空を仰げば、雲より高い太陽が白い光でこちらを見下ろす。
道行く人の喧騒が目の前を別れゆく。
群像の砂利を蹴って歩く音の数々が、耳に痛い。
街中のけたたましい景色が、まるで異界にさえ思えてしまうほど、軽いめまいに襲われる。
名前とはぐれてしまった。
ちゃんと手を握っていたのに、ほどかれた。向こうに話題の櫛屋が――そんな浮き足立った声を残して、彼女は人混みの中に消えた。
止められたらよかったのに。あの細い腕をへし折ってでも、私のそばから離れないようにすればよかった。
……だってユリコなら、絶対にこの手を離さない。私が離さないから。ユリコも離れることはない。それなのに。
名前とはぐれてしまった。名前と……。
彼女のことになると、どうしていつも、いつも私の思い通りにならないのだろう。
不安も苛立ちも超越して、途方もなく呆れた感情に呑まれそうになる。落胆するのは、期待をしていたから? 次々と頭に浮かぶたくさんの雑言が、やがて哀愁の波にさらわれる。名前といても、何のよろこびも得られない。全てを無に返したくなる。
――もういっそ、このまま帰ってしまおうか。
そんなつまらない魔が差したことを、見透かしたかのようだった。この耳に届いた彼女の声は。
「三木ヱ門。よかった。はぐれたかと思った」
どの口が言うか。私は顔を背けた。あざとく見上げられる身長差すら、憎らしく思える。
「……怒ってる?」
「別に」
「怒ってる……」
「怒ってない!」
あ、と気付いた時にはもう遅く。
私の怒声に、街の喧騒が嘘のように静まり返っていた。代わる代わる突き刺さる視線の数々。
つい癖で鳴らしてしまった舌打ちに、名前はひどく怯えつめた眼差しで、私を、また見上げる。
私は彼女の手首を強引に掴み取り、わざと力を込めて引き寄せた。痛い、なんて小さな悲鳴が聞こえたが、構ういとまはなかった。
痛い。
どうしていつも、いつもいつもこうなるのだろう。
顔に熱が上るのをこらえれば、奥歯がぎりぎりと軋む。
名前が悪い。名前が一言でも私を罵ってくれたら、きっと楽になれるのに――。
足早に街道の外れまで辿り着けば、二人だけの足音が残される。
か細い手首を握り込んでも、肉に爪を食い込ませても、もはや一言も口にしないでいる名前が、それこそ無機物みたいで、だからどうしても、彼女を嫌いになれないでいる自分が憎い。
'190412