まで見た国でもそうだった。男ばかりが威張っても支えてくれる女が居なければすぐに衰退の一途を辿る。
(この地は豊かなんだな、)
頭を過ぎった一人の女を思い出して、知らぬ間にほっと胸を撫で下ろした。
「そういえば、別嬪の姉さん達より更に綺麗な女が居るって、村人の誰もが口にしてたなぁ」
「ああそれ俺も聞いた!確か国主の娘さんだとよ!ええっと、名前は…―――」
“リュウ姫様”
今、俺の心を独占している音と同じ音色に鼓膜が揺れる。
離れ離れだった点と点が一つの線となって結ばれた。気付かぬふりをして、本当は分かっていたのかもしれない。
「国主の娘、か……」
最初逢った時から何処かそんな気はしていた。
身に付けている物がそんじょそこらの町娘が着れるような品物ではない。気品溢れる仕種、凛とした表情、病弱だが強い信念を燈した心。
俺だってこれでも四国の長だが、所詮は「海賊」という枠で周りからは見られている。
海賊 と 姫君
手が届かなすぎた存在なのだと現実を改めて突き付けられ、小さな目眩に襲われた。
耳元で耳鳴りがしてる。
例え、飛べない鳥と、上から見下ろすお天道様の関係だったとしても。
俺の声は、ちゃんとアイツに届いていたのだろうか。
体を突き抜ける風が、今日だけはやけに冷たく感じた。
夜の帳が包む頃、船の甲板で仕入れた酒を浴びるように飲む、一際騒がしい宴が始まっていた。
酔いが回って半裸で踊り出す奴、腕相撲を始める奴、負けた方が一気飲みをするという賭け事をしてる奴。
そんな野郎共の近くで静かに酒を口に運びながら、懐から一枚の地図を取り出す。
四国から随分と離れた所まで流されてきたもんだ。この海域まで来たのは初めてで新たな海流に何度か窮地に立たされれたが、今ではもう読み切った。怖いモン無しって奴だな。
次は何処へ向かおう。
そう考えて、地図をなぞっていた己の手がふと止まる。
航海に必要な物は揃った。
いつでも出発出来る準備は整っている。
でも、だ。
この地を離れたら、もうリュウに逢えなくなる。
急に込み上げてきた想いに茫然と地図を眺めた。
『海賊さんの話、もっと知りたい』
いっその事、連れ出してしまおうか。
掻っ攫ってこの船に乗せて共に旅をする。
それはきっとこの上ない幸福なのだろうけど出来る訳がなかった。
分かってた。
最初から分かってたはずだった。
アイツは国主の娘。
この国にとってかけがえのない姫君。
もし、俺とお前が身分という壁で隔てられていなかったとしたら。
解けない蟠りを抱いたまま、夜は一刻と過ぎていった。
続く。
H221007 リュウ
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