「今日から仮入部期間が始まるから。精々やんや、やんやと青春を謳歌してくれー。先生は羨ましいぞー」
1日の最後のHRで、担任の先生の戯言に教室が笑い声に包まれる。
「なにそれー」やら、「先生おっさんー」やら、あちこちから声が挙がる。
うちの担任の先生って、まだ24歳じゃなかったけか。24歳でおっさん……。
そうすると、私はもうすでにおばさんの部類なんだろうか。いや、たしかに四捨五入したら30だけれども。アラサーになりつつあるけれども。
(部活かあ……)
この世界がハイキューの世界であるならば、やっぱり原作通り進むのがセオリーなのだろうし。何なら原作通り進めなければならないだろうし。
ただ、トリップものとしては烏野高校排球部に関わらないのは何の面白みも無いだろうけれど。
目立たないように関わらないようにひっそり過ごすことは簡単だ。
しかしながら、私はこの状況を何とか打破したい訳で。うーん、どうしたものか。
「あれ、帰らないの?」
真隣からの声にそちらを見ると、山口が立っていた。肩にスクール鞄を背負っている。
考え事をしている内に、いつの間にかHRが終わっていたようだ。
「えっと、明智さん? だよね?」
「あ、うん。えっとー、山口、くん」
「明智さん、部活何にするか決めた?」
「いや、今のところまだ何にも考えてない」
「あ、そうなんだ。なんか意外!」
「意外、とは?」
「え、いやあ、なんか明智さんって運動得意そうだし。運動部即決かなって勝手に思ってた」
「あはは、そんなことないよ。スポーツするのは楽しいけど、私は見る方が好きだからさ」
山口は「へえ、やっぱり意外かも」と少し照れ臭そうに微笑んだ。可愛い男子高校生の微笑みにおばさん癒されましたよ。
……って、山口と月島とは結構喋っちゃってるよね。でも、話しかけてくれてるのに話さなすぎるのも不自然だしなあ。
「山口くんは、バレー部?」
「あっ、うん! 何で分かったの?」
「背が高いから、何となく」
「……それだけ?」
「でも」と動いた山口の言葉は月島の「山口行くよ」の声で掻き消された。
その声に山口はハッとして「ごめん、行かなきゃ。またね」と手を振って、月島のもとへと駆けて行った。
(うん、いい子だ)
なんて的外れな思考回路を巡らせてみるが、私の現実の足しにもならない。
今頃、日向と影山は教頭のヅラを吹っ飛ばして大地さんから体育館を追い出されているのだろうか。
……まてよ。原作の主人公に会えば何か分かるんじゃないのか。おっと、はるかちゃんナイスアイディア。遠目から見るだけでも良いだろう。
何たって、主人公だからね! 一目見たところで3対3に負ける訳じゃあるまいし!
究極を言えば、試合の結果さえ変わらなければどんな風に関わっても良いのではなかろうか。
現に月島と山口とは喋ってしまっている訳だし。と、さっきの自問を勝手に結論付ける。
トリップしたことだって何かしら意味があるのだろうし。
(いや、知らんけど。全く以て根拠はないけども)
何の意味も無かったら、神様は私にどうしろと言っているのだろうか――。
▼▼▼
体育館にいないことは間違いないのだから。と、グラウンドへ出て来たところまでは良かった。
しかし、よくよく考えてみれば漫画やアニメに、外でのレシーブ練の描写は確かにあったものの、それが何処かなのかは分からないのだった。
グラウンドは思ったよりも広いし、サッカー部やテニス部らしき姿の人は見かけるが、一向にハイキュー‼ダブル主人公が見つかる気配が無い。
そもそも校内にいるのだろうか。校外なら土地勘がない私にはお手上げだ。
ハイキューファンだったら、もしかすると漫画の詳細部分まで把握しているのかも知れないけれど。
これはハイキューが好きじゃないという訳ではなく、私の趣味はあくまでも漫画を読むこと・アニメを見ること、ということである。
ハイキューも漫画やアニメとしてはもちろん大好きの部類だし、面白く読ませて頂いている訳だけれども。
原作者様にファンレターなるものを送ったことも無いし、アニメもリアルタイムで見ていなかった。ハイキューファンと言うには物足りない。という意味合いだ。
いや、私は誰に何の言い訳をしているのだろうか。
「もう一本!!」
心の中でセルフツッコミをしていると、男の子の声が聞こえてきた。
間違いない、これは日向の声だ。子供のような高めのキーに、よく通るハイトーンボイス……って言ってることほぼ同じだな。声高いしか言ってない。
声のする方に向かえば、グラウンドの隅っこで恐らくレシーブの練習をしている影山と日向がいた。
おお、目の前で動いとる。バレーしとる。モノホンや。(※先程、月島と山口に至っては会話をしています。彼女に悪気はありません。悪しからず。)
そこで、レシーブを受けた日向のボールがこちらへ飛んできた。
感動していた私は突然のことで避けきれず、咄嗟に自分の腕で体を守る体勢を取る。
ボールは私の腕に当たり、なかなかの威力に反射的に「いてっ」と声を挙げてしまう。
てか、日向が一旦レシーブしてるから威力下がってる筈なのに、まぁまぁ痛いな。漫画の中でみんなこんなのレシーブしてんの? なにそれ怖い。
「ひぃっ! すみませんっ!!」
「お前がちゃんとレシーブしねぇからだ! ヘタクソ!」
(おぉ、定番のやりとり。影山が日向に怒っている)
日向が青ざめた顔でこちらへと駆け寄り、目の前で「ホンットすみません! 大丈夫ですか!?」なんて一生懸命謝っている。
確かに、目の前までくれば小さいな。設定では163センチくらいだったか。まあ、私よりは普通に大きいんだけれど。
「いえ、大丈夫です。私もぼーっとしてたので」
「けっ、ケガとかっ!?」
「ないですないです! 大丈夫なので、ほんと」
「ほんとっ!? よかったぁ!!」
「ッス、すんませんした」
どうやら、影山は私に当たってどこかへ飛んでいってしまったボールを、回収し終えたようだ。そして、そのついでかの如くに謝ってきた。
うん、漫画でもバレー以外の影山は大体こんな感じだったな。
「影山、お前もっとちゃんと謝れよ!」
「ああ? 謝ってんだろ! つーか、そもそもお前の下手くそレシーブが原因だろーが!」
「まあまあ、私は怪我してないし。むしろ練習の邪魔してごめんね」
2人が目の前に立っていると、なんかこう、なんて言うんだろう。目立つなぁ。と2人の喧嘩を宥めながら思った。
目立つ理由は日向の髪色がオレンジだからな気がしなくもないが。二次元だから許されるオレンジ髪は、想像以上に似合っていた。
2人は改めて「スンマセンッした!」と謝罪と一礼をして、練習へと戻って行った。それを眺めながら私は思った。
主人公と会えば何か分かるとか力んでいた十数分前の私が恥ずかしい、と。
何かって何なんだ。谷地ちゃん的に言うと、私はさながら‟通行人F”って感じだ。
‟通行人F”がトリップ先で何が出来るというのか……。今度は日向的に言うと‟通行人F”は‟通行人F”のカッコよさがあるらしい。
が、しかし。っていう空気が今、物凄く私に纏わりついているのを感じる。
元々その世界に存在している。というか、その世界のために生まれてきた“通行人F”ならばカッコイイのかもしれない。自然の摂理に適っている。
だって、その世界で生きることを義務付けられているのだから。
でも、私はこの世界の人間じゃない。何もしないで‟カッコイイ”なんてこと、ある訳がないんだ。
「……っ!?」
ぼーっと突っ立ている間にまたしても、日向が弾いてしまったであろうバレーボールが勢いよく私に飛んできた。
こんなところで考え事なんかしているのが迂闊だった。
しかし、それは正に“脊髄反射”のようなものだった。
「すげー……レシーブ……なの、か?」
「……あれは、ほとんどトスだ」
ほんの少し遠い場所から響く、画面越しでしか聞いたことの無い声。ほんの少し胸を塵付かせる、高揚感。
そして、高く高く弧を描くように空を舞う、バレーボール。
▼▼▼
「ふぁあ……」
辺りは既に暗くなっており、外灯が無ければボールの動線なんてほぼ見えないだろう。
あの後、私は日向に何やかんやと言いくるめられ、何故か2人の練習に付き合う羽目になっていた。
2人にまだ帰る気は更々無いようで、体力のない私はフェンスの土台の座れそうなセメントへ腰掛けている。思わず欠伸が出るのも仕方ないものだ。
(青春だなぁ)
と、2人を眺めながら心の中で思う。部活に一生懸命だなんて、何年前の話だろうか。
まあ1つだけ、さっき2人の練習に付き合いながら分かったことがある。
恐らく、私は見た目だけでなく身体も若返っている。ということだ。
何故恐らくなのかというと、身体は確かに10代の動きのソレだったが、何故だか身体が重たいのだ。
しかし、この身体の重さは歳を重ねた特有のものではなく、単なる運動不足な感じだと推測した。孤独なうえに運動不足なこの世界の私よ……。
(何故こんな悲しい設定にするんだ)
解せぬ、心底解せぬ。もっと何かこうチート設定にしてくれよ。
バレーがめちゃくちゃ上手くなってるとか。ものすんごい美女になって学校の人気者とか。
ついでに頭も良くなってたりして。何かあるじゃんそういうの。
1回くらい経験したいのが乙女心というものでしょうに。
「何してるの?」
頭上から降ってきた声に反応すると、そこには山口が立っていた。
その斜め後ろに面倒くさそうに月島が立っている。
山口って結構女子にグイグイ話しかけるんだな。と、どうでも良いことを頭の片隅に思った。
まぁ、可愛いから許すけど。可愛いからね。(※大事なことなので2回言いました。)
「山口くんだ。月島くんも。さっきぶり」
「さっきぶりー」
「……」
無視を決めている月島はとても感じが悪いですが、それは彼の通常運転です。まぁ、序盤の月島と山口って結構感じ悪いしね。
でも何だかんだイイ奴って知ってるからね。ふっ、安心したまえよ、ツッキーめ。
「…………」
「つ、ツッキー何でそんなに明智さんのこと睨んでるの?」
「……なんか、馬鹿にされた気がする」
「馬鹿に……?」
え、なに、野生の勘か何かですか!? 私、何にも喋ってないのに!! 君は日向か何かですか!? 第六感的な!?
まあちょっと小馬鹿にはしました! 心の中で! すみません!!
私が月島にビクビクしていると、月島は私から視線を外して日向と影山に目を向けた。
そして、少し眉間に皺を寄せて心底鬱陶しそうな顔をした。それを山口が心配そうに見つめている。
「ん? 誰だ?」
「おい、日向! よそ見してんじゃねぇ!」
「いや、なんか誰かコッチ見てるぞ」
「あ?」
日向と影山がタイミングよく2人に気づき、両者ご対面的な図になっている。
いや、影山目つきわる! ツッキー爽やかな笑顔気持ちわる! そして日向と山口の小並感半端ないな!!
「君らが初日から問題を起こしたっていう1年?」
月島が日向と影山に突っかかっているのを後ろから傍観している私。
なんか、シュール。と思いながら、漫画で見たことのあるやりとりを、どんな気持ちで見ていれば良いのか分からないまま突っ立っていた。そして、影山が月島の胸倉を掴んだ。
やっぱり生で見ると、男の子のこういう喧嘩って迫力あるなあ。2人とも身長あるし余計だよねえ。なんて、結局静観しながら能天気なことを私は考えていた。
「あ、飛ぶ」
日向が、飛んだ。
やっぱり現実の迫力は違う。あの小さな身体で、上へ上へと跳ね上がり、月島からボールを奪い返した。
なるほど、こういう感覚かと。それは感動のような、驚きのような。未知の世界へと、足を踏み出す高揚感のような。何だか、胸が高鳴る。
そんな、感情――――。
「“王様王様”ってうるせえっ! おれも、いる!!!」
日向のオレンジの髪が、外灯に照らされて、ぐわり、ぐわり。と、揺らめいては煌めく。眩しさに一瞬、目が眩んだ。
(日向、カッコよ……)