酔っ払ったなんて
その日はみんなで楽しくお酒を飲んで家に帰った。多分、酔っ払っていたのだと、思う。真っ暗で人気のない家に上がって、パチンッと電気つけた。嫌に響くその音がなおさらに1人っきりなのだと実感させる。先程まで喧騒の中にいたから余計に感じる孤独は私の持ちうる全ての感情を寂しさへとおしやった。寂しい、きゅっと胸の当たりを掴む。こんな時になんでいないのだ、と彼への理不尽な怒りが頭をもたげる。そんなことを言ったって意味の無いことは分かっているのに。ただ、寂しくて寂しくてどうしようもなかった。彼の声が、体温が、欲しくて欲しくて堪らなかった。あぁ、なんで、なんで居ないの?ペタリと床に座った。やだ、やだ、寂しい。ふるふると首を振る。子供のような癇癪。分かってる、でも耐えられなくて。
そんな時ふと彼の服が目に映った。
だから仕方なかった、行動の1から100まで全て。私が寂しさに負けて先輩の服を引っ掴んで布団の上に投げ置いて、そして先輩の高校の時のジャージを引っ張り出して抱きしめたのだって全部、全部、不可抗力だ、酔っ払っていたせいなんだから、お酒のせいだ。でも気付いた時には遅すぎた。
とても気持ちよくて、ずっと居たいと思えるほど幸せな場所にいた。ふいに名前を呼ばれた気がして、その場所からゆっくりと浮上する。ゆるりと目を開ける。ぼやけた視界に映るのは滲む人の輪郭。けれど、それでもその輪郭が誰か、なんてすぐに分かる。
「せん...ぱい?」
「ん、起こしてすまんなぁ。せやけどこれではワシが寝れんやろ?」
一瞬何を言っているか分からなかった。けれど徐々に意識が明確になるに従って比例するように顔に熱が集まる。勢いに任せて布団にくるまった。あぁ、死んでしまいたい。
「そない寂しかったんか?すまんなぁ、もっとはよお帰ってこれればよかったんやけどなぁ。まぁ、こんなゆいが見れたんやからワシは嬉しい限りやけど。ほら、はよ出てきてぇや。ワシも寂しいんやで?」
きっとそう言って動く口角は上がっていて、それでいてとても楽しそうにしているのだろう。それが想像出来て余計に恥ずかしくて。全部お見通しなわけですか。一向に布団から出てこない私に痺れを切らした先輩は布団を掴んだ。やばい、と思うまもなく最後の防御壁はいともたやすく崩された。あ、と顔をあげれば絡む視線、視力の悪い視界でもしっかりと見える輪郭、想像した通り楽しそうに上げられた口角。私の、好きな顔。あぁ、もう、頬が、あつい。
「本人が帰ってきとんやからそっちやなくてええやろ?」
「あ、え、」
手を掴んで引っ張り上げられて、ポスンと彼に包まれる。先程の布団より暖かくて、先程包まれていた空間よりも好きな匂い、それと少しお酒の匂い。あ、彼もお酒を飲んだのか。ほんの少し、不安になる。それでも頬はあついままで。恥ずかしい、もう、ほんとに。
「顔上げてや。なぁ?」
「やです...」
「ふふ、耳真っ赤やで」
「だれの、せいだと......!」
するりと耳を滑る指先に呼応するように胸が高鳴る、体が揺れる。弱い所なんて全て彼は知っている。だって全て彼が見つけたのだから。耳を滑る指は止まること知らず行ったり来たりを繰り返す。口から漏れそうな声を必死に抑える。恥ずかしすぎて顔から火が出そうだ。そんな時
「あぁ、かわえぇ、ほんまかわええ」
追い打ちをかけるようにそう呟かれた。何をどう見たらそういう感想になるのかは全く想像も理解もできないが、私の好きな声で、しかも砂糖を飽和量以上入れたような甘さを含ませてそんな事を言われたら、もう私に抗う術など、ない。
「ゆい、こっち向いてや」
ゆっくり上を、先輩の方を向く。先輩は眼鏡を取っていて、いつもの壁がない。ガラス越しじゃないその目が、私にも分かるくらい熱を、帯びていて。まって、死にそう。カッコよすぎる、無理。直視できなくて、顔を逸らそうとした。けれど、それより先に後頭部を掴まれて動かせなくなる。
近い、と思った次の瞬間には唇が塞がれていて。何度も短く、くっ付いては離れる。数度繰り返した後、コツン、と額をくっつけられる。
「せんぱ、」
「......ええか」
熱を帯びた目から、伝わってくる心拍数から、何を聞いてるか分かってしまう。
そんなの、答えなんて決まってる。抱き着いて、小さく頷けばそっと倒される。流れるように額にキスを落とされる。それが嬉しくて擽ったくて、くふり、と笑えば先輩も笑い返してくれる。あぁ、好きだ、好きだ、大好きだ。この人が世界で一番。
「すき、先輩、好きです」
「ん、ワシもやで」
眩しさに気付き意識を浮上させる。ゆっくり目を開ければ光が差し込んできていた。もう朝なのか。
「起きたんか?おはようさん」
「おはよ、ございます......」
眠いならまだ寝といてええで、ゆるりと髪を撫でてくれる。その手が酷く優しい。
私はふるふると首を振り先輩に抱きつく。先輩はそれを咎めることもせず撫でてくれる。胸に耳を当てればトクントクンと心音が聞こえてきて、あぁ先輩はちゃんとここにいるんだなぁって実感出来る。
「ふふ、今日は甘えたやなぁ」
「ダメ、ですか...?」
「ん、かまへんよ。寧ろゆいがこうやってしてくれるんは嬉しい」
「そっかぁ......あ、先輩昨日お酒飲んだんですよね」
「飲んだで、そら。女の人も居ったけど」
「っ、」
「せやけど何もあらへん。確かに酒は飲んだけど酔っ払う程飲んでないで。そもそも女の人の近くには居らんかったわ」
全部、全部私の欲しい言葉。こういう所が狡いんだ、先輩は。もっともっと好きになってしまう。
「やっぱり、先輩狡いです」
「ほおか?ワシはゆいの方が狡いと思うけどなぁ」