邂逅の泉

It was a casual look meeting.


怪我をした。
とある一人の少女は顔……目を中心に包帯が巻かれていた。彼女は幼いながらに軍人で、つい先日も戦争に駆り出されていたがその際味方の攻撃の余波を喰らい、目を傷つけてしまったのだ。医師からはそれなりに時間はかかるがしっかり治ると言われた。だから完治するまでのしばらくの間は戦場に出てはいけないとストップがかかり、少女は思いがけない休暇を手に入れる事となった。

だが休暇、と言われても何をする訳でもなく。趣味などない彼女はただ宛もなく街を歩いていた。目は見えずとも耳を使ったり気配を感じ取ったりする事で普段と変わりなく歩ける。これも幼い頃から高度な軍事訓練を受けていた賜物なのだろう。

街を散策していると感じるのは人々の視線。目に包帯という異様な出で立ちの少女は一般人から怪訝な目で見られていた。その視線から逃げるように、彼女は街の外れへと向かう。そこには大きな森があり、少女は休日になるとよく足を運んでいた。その大きさゆえ遭難してしまう者が多く、街の人々はあまり近寄らない。人気がなく静かなその森は、軍の寮にいる時よりも気が楽だったからだ。

森に着いた少女は更に奥に入る。慣れた足取りで道無き道を進んだ先には彼女のとっておきの場所が───


「(誰かいる)」


───あるはずだったのだが。
誰も知らない、近寄らないはずのこの場所に誰かがいる。目は見えないが気配を察知する事は出来る。少女は大木の影に隠れた。耳をすませば水音が聴こえる。

彼女が「とっておき」と言い表すその場所には泉がある。それは水底に沈む石の形や水中に咲く花の色まで確認出来る程澄んでいる、とても美しいものだ。思わず触れるのが憚られてしまう、そんな泉の畔で過ごす事が、少女は何より好きだった。その場所で、誰かが何かをしている。

汚されては堪らない。そう思った彼女だが、どうやらその「誰か」は何か悪さをしている訳ではないようで。聞こえて来た「うまい」「生き返った」という言葉から、喉を潤しているだけの様子。だが何故こんな森の奥で「誰か」──声からして男だ──は水分補給などしているのだろうか。


「………………」


いつまでも隠れている訳にはいかない。少女は大腿に忍ばせてある魔法銃をいつでも抜けるようにしつつ、大木の影から姿を現したのだった。


***


結論から言うと、杞憂だった。
泉で水を飲んでいた「誰か」は外の国から来た、所謂旅人で、樹海とも言うべきこの大きな森でうっかり遭難してしまったらしい。しばらく彷徨っていた所この泉を見付け、天の恵(オアシス)と言わんばかりに喉を潤していたとの事。驚かせて悪かったと旅人の男は謝った。少女も早とちりしてしまった事を謝罪する。決して穏やかとは言えない職業柄、些細な事で警戒してしまうのは最早仕方の無い話ではあるが。


「外の国からの来訪とは珍しいですね」


今は戦時中。人間(ヒト)魔物(モンスター)による異種間戦争の真っ只中である。少女が在住するこの国も富国強兵政策を強力に推進している戦争国家だ。こんな物騒極まりない所に赴くとは、かなりの物好きか好奇心旺盛か死にたがりか、それとも。

本来なら情報漏洩やスパイ等防止の為の関所があるはずだが、一部……この森に限ってはそれがない。先程も言ったが、ここは樹海と形容される巨大な森。入れば忽ち遭難、良くて元々入って来た地点へ戻って来てしまう場所である。そんな所に関所を設けるのは無駄だと政府は判断を下した、故に、遭難しながらも国から程近いこの泉までやって来たこの旅人を敵かと勘繰ってしまったワケである。


「外の国に興味があるのか?」


低い静かな声。うっかり遭難してしまったと馬鹿正直に話した男のその声は、研ぎ澄まされた少女の耳に心地よく響いた。

───外の国。
物心ついた頃には既に銃を握り、齢二桁になる前には戦場を駆け巡っていた。行った事はある。領土を広げるべく外の国へと進軍した。軍の拠点へ、魔物の住む様々な国へ。だがそれ以外では。男の事情説明の中にあった「その言葉」が、少女の心を掻き立てた。

外にはどんなものがあるのだろうか。どんな食べ物があるのだろうか。どんなひとがいるのだろうか。どんな気候で、どのように暮らしているのだろうか。

知りたい。ただその一心だった。
真っ白い包帯に巻かれた目を男へ向ける。そして、おもむろに頭を垂れた。


「外のお話を、お聞かせ願います」


是、と返す低い声に少女は更に深く、頭を下げるのだった。


それは偶然の出会いでした。

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