ほれてなんか

青く冴えた空の下、校庭に風が新緑の甘い香りを運んでくる。今日はその天気に見合ったかのように学園も休みで、生徒達の各々の課外活動に身を削る姿が見える。

校庭の隅で、三木ヱ門は水に肥えた布巾を持ち上げ、強く絞った。袖の捲られた腕が膨らむ。そしてそばに佇む大砲に向き直ると、慣れた手つきできゅっきゅと布巾をこすりつけた。その音が洗練されるほど、三木ヱ門は幸福そうに頬を綻ばせる。

「ユリコ、キレイにしてあげるからねえ」

そう大砲に語りかける。
大砲は何も応えず、三木ヱ門にされるがまま、体中の火薬や埃を拭い取られる。

「ああ、キレイだよ、ユリコ」

しかしふと、三木ヱ門が目を見開いたのは、その甘言をたれてすぐのことだった。


「…………え? 名前とどっちがキレイか、って?」


三木ヱ門の手が止まった。
大砲は何も応えない。
たちまち三木ヱ門の肩は震えだし、わなわなと手が退かれた。

「な、なんでそこで名前の名が出るんだよ……。ユリコ、お前の方がキレイに決まってるだろ」

黙り込んだままの大砲から、三木ヱ門は目を逸らす。
そして布巾を放り、どさりと地べたに腰を下ろした。
ゆっくりと俯いて、手元に生えていた雑草を握る。土に爪が食い込むもいとわずに。

「名前なんて、あんな……地味で、おとなしくて、そのくせお節介で、…………やさしい、やつ……」

次第に消えゆく声。三木ヱ門の頬は、知らぬ間に淡く色付いていた。
大砲は、ただ黙って三木ヱ門の傍らに佇む。
風が吹いて、煽るように髪を撫でていく。

「……そんなわけ、ない」

ざわりとどよめく木々に、彼の声はとうとう掻き消されてしまった。



'110829